第百九十三話 王女様と執事
王女が来た夜、その執事というセバス一家もトロッコでやってきた。
秘書さんは昼間に帰っていき、夜は来ないとのこと。
メロさんは今日だけで何往復するんだろうな。
「みなさま、お初にお目にかかります。私はシャルロット様の執事をしておりますセバスと申します。本日はお招きいただき誠にありがとうございます。こちらは妻のメアリー、そして娘のジェマです。以後、お見知りおきを」
素晴らしい。
しかも奥さんと娘さんも礼儀正しい。
さすが執事一家だ。
もっと年配の方を想像してたが、四十歳前後ってところか。
でもなんでこの執事がいて王女があんな風に育つんだよ……。
立ち話もなんなので、まずはバイキングを楽しんでもらうことにした。
昼間に町の大人が大勢来ていたおかげか、誰もこの一家のことを気にする様子はない。
もちろん王女だなんて気付く人も一人もいない。
そして食事のチョイスもいいじゃないか。
バランス型は俺と似ているな。
盛り付け方もきれいだ。
それに引き換え王女は見事に肉と刺身ばかりだ
そこに野菜はいっさい存在しない。
というかこの王女、よく食うな……。
それにさっきからユウナと競うようにして食べてないか?
ユウナに勝つのは厳しいと思うがな。
食事もすんだので、会議スペースで少し話をすることになった。
なぜかストア組はまた全員揃っている。
明日は休みだから今日はもうみんなでマルセールに帰るはずなのに。
ん?
なんでさらに集まってくる?
厨房組まで休憩スペースや作業場所に座り出したぞ?
子供たちは帰る時間じゃないのか?
バーも休みだからかネッドさんまでいる。
アグネスとアグノラまでわざわざここでウサギたちと遊んでる……。
みんな、王女に興味津々ってわけか……。
「おい、絶対に誰にも言うなよ? フリじゃないからな?」
「わかってるって!」
「もちろんだ! なぁみんな!?」
「「「「はい!」」」」
……まぁいいだろう。
従業員は信用しないとな。
「従業員のみなさまは仲が良さそうですね」
「なんだかんだ人間関係って一番大事になってきますからね。少しでも気持ちよく働いてもらうために色々工夫してるつもりです」
「さすがでございます。だからこそロイス様に付いてこられるのでしょう」
……様を付けるのは執事の癖みたいなものだから仕方ないか。
「セバス、本当にシャルロットが町長なんかできると思ってるの?」
「もちろんでございます。私と妻と娘でフォローさせていただきますのでご安心を」
「でもこの子、ここに住むって言ってるのよ?」
「はい、ロイス様やララ様がよろしければですが」
「……あなた、この子がここに住みたいってこと知ってたの?」
「……スピカ様には隠し事はできませんね。その通りでございます。それも含め確実にフォローするために私たちは一家でマルセールに移住することを決めました」
「そう……。シャルロット、あなたはセバスたちの人生まで変えてしまったのよ?」
「……でもセバスもメアリーもジェマも納得してくれたわよ。給料だって今までよりも多く出すし」
「お金の問題じゃないのよ」
執事も大変なんだな。
王女のわがままで王都からマルセールなんて小さな町に移住なんて。
しかも町長の補佐なんて仕事までやらされて。
いくら給料がいいからってさ。
「で、セバス、王様はなんて?」
「小さな町だし、私たちのフォローがあれば大丈夫だろうと。それに飽きたらすぐに帰ってくるだろうと」
「……ここのことは? もしかしてなにも言ってないの?」
「それは……さすがにそれを言ってしまうと許可されることはまずありませんので……」
「あなたたちねぇ~……」
スピカさんもさすがに呆れてしまったようだ。
王女や執事一家はバツが悪そうにしている。
昼間のスピカさんの言動は、王女に自分の意志をハッキリ示させるためのものだったようだ。
そのおかげで王女は、ここに住み冒険者として修行しながら町長の仕事もこなしてみせる、ということを宣言することができた。
少し言葉は違うがたぶんそんな感じのことを言いたかったんだと思う。
それにスピカさんは王女がここに住みたいということを途中からわかってたみたいだ。
ただ王女が素直にそれを言わないからわざとあんな言い方をしたんだってさ。
あ、宿屋じゃなくてウチの家ね。
なぜか宿屋は嫌みたい。
王女からしたらまずはここに住むことが大事なんだと。
それと結婚って言ったのはそれくらいここに住みたいですよって意味ね。
俺に嫌われたらここに住めなくなるって思ったんだろうな。
つまりこの王女、非常に面倒なんだ。
だから結論は執事の方が来てからってことにしてある。
「大樹のダンジョンから拒否されることは考えなかったの?」
「スピカ様がいらっしゃるならまず大丈夫だろうと……。ロイス様を怒らせないかが心配でしたが、それでもまず最初は自分一人で行くとおっしゃいましたので」
やっぱり俺、すぐ怒ると思われてるのかな?
