第百九十七話 魔物たちの要望
「ただいまぁ~!」
夜になってマリンとモニカちゃん、スピカさんが帰ってきた。
三人は今日、王都パルドの錬金術師ギルドへ出向いていた。
マリンとモニカちゃんが考案、製作したトロッコ列車の販売権利取得に向けたプレゼンのためにだ。
「お腹減ったぁ~。お兄ちゃん、ピピちゃんたちのご飯お願いね」
「スピカさん、とりあえずバイキング行きませんか!?」
「そうね。報告はご飯食べてからにしましょう。というか改めて見ると広いわね……。二階はどんな感じになったのかしら」
よほどお腹が減ってるのか、三人は早足でバイキング会場へ向かっていった。
もう二十時を過ぎてるから当然か。
スピカさんもマリンも久しぶりの王都だし、どこかで宿泊してくるかとも思ったんだけどな。
さて、俺は魔物部屋へ行くとしよう。
どうやら魔物たちは先にお風呂タイムのようだ。
ゲンさんはタオルの準備をして待っている。
マリンたちのお供として付いていったのはピピ、メタリン、ウェルダンの三匹。
シルバとリスたちにはマルセール北と南の見回りに行ってもらった。
だからみんなお疲れだ。
「モニカちゃんの家にも寄ってきたのか?」
「チュリ(少しだけですけどね。また帰ってきたのかって言われてました)」
「今月二回目だもんな。スピカさんもいっしょに?」
「チュリ(はい。ご両親はさすがに驚かれてましたね)」
「ふ~ん」
そしてピピたちはご飯を食べ始めた。
「あ、ゲンさん、鎧はどうだった?」
「ゴゴ(おう、ピッタリだったぞ。でも微調整するって言ってまた持っていかれたけどな。少しミスリルを使いすぎだとも思ったが……)」
「ん? 軽くて丈夫なんだからミスリル一択じゃないか?」
「ゴ(そういう意味じゃなくてな……)」
「ん? それと斧はどう?」
「ゴゴ(あぁ、武器を持ったのは初めてだが、魔物を倒すのだけじゃなく土を埋めるのも楽そうだ)」
「そっか」
こんな巨体がミスリルの鎧で身を包んでたら誰も近付かないだろうな。
それにデカい斧。
敵として出てきたら例えララでも即行逃げるんじゃないか?
「ピィ! (私たちも服作ってもらったよ! まだ着る練習中だけど……)」
「ピィ! (帽子もあるよ! しかもみんな色違い!)」
「ピィ~(杖も欲しかったけど無理なんだってさ~)」
「良かったな。動きにくかったらすぐに言うんだぞ。杖はもう少し我慢してくれ」
六匹とも嬉しそうだ。
色は同じほうが特徴がバレにくくていいと思ったんだけどな。
まぁみんなに誰かわかってもらえるから色違いでもいいか。
でもこんな小さなリスたちが敵だとどうやって戦うんだろう?
すばしっこいうえに魔法まで使ってくるんだぞ?
それはピピにも言えることだけどさ。
「わふ(ねぇ~、僕いつになったら氷魔法使えるようになるんだろ?)」
「う~ん、もしかしたら環境のせいかもな。元々シルバーウルフは寒い場所に生息してるらしいし。俺と出会ったのもノースルアンの町の近くだったろ? あそこは雪もたくさん降るくらい寒いし」
「わふ(そっかぁ。環境のせいだったら仕方ないよね。アイリスが作ってくれた爪あるからいいか)」
魔法が羨ましいのはよくわかる。
俺だってできれば初級水魔法だけでも使えたらいいのにと思う。
外にいるときとか手を洗うのが楽そうだからな。
「それに氷魔法は難しいって聞いたぞ? 元々の適性のほかに、水や氷の原理を理解してないと使えないらしいからな」
「わふぅ(魔物でも勉強が必要なのかな……。カトレアだって使えるのにさ)」
……リスたちはすぐ魔法を使えるようになったもんな。
カトレアは魔力が豊富だし、本がお友達だから使えて当然な気がする。
でも土魔法や回復魔法、補助系の魔法はいっさい使えるようにならなかったとも言っていた。
それに攻撃魔法も中級レベルには程遠い威力だそうだ。
ということはやはり本来持っている適性の部分が大きいんだろうな。
「ビスは氷魔法使えないのか?」
「ピィ(水魔法しか無理みたい。氷を出せたらこれからの時期涼しくて良さそうなんだけどね)」
確かに。
外は暑いから熱中症が心配だ。
特にシルバなんて暑さに弱いからな。
俺はずっと管理人室にいるから関係ないけど。
というか俺には水魔法どころか魔法が全く必要ないな。
決して強がりじゃないぞ。
でもシルバが魔法を使えないことに環境が関係してるんだとしたら少し可哀想だな。
……図書館の訓練部屋にシルバ用として氷雪フィールドを取り入れてみようか。
そこでしばらく過ごせばいつの間にか使えるようになってたりするかもしれない。
「ロイス君、ここにいたんですか」
カトレアがやってきた。
どうやら風呂上がりのようだ。
魔物たちはいっせいに俺の元を離れ、カトレアに擦り寄っていく……。
なかなかの処世術だな。
決して俺よりカトレアのほうが好かれてるってわけじゃないはず。
「マリンたちはご飯終わってたか?」
