第二百話 魔道士になりたい
「私は魔法が使いたいの!」
「そんなすぐに使えるようにはならないのです。だから日中はおとなしく槍で戦いつつ、夜や朝に地道に勉強して修行を重ねるのです」
「嫌よ! なんでこの私が槍を振り回さなきゃいけないのよ!」
「じゃあ剣にすればいいのです」
「嫌よ! 剣と魔法ってララとかぶってるじゃない!」
「なら弓でも練習したらいいのです」
「嫌よ! なんか地味だし、当たらなかったらイライラしそうだもの!」
「うるさいのです。ダンジョンに入らないなら図書館に行ってこいなのです」
「嫌よ! ここで稼いだPじゃないと装備品やお菓子買えないのよ!?」
さっきからユウナとシャルルがうるさい……。
ユウナはソファに寝転び、シャルルはそのユウナの前で仁王立ちしている。
シャルル育成なんちゃらプログラムとかいうやつのせいで、すっかりシャルルはユウナとパーティを組んだ気でいるようだ。
先ほど会議が終わったばかりだというのに元気だな。
今朝も朝から出勤前に図書館に行ってたみたいだし。
まだ二日目とはいえやる気は感じられるな。
今シャルルも言ってたが、冒険者としての自覚を持ってもらうためにここでは自分で稼いだPしか使えないようにした。
ジェマにも手助けしないように強く言ってある。
さすがに宿代は取らないけどな。
つまり今のシャルルはユウナと近い状態なわけだ。
午前中は町長の仕事で忙しいのが可哀想ではあるが、ユウナも今まで午前中はずっとなにかしらウチの仕事をしてきたわけだからな。
……そういや最近ユウナはなんの仕事してるんだ?
魔工ダンジョンから帰ってきてからずっと家にいないか?
従業員として午前中分の給料をもらってることを忘れてるんじゃないのか?
いくらララが療養中だからってさ。
まぁそれはいい。
指摘するとすぐにネガティブモード突入だからな。
管理人室でのんびりしてるくせにって反撃されるおそれもある。
図書館は気に入ってくれたみたいだし、しばらくそっとしておこう。
というかシャルルはどうしたいんだよ。
Pを稼ぎたいからダンジョンには行きたいんだよな?
でも槍などの武器は嫌で、今すぐにでも魔法が使いたい。
となると結局魔法杖に頼るしかないか。
「ロイス! シャルルちゃん育成特別強化プログラム大作戦の発案者としてなにかないの!?」
今度は俺が標的になったようだ……。
「ユウナ、カトレアの魔法杖を持ってダンジョンへ行ってこい」
「いいのです? 特別扱いはしないんじゃなかったのです?」
「王女様は特別扱いされたいらしいからな。だから補助魔法と回復魔法も丁寧に教えてやれ」
「なによ! そんな言い方しなくてもいいじゃない! ユウナは自分の杖持ってさっさと私といっしょにダンジョンに入ればいいのよ! 少しだけ貸してくれればそれでいいから!」
なるほど、ユウナの杖を使ってみたかったのか。
「ユウナ、一人より二人のほうが心強いだろ?」
「……わかったのです。ダークラビットエリアのあとは地下二階にも行ってみるのです。ついでに薬草と毒消し草の採集の仕方も教えてくるのです」
「えっ!? もう地下二階に行っていいの!? そうと決まれば早く行くわよ!」
「地下二階ではまだ毒消し草を採集するだけなのです。それと今日中にGランクに上がっておくのです」
「わかったわ! 時間がないからさっさと用意してきなさい!」
ユウナは面倒そうにゆっくりと起き上がり、リビングの転移魔法陣で二階へ転移していった。
「シャルル様、私はあとでもう一度マルセールに行ってきますね」
「そっちは任せたわよ! 私は今日こそ魔法を覚えてくるからね!」
そしてシャルルとユウナは地下一階へ入っていった。
ユウナもなんだかんだ言いながら仲間が増えて嬉しいんだと思う。
もちろんララとユウナパーティに正式に加わるためにはシャルルのレベルアップが必要不可欠になるだろうが。
リビングには俺とジェマだけが残っている。
錬金術師たちはやることがいっぱいだから今日はお昼寝をしないようだ。
「そもそも王女の護衛が執事だけってどうなんだ? 騎士みたいなのが何人も付くのが普通な気がしてたんだけど」
「もちろん今まではそうでした。町中への外出時には最低でも三人は付いてましたね」
「やっぱりそうなのか。じゃあなぜ騎士が来なかったんだ?」
「国王様は当初五人の騎士派遣を命じました。マルセールは治安のいい町ではありますが、昼夜交代勤務で休日を取得させることも考えると最低でもそれくらいは必要だということで。でもシャルル様が拒否したんです」
「拒否? なんで?」
「シャルル様は第三王女で側室の子です。そんな方が独身にも関わらずなんの所縁もない小さな町に町長として就任することが急に決まりました。縁談の話があるわけでもありません。普通の人ならどう思いますか?」
「う~ん、本人が希望したってことを知らなければ、なにか問題を起こして飛ばされたって思うのかな。王子が来たんなら別なんだけど」
「その通りです。仮に王子様たちならどなたが来られても騎士はむりやりにでももっと多く付いてきたでしょう。過去にも王子様が勉強のために町長になられたという話は少なくありませんし。ただ王女様ともなるとシャルル様が初めてなんです」
そういうのを天下りって言うんだっけ?