元町長デイジーさんの件に、行商人オスカルさんたちの件。
確かにここ最近は月に一回のペースで少し問題が発生してるな……。
そのペースだとそろそろなにかあってもおかしくないと思うか。
というか俺を怒らせないようにしたうえでの最初の発言があれかよ……。
相当敵を作ってそうだな。
「その様子じゃ宿屋があることも知ってるんでしょ? なのになんでウチに住ませるのよ?」
「それはララ様やユウナ様が住んでいらっしゃるからです」
「……もしかして二人に魔法の指導してもらうつもり?」
「そうよ! 攻撃魔法ならララに、回復魔法ならユウナに教わるのが一番だって聞いたわ!」
それが目的だったのか……。
もし魔法が使えなくてもここで錬金術を勉強すればいいとか思ってそうだな。
「……無理です」
「無理なのです……」
「え……嘘でしょ? 私に教えることができるのよ?」
誰がこんな王女に教えたいって思うんだよ……。
「私、この間の魔工ダンジョンで数か所骨折しましてまだ絶対安静って言われてるんです……」
「私は次の魔工ダンジョン出現に備えて一刻も早く浄化魔法を完璧に習得する必要があるのです……」
こいつら……適当に理由つけて断ろうとしてやがるな。
「そういうわけだからさ、宿屋に宿泊してしばらくは一人で修行してみなさい。図書館もできたから魔法の勉強もだいぶしやすくなったし。あなたが勝手にここで冒険者をする分には誰もなにも言わないからさ」
「え……一人じゃ無理だって……それにパーティメンバーっていっしょに生活するものじゃないの? この私が仲間になってあげようって言ってるのよ?」
「「「「……」」」」
勝手にパーティに入ろうとしてるぞ……。
誰がこんな王女とパーティを組みたいんだよ……。
セバスさんたちは無表情で前を向いている。
どうやら確信犯のようだ。
ララとユウナがパーティメンバーを探してるなんて情報を知ってる人は限られるよな。
タイミング的にまず間違いなくブルーノさんかキャロルさんから聞いたんだろう。
「ロイス様、いかがでしょうか? このままではシャルロット様は得体もしれないただのお金持ちと結婚させられてしまいます……」
え? 俺?
そりゃ可哀想だとは思うけどさ……。
冒険者になりたいなら一度やってみたほうがいいとも思うし。
パーティはララたち次第だけど、宿屋が嫌なら別にここに住んでもいいんじゃないのかな。
「お兄! だまされちゃダメ!」
「そうなのです! この家に住む理由なんてなにもないのです! 勝手に町長やってればいいのです!」
そうだった!
ウチに王女兼町長を住ませるとなると面倒なことが山ほどありそうじゃないか。
「いいじゃない! ララは剣の腕も一流って聞いたわよ!? ユウナは補助魔法も凄いんでしょ!? それならそこにとてつもない攻撃魔法を持つ私が入れば完璧じゃない!」
「「「「……」」」」
なんだと?
とてつもない攻撃魔法を持ってるって言ったか?
