第百九十五話 王女様、冒険者になる
正午過ぎ、マルセール側のトロッコ乗降場所にある魔道具から呼び出しがかかった。
メロさんは厨房に入っていたので、面倒だが俺が行くしかない。
今日はメタリンもウェルダンも出払ってるから馬車は使えないし。
この時間一番暇なのは俺だから仕方ないか。
「遅いわよ! 十分近く待ったじゃない!」
「それはそれはすみませんねぇ」
「ロイス様、お迎えありがとうございます」
ジェマさんは礼儀正しいな。
見た目も清楚だしな。
きっと癒し系ってやつなんだろう。
年齢は俺より一つ上なんだってさ。
「早く帰るわよ! 今日はラーメンってやつを食べてあげる!」
「では私もラーメンにします」
「そんなところまで私に合わせなくていいのよ! あなたも好きな物食べなさい!」
「いえ、どっちみち全種類制覇しないといけませんから」
「ならいいわ! もう毒見はしなくていいんだからね!」
「承知しております。実は好きな物食べてもいいと言われましても迷って選べないのです……」
「町を離れたら執事の仕事は忘れなさい! 私が冒険者をしてる間は自由にしてるのよ!」
「はい。ありがとうございます」
なんだ、気遣いもできるんじゃないか。
それともただ見張りから逃れたいだけか?
俺の中ではこの王女のせいで王族全員がわがままなイメージになってしまった。
「はい着きましたよ~」
「やっとね! 次からは呼び出したらもっと早く迎えに来なさい! ジェマ、荷物を置いたらすぐにバイキングに行くわよ!」
「はい。ロイス様、わざわざありがとうございました」
二人はトロッコを降りると走って家に入っていった。
俺がリビングに入ると、すぐに二人が現れた。
そして転移魔法陣部屋からバイキング会場に転移していったようだ。
「慌ただしいですね……」
「それよりもう階段の意味がないな」
「だって二階の中央に転移魔法陣がありますからね。階段よりも早いですし」
リビング入ってすぐのところに二階と行き来できる転移魔法陣が新しく作られた。
便利なんだろうけど、これじゃ一つの家って感じがしないよな。
この転移魔法陣を俺が使うことはほぼないけどさ。
「俺の洗濯は変わらずララがしてくれるんだよな?」
「そう言ってましたよ。ララちゃんが忘れてても私がしますからご安心を。どちらにしても干すのは二階のベランダですけど……」
「……俺が取りに行くと下着泥棒に間違えられそうだな」
「そうですね……。急に必要になったときは誰かに言ってください」
なんだか自分の家じゃなくなった感じだ……。
「ララとユウナはどこ行った?」
「……」
「……逃げたのか?」
「どうでしょうか」
「水晶玉ですぐにバレるのに」
あいつら、いくら王女に魔法を教えるのが面倒だからってそれはないだろう。
それにあの王女のことだからまた騒ぎ出すぞ。
まずララは…………ん?
地下二階の休憩エリア?
なんでそんなところに?
というかまだ怪我が心配だからダンジョンには入るなって言っておいたのに。
じゃあユウナは……え?
地下一階休憩エリア?
「なにがしたいんだ?」
「まずは本気かどうかを確かめるって言ってました」
「……そういうことか。でも王女はまだ魔法使えないんだろ?」
「誰だってみんな最初はそうじゃないですか。だから魔法杖も渡しません」
「エマって子にはまだ渡してるじゃないか」
「エマちゃんはいいんです。お友達ですから」
贔屓が凄い。
「休憩エリアに行ったらユウナが仲間になるってことか?」
「はい。そこからは二人で少し寄り道しながら地下二階の休憩エリアまで行ってもらいます。もちろん王女様が先頭で」
「そこでようやくララが仲間になるのか。でも今日中には無理そうだな」
「今日どころかしばらくは無理かもしれませんが、ララちゃんは本を読むって言ってましたから時間は気にしないでしょう」
「本って図書館の本か? なんで持ち込めるんだよ?」
「そこはララちゃんの特権ですよ」
「あ、そう……」
それくらいならカワイイもんか。
十五分後、王女とジェマさんが食事から戻ってきた。
もっとゆっくり食べればいいのに。
「よぉし! まずは図書館で魔法の勉強ね!」
「「えっ!?」」
まさかいきなり図書館に行くつもりだとは思ってもみなかった……。
普通ダンジョンが目の前にあったらまず入ってみたくなるだろう。
こう見えて王女はなかなか慎重派なようだ。
「王女様、ダンジョンは十九時で閉まりますが図書館は二十二時まで開いてるんですよ?」
カトレアはどうにか王女をダンジョンに向かわせようとしているようだ。
「そんなことわかってるわよ! でも攻撃魔法が使えないんじゃスライムも倒せないでしょ! あなたバカなの!?」
「「「……」」」
ひどい……。