町の人たちは歓迎するのかな?
それとも辟易とするのだろうか。
「でもそれが騎士の派遣を拒否したこととどう関係あるんだよ? 護衛の騎士がいないと増々ただ左遷されただけのように思われるぞ?」
「それが狙いですから」
「え……」
なぜわざわざそのように思わせるんだ?
世間の目が冷たくなるだけじゃないか。
「……それも冒険者になるためか?」
「はい。それとシャルル様に擦り寄ってくる輩を減らす意味もあります」
「なるほど。今のシャルルは国王からも見放されたように思われるもんな」
「はい。第三王女である事実には変わりありませんので、下手に近付いて失敗したときのリスクを考えると誰も寄ってこないでしょう。国王様もシャルル様のこの考えにはご感心されてました」
なら国王はシャルルが町民から悪く見られることをわかってて許可したんだよな。
いくら第三王女で側室の子とはいえ、自分の子がそんな風に思われても我慢できるものだろうか?
今までの王子と同じように送り出せば良かったのに。
「国王はシャルルのことが好きじゃないのか?」
「いえ、王女様たち四人の中ではきっとシャルル様のことを一番好かれてると思います」
四人っていうことは第四王女までいるのか。
王子たちも含めるといったい何人子供がいるんだろう。
それより王女の中でシャルルが一番好きって……。
ほかの三人の王女はシャルル以上に強烈な性格なんだろうか。
「一番大事な娘を遠くの町で執事たちに任せっきりか。よく行かせることができたな」
「……これは私の勘なのですが、たぶん国王様はシャルル様が魔力を持ってることを知っておられます」
「え? 執事とスピカさん以外誰も知らないって言ってたじゃないか? 誰か洩らしたのか?」
「私は誰にも話したことはありません。ですが父と母とスピカ様のことを全て知っているわけではありませんし……。それに指輪を作ってくださった錬金術師の方も当然知ってらっしゃったと思いますし」
ジェマ以外に犯人候補は四人てわけか。
親を疑わないといけないのはツラいところだな。
でも王様が知ってるだけなら別にいい気もするけど。
カワイイ娘のためなら騒動なんて起きてほしくないはずだし。
……ん?
「国王は大樹のダンジョンのことを知ってるのか?」
「もちろんです。パルド城内でも三月頃から頻繁に話題になってましたから知らないはずがありません」
「なら国王はシャルルが冒険者になる可能性にも気付いてたってことか?」
「おそらく……私の勘ではありますけどね……」
王女が冒険者になるのを許可する国王なんているのか?
しかもひっそりと。
それにシャルルの世間体が悪くなったとしてもシャルルがそれを望むのなら仕方ないと思ってる。
シャルルのことを好きっていうのは本当なのかもしれない。
「なんか俺が想像してた国王とは少しイメージが違うな……」
「国王様はとてもいいお方ですよ。ロイス様は王都周辺の魔工ダンジョンへの対処の件で不信に思われているようですが、あれは大臣や騎士の判断ですから。国王様は最初から迅速に討伐するようにとおっしゃってました。大臣が経済活性化のためにしばらく討伐はしないほうがいいという案を出したんです。騎士たちはダンジョンの見張りという仕事が増えることを嫌がりましたが、特別手当が出ると言われ大臣の意見に賛成したんです。ダンジョン周辺に魔瘴が発生することが判明してからも、あとで魔道士に浄化してもらうから大丈夫って大臣は言い張ったんです」
「ふ~ん。でもそんなのただの言い訳だろ。結局国王も納得したからその大臣の意見が採用されたんだろうし」
「それは…………確かに私たちも含め、ここのみなさんほど危機感は持ってませんでした……」
ジェマは下を向いてしまった。
別にジェマを責めてるわけじゃないんだけどな。
「まぁいいや。国王のお墨付きなんだったらシャルルがここで冒険者になろうがここに住もうがなにも気にしなくていいからな。だいぶ気が楽になったよ」
「え……元々気にしてませんでしたよね……」
そういや今朝、魔道計画はシャルルを育成するための計画かってユウナが言ってたっけ。
そっちの計画はララとユウナに任せよう。