第百九十二話 新町長
「王女様!?」
「はい……」
カトレアから衝撃の事実を聞かされた……。
さっき新町長御一行をバイキング会場に案内だけして俺はすぐ家に戻ってきた。
そしたらみんなソファに座ってバイキング会場の様子を興味津々そうに見ているではないか。
映っているのはもちろん王女様だ。
スピカさんだけは寝転んで見ているが。
「なんで王女様がマルセールの町長なんかやるんだよ?」
「そんなこと私にはわかりませんよ……。私だって昨日知ったばかりですし、顔を見たのも初めてなんです。秘書さんから王女様ですって紹介されただけで名前もわかりませんし。町長に就任されるのは明日からですしね」
「まだ就任してないのか。というかさっきはしっかりした人って言ってたよな? あれのどこがしっかりしてるんだ?」
「え……話し方はともかく、考え方はしっかりしてるという意味です。じゃなきゃ私のことやトロッコのことまで調べてないでしょう。それに就任前にわざわざここに挨拶に来ようとするくらいですよ?」
それは確かにそうか。
でも改めて思うが第一印象って大事だよな。
「この子の名前はシャルロット。現パルド国王の三女で、年齢はカトレアの一つ下だったかな? 正妻ではなくて側室の子よ。だから国王もある程度の自由は与えてるわ」
スピカさんが丁寧に説明してくれる。
でも年齢がカトレアの一つ下だと?
ということは今年十八歳だよな?
そんな子が町長になんてなれるのか?
というかなぜ町長に?
「……詳しいんですね」
「まぁね。それにこの子、錬金術教えろって昔からうるさかったからねぇ~」
スピカさんはそのことが懐かしいのか、思い出して微笑んでいる。
「面識があるんですか?」
「えぇ。私の店は城にもポーションを卸してたからね。この子だけじゃなくてほかの王子や王女も知ってるわ。一応国王とも知り合いよ? なにか伝えよっか?」
「いえ、結構です……」
俺はここでのんびりしたいだけなんだから面倒になりそうなことなんかするわけない。
「じゃあスピカさんはこの王女が町長になった理由に心当たりがあったりするんですか?」
「う~ん、たぶんだけどこの子、大樹のダンジョンに興味があったのよ」
「ウチに?」
「この子は単純に好奇心旺盛なの。だからきっと自分からマルセールの町長になりたいって言い出したんだと思う。それに王女とは言っても三女でしかも側室の子でしょ? 誰にも期待されてないし、このまま城にいても近いうちにどこかのお偉い方の息子とむりやり結婚させられるでしょうしね。王族も色々大変なのよ」
なんだか可哀想になってきた……。
王族ってだけで優雅な生活を送れてるのは間違いないだろうが、その分苦労もあるってことか。
……でも政略結婚とはいえ、嫁ぎ先も立派な家柄なんだろうから別にいい気もするな。
それにさっきみたいに偉そうな口調だと話すたびにイライラしてしまいそうだ。
うん、やっぱり可哀想でもなんでもない。
「城を出ていくには役職が必要なんですか?」
「もちろん名目上はなにか必要だったんだと思う。でも彼女はね、ほかの王子や王女と違うの」
「違う? なにが違うんですか?」
「……魔力を持ってるのよ」
「「「「えっ!?」」」」
ん?
なんでみんな驚く?
魔力持ちのなにが珍しいんだ?
みんな魔力持ちなんだから魔力を持ってない俺のほうが珍しいくらいだろ……。
……もしかして王女でも持ってるくらい普通のことなのに、なんでこの人魔力が全くないんだろうって思われてたりするのか?