確かにそれならララたちのパーティはかなり強化されることになるな。
「お兄! 初心者にそんな魔法使えるわけないでしょ! お兄を揺さぶるなんて卑怯よ!」
「私の杖のほうがまだマシなのです! 杖はわがまま言わないのです!」
やっぱりそうだよな……。
ララたちのパーティに入ろうとするくらいだからもしかしたら能力を隠してるかと思ってしまったじゃないか。
「ロイス様、シャルロット様の町長としての働きぶりや冒険者としての実力を見極めるために、とりあえず一か月の期限付きでここに住ませていただくというのはいかがでしょうか? そして一か月後、もしどちらも中途半端というのであればすぐにでも宿屋か、マルセールの私共の家に移らせますので」
う~ん、まぁそれで納得してくれるんならいいか。
たった一か月で成長できるとも思わないけどな。
「わかりました。一か月でなにかしらの成果を出せなければちゃんと宿屋に移ってくださいね?」
「いいの!? やったわセバス! これで私も魔法を使い放題よ!」
「お兄! 作戦だってば! 絶対一か月後にまた同じこと言うよ!?」
「単純すぎるのです! 町長としての働きぶりなんて私たちにはわからないのです!」
そこまで責めなくてもいいだろ……。
俺だってそのくらいわかってるよ。
でも王女よりも冒険者を選びたいって言ってるようなもんなんだからさ。
少しくらいチャンスがあってもいいだろう。
「その代わり、ここで見たことの全てを秘密にしてください。王女様だけじゃなく、セバスさんたちもです。もし外部に少しでもなにか漏らしたら、みなさんの記憶を全て消去させていただくことになります。これは脅しと受け取ってもらって構いません」
「「「「……」」」」
セバスさん一家が初めて動揺を見せた。
記憶を消去なんて本当にできると思ってるのかな。
記憶ごと存在を消されると思ってるのかもしれない……。
ブルーノさんたちのことを考えればなにもないことくらいわかるだろうに。
「……あなた、私に向かって脅しなんかしてただですむと思ってるの?」
「冗談ですよ。その場合はこの森から出禁になるだけですのでご安心を」
「森から? ダンジョンからじゃなくて? そんなことできるの?」
「それも秘密の一つですよ?」
「……」
勝手に色々想像してくれ。
それよりそろそろ子供たちを帰らせないと。
「もう時間も遅いのでこのへんにしましょうか。明日は朝から色々お忙しいでしょうし。ではとりあえず一か月ということで」
「そうでございますね、ありがとうございました。最後にもう一つだけお願いを聞いてもらえますでしょうか?」
「なんでしょう?」
「このジェマもシャルロット様といっしょに住ませてもらえないでしょうか? もちろん宿屋で構いません。マルセールまでの護衛という意味もあります」
「さすがに王女様を一人で町まで通わせるわけにはいきませんもんね。わかりました。宿屋なら無料でお使いください」
「重ね重ねありがとうございます。シャルロット様のこと、くれぐれもよろしくお願いいたします。では私たちはこれで」
セバスさんとメアリーさんは帰り支度を始めた。
子供たちやストア組もいっしょに帰るようだ。
「あっ! フラン! それにフレヤさん!」
ここに住むことは許可したが、バレるのはよくないからな。
「なに?」
「王女様とジェマさんに変装用のカツラとかメガネを準備してほしいんだけどさ」
「あ、そうだよね! わかった! カミラさんとクラリッサと相談してすぐ準備するね! みんなは先帰ってて!」
ほかのみんなは遠慮なく先に帰っていった。
トロッコだとすぐだし、馬車もあるしな。
「ねぇ? お風呂入りたいんだけど? それに今日は疲れたから早くベッドの準備もしてよね」
まず今日からウチに住めて当然だと思ってるのが凄いな。
普通なら今日は町に泊まるから明日からよろしくとか言いそうなもんだけど。
せめて宿屋だろ。
それに二人とも泊まる準備なんてしてきてるようには見えないぞ。
「ロイス様、シャルロット様の下着や生活用品などを準備したいので申し訳ないのですがダンジョンストアに行かせていただいてもよろしいでしょうか?」
……それもここに来る前にリサーチ済みってことか。
王女は昼間に入ってたが、ジェマさんはまだ知らないはずだからな。
武器屋と防具屋だけじゃなく、5均屋の商品まで全て知ってそうだ。
執事って凄い。
というかブルーノさんたち、どこまで話してるんだろ……。
「そこがストアの裏口になってますのでどうぞ。カトレアは二人の付き添いを頼む。ミーノはフロント行ってジェマさんの部屋の手配な」
すぐにみんなが動き出した。
客人や従業員はEランクの部屋という決まりが定着しつつある。
だからそっちはすぐに準備できるはずだ。
問題はウチの家だな。
「お兄、どうするの? 部屋ないよ? やっぱり宿屋でいいんじゃない? うん、それがいいよ」
ララはどうしてもウチには住ませたくないようだ。
というかいっしょにパーティを組みたくないほうが強いのか。
だがパーティの話はともかく、住むことは約束してしまったからな。
さて、どうしようか。
部屋がない以上、家を拡張するしかない。
この前拡張したのは確か……魔物部屋を追加したときだよな。
あれからちょうど一年くらいか?
まさか部屋が全部埋まるとは思ってなかった。
今日は誰かの部屋に泊まってもらうのもありだが、なんとなく王女は文句を言いそうな気がする。
というか部屋の入り口だけ作って宿屋に転移させてもバレないんじゃないのか?
……あとでバレたときに面倒か。
「ロイス君、あのさ……」
「ん?」
モニカちゃんが話しかけてきたが、そのあとの言葉が続かないようだ。
なにか言いたそうだが、言いづらいのかモジモジしてる……。
……そういうことか。
これだけ人数が増えるとさすがに一階も改装が必要になるな。
ついでだからソファ問題も解決してしまおう。