「はい。でもすぐにお風呂行っちゃいました。二階からすぐに大浴場へ行けるのが嬉しかったみたいで」
「そうか。俺も一階の風呂から行けるようになったことだし、あとで行ってみるとしよう」
「それがいいですよ。大きいお風呂だと気持ちがいいですもんね」
「……ゴゴ(俺も熱い風呂でゆっくり肩まで浸かってみたいな。冷たい風呂もあるといいな)」
「……」
「ゲンさん、なんて言ってるんですか?」
ゲンさんは懇願するかのように俺を見つめてくる。
それ、言葉がわかってなければただこわいだけだからな。
でもゲンさんはもう何百年もこの森を守ってきてるんだ。
それくらいのわがままは聞いてあげてもいいか。
……ほかの魔物たちも望んでるようだし。
「カトレア、宿屋階層に魔物専用の大浴場を作ることにするよ。ゲンさんがゆったり入れる大きさの風呂を二つ作って、一つは水風呂で頼む。この魔物部屋には水浴び場と足湯と小さなシャワーだけ残そうか。ここにある風呂やゲンさん用のシャワーはそっちに移設だな。転移魔法陣はそこの入り口から見て左奥でいいよな?」
「え……わかりました。明日の朝から取りかかりますね」
魔物たちは嬉しそうだ。
ゲンさん以外はここの設備でも満足してたと思うが、やはりゲンさんがシャワーだけしか浴びれないのが気になっていたんだろう。
「まぁ一年間なにも変化なしだったからな。ついでだからなにか要望があったら聞くぞ」
「チュリリ(管理人室にも魔物専用の入り口を作ってください。さすがにゲンさんは厳しいと思うのでロイス君の部屋にあるのと同じサイズの入り口でいいです)」
「わふぅ~(小屋からダンジョン入り口までの間に屋根作らない? 冒険者のみんな朝に小屋出て雨だとテンション下がってるからさ~。入り口まで少し濡れるし。あ、でも大樹が見えなくなるのは嫌だから透明な屋根で最小限の大きさでお願い)」
「キュキュ(最近お客さんがどんどん増えてきてるので一人一人に目が届きにくくなってるのです。それは従業員の方にも言えることなのです。だからご主人様やこの家に住んでる方々には特に意識して行動してほしいのです。みなさんが声をかけてくれたり気にしてくださるだけでも全然違うと思うのです)」
「ゴゴ(俺は特にない。あ、でもこいつらともっといっしょに寝てやってくれ。俺は一人でいいって言ってるのに、遠慮して毎日交代でしかロイスの部屋に行かないからな。多くて寝れないようならカトレアたちの部屋に行かせてやってもいいし。アグネスたちはウサギ連れ込んでるらしいからあっちはまぁいいだろう)」
「モ~モ~(もう少し強くなりたいんだよね。今のままじゃこの先ご主人様を守れる自信ないし。こないだもララさんがマグマドラゴンに攻撃されたとき、本当なら僕が盾にならなきゃいけなかったんだ。実力はもちろんだけど精神的に弱い自分が嫌になるよ)」
「ピィ(私たちはまだ新参だからかもしれないけど凄く満足してるよ? 早くもっとみんなの役に立ちたいなぁ)」
「「「「ピィ(うんうん)」」」」
俺は魔物部屋に対しての要望を聞いたつもりだったんだけど……。
この部屋に不満はないってことか。
それよりみんな順番に話してくれたのはいいが、色々言うせいで既にピピがなにを言ってたのか忘れそうだ……。
「ロイス君、みなさんのご要望はなんと?」
「それがさ……」
なんとかみんなの要望をカトレアに伝えた。
「なるほど……。みなさん色々な考えをお持ちなんですね。私たちの意識改革も含め、できることはすぐにやりましょう。強くなる方法はロイス君が考えてください。それと私といっしょに寝てくださるのなら毎日どなたでも大歓迎ですよ?」
「チュリ(では今日は私が)」
「わふ(いや、僕が)」
「キュ! (私もカトレアさんのところがいいのですが、一人のところに二匹以上はやめましょうです! だから私今日は遠慮してユウナちゃんのところに行くのです)」
「モ~(じゃあ僕ララさんのところでいいかな?)」
「ピィ! (私もララちゃんがいい!)」
「ピィ! (えっ? じゃあ僕ご主人様独占していいの?)」
「ピィ! (ダメっ! ご主人様のところだけは二匹以上ありだから!)」
「ピィ(お泊りするんなら寝る前にちゃんとお風呂に入ってきれいにしていかないと)」
「ピィ(そうだね。汗臭いとご主人様が悪く思われるからね)」
「ピィ(昨日から住みだした新人の子たちとも仲良くならないと。スピカさんは一人で寝たいだろうからそっとしておこう)」
「ゴゴ(二階の各部屋にも魔物専用の入り口を作ってもらってもいいか? 朝はこいつらのほうが起きるの早いだろうしな)」
てっきりみんな俺の部屋に来たがるかと思ってたんだが……。
まぁみんなと仲良くなろうとしてるんだからいいことだよな。
「ロイス君、なにか言い争ってるようにも見えるのですが……」
「……カトレアが一番人気だぞ、良かったな」
「え? 本当ですか!? 嬉しいです!」
別に悔しいわけじゃないからな……。