同じ屋根の下に住む家族同然のカトレアに向かって発する言葉とは思えない。
カトレアはショックを受けて泣きそうになっている。
「カトレア様、シャルロット様は魔物と戦ったことがないので不安なんです。どうかお気を悪くされないでください……」
「そ、そうよ! 痛いのは嫌だからよ! 別にあなたを責めてるわけじゃないんだからね!」
王女も悪いとは思ったようだ。
でもせっかくユウナたちが待ってるんだからな。
むりやりにでも行ってもらおうか。
「王女様、昨日作ってもらった冒険者カードに少し変更を加えましたのでどうぞ」
「変更ってなによ!? ……え? シャルル?」
「はい。さすがに本名だとマズいですからね。シャルかシャルルで悩みましたが、シャルだと勘のいい冒険者に気付かれそうでしたので。ウチの従業員にエルルってのがいますからマルセールの子かと思ってくれるかもしれませんしね」
「……いいじゃない! 私は今日から冒険者シャルルよ! あなたたちもそう呼びなさい! もうかしこまった言葉も使わなくていいわ!」
「じゃあシャルル、まず地下一階に一人で行ってこい。ポーションは持っていけよ。杖で殴って攻撃してもいいが、剣とか槍のほうがいいかもな」
「え……あなた……え? 早くない? 私、王女なのよ……」
「そんなこと知らん。今はただウチに居候してる新人冒険者なんだろ? 今このダンジョンにいる冒険者の中で最弱は間違いなくシャルルだ。毎日午前中を無駄にしてるんだからさっさとダンジョンに入ったほうがいいと思うけど。図書館は朝六時半~二十二時まで開いてるんだからいくらでも時間はあるぞ」
「……わかった。じゃあ行ってくる……」
「シャルロット様! ミスリルの槍をお持ちになってください! 今買ってきますので外でお待ちを!」
「ジェマさん、銅の槍で」
そしてシャルルは地下一階に入っていった。
武器は銅の槍。
防具はストアで一番安いローブ。
見た目はとても王女様とは思えないな。
「いっしょに行かなくていいんですか?」
「今のシャルロット様は冒険者ですから」
「へぇ~。バレないように尾行するのかと思ってましたよ」
「尾行しなくても水晶玉で見れますし、なにかトラブルがあったらアンゴララビットさんたちが守ってくれますので。それに指輪があれば死なないですしね」
「ご理解が早いですね。それも全部事前にブルーノさんから一度は聞いてたんですか?」
「はい。執事の仕事に情報収集は欠かせませんので」
「やっぱりブルーノさんだったんですね」
「あ……」
「ブルーノさんもこうなることがわかってて話したんでしょうから別にいいじゃないですか」
「……そうですよね。こちらのみなさんならきっと受け入れてくれるとおっしゃってましたし」
いやいやいや、この王女はなかなか厳しかったと思うぞ……。
「あ、カトレア? 大丈夫か?」
「はい……。シャルルもちょっと口が悪いだけで本音は優しい子なんだと思いますし」
「「……」」
カトレアがマリン以外を呼び捨てで呼んでるの初めて聞いた……。
別名みたいなものとはいえ、相当おかんむりのようだ。
「ジェ、ジェマさんは空いてる時間はどうされるんですか?」
「え、そ、そうですね。町長の仕事は父と母がやってくれてますし、ここでなにかお手伝いできることがあればなんなりとお申し付けください」
なんとか話題を変えることに成功した。
シャルルがいないとジェマさんは暇になるよな。
なにかしたいことはないのだろうか。
「冒険者に興味はないんですか?」
「はい。暗殺に備えて常に短剣は持ち歩いてますが、本当は使うのがこわいです……」
「冒険者の相手は人間じゃなく魔物ですよ?」
「できるなら戦闘はしたくないんです」
それもあったからダンジョンの中までは付いていこうとしなかったのかもしれない。
「ジェマちゃん、戦闘を見るのも嫌ですか?」
「いえ、見てる分には特に」
「でしたらダンジョン酒場で流す映像の編集をやっていただけませんか?」
「え、あれを私がですか?」
「はい。場所はどこでもできますし、シャルルの様子も見ながらできますよ。そこの管理人室でやるとより捗ると思います」
「では一度やってみます。シャルロット様のことも見ておきたいですしね」
確かになんとなくメロさんよりジェマさんのほうが得意そうだ。
それにメロさんは朝の二往復のトロッコ、昼間の厨房、夜のパーティ酒場と忙しいからちょうど良かったのかもしれない。
「あ、じゃあ給料はお支払いしますのでほかの仕事もお願いしていいですか?」
「はい。ここに住ませてもらってるのですからお給料はいりませんと言いたいところですけど、ロイス様やララ様はそれでは納得しないでしょうからね」
そんなことまで調べてあるんだな……。
これから情報の取りまとめはジェマさんにお願いしようか。