それはさすがにこたえるな……。
俺だって少しくらいは魔力欲しかったさ。
いや、少しどころか大量にだ。
でもないもんは仕方ないだろ……。
「お兄! 違うから!」
「そうなのです! ロイスさんは関係ないのです! 魔力持ってないのが普通なのです!」
ララとユウナは俺を慰めてくれているようだがそれが余計にツラい。
「つまりシャルロット様は大樹のダンジョンに来るだけのためにマルセールの町長になったと?」
「冒険者に憧れてたりするのかな?」
「それとも錬金術に? 魔工ダンジョンの仕組みを詳しく知るために来たとか?」
カトレア、マリン、モニカちゃんは王女の動機について気になったようだ。
でも言われてみればそうだな。
魔力を持っていたところで王女様が冒険者や錬金術師になるのは無理だろうし。
なにか上手く抜け道を探した結果、現在空席であったマルセールの町長がピッタリだと考えたのかもしれない。
みんなの視線がスピカさんに集中する。
「どれも正解に近いはずよ。食事が終わったら聞いてみましょう」
そのあと俺たちもバイキング会場に移動し、王女たちとは離れた場所で昼食をとった。
王女を含む町のみんなはバイキング終了ギリギリまで楽しんだようだ。
そして王女と秘書さんを残して帰っていった。
改めて二人には会議スペースに来てもらうことにした。
「どうぞ」
ホルンとおばさん……フレヤさんがお茶を準備してくれた。
そういや今日は日曜だからフレヤさんもいたのか。
年齢の近いカミラさんは名前で呼んでるのに、フランのお母さんだけおばさんって呼ぶのも失礼だと思い、最近は名前で呼ぶようにしている。
アイリスとエルルもなぜか防具の作業場所に来ており、こちらに聞き耳を立てているようだ。
今日は日曜だからクラリッサさん、カミラさん、メイナードは美容院の仕事でここにはいない。
「改めまして、私が大樹のダンジョンの管理人をしておりますロイスと申します。先ほどは王女様とは知らずに失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした」
「「「「王女様!?」」」」
まだその事実を知らなかった全員が驚く。
ってそんなことより王女って知られるとマズいかもしれない。
「みんな、くれぐれも内密に」
「「「「……」」」」
無言で何回も頷いてくれる。
「いいわよ別に。それよりバイキング、まぁまぁだったわ」
「それはどうもありがとうございます。王女様のお口に合うかどうか心配だったものですから」
「あなた、いつもそんな口調なの? なんか商人みたいね」
商人…………。
でもサービス業だから同じようなもんだよな?
王女様に目をつけられて面倒なことになっても困るし。
俺にはここを守る責任があるんだ。
「まさかウチみたいなダンジョンに王女様自ら来ていただけるとは思ってもいませんでした。この度はマルセールの町長就任おめでとうございます」
「「「「町長!?」」」」
またしてもみんなが驚く。
知らなかったのか?
マルセールに住んでる人ならみんな知ってるもんだと思ってた。
……いや、エルルとフレヤさん以外はみんなここに住んでるしな。
その割にはエルルとフレヤさんも驚いてるように見える。
「スピカさん、久しぶりね。まずこの子の口調どうにかして。聞いてた話と違ってて違和感がありすぎるわ」
王女は俺の隣にいるスピカさんに話しかけた。
「王女様、お久しぶりでございます。お元気そうでなによりです」
「ちょっと? なんでスピカさんまでそうなのよ?」
「それはもちろん王女様ですし、しかもこれからはマルセールの町長にもなられるんです。私みたいな者からしたら遠い存在なんですよ」
「怒るわよ?」
「……ふふっ。相変わらずね、シャルロット」
「……それでいいのよ。どっちにしろここじゃ誰も見てないんだからね」
スピカさんは敬語を使わなくてもいいのか。
でもだからといって俺が敬語使わなかったら怒りそうだな。
ただでさえ年上なんだから仕方ないか。
「で、早速だけど、なんでマルセールの町長になったの?」
「スピカさんならわかるでしょ?」
「わからないから聞いてるのよ。冒険者、錬金術、魔工ダンジョン、あなたの興味がどれに向いてるか想像がつかないもの」
「そんなの全部に決まってるじゃない。大樹のダンジョンにはその全てが揃ってるでしょ? 町長なんてどうでもいいけど、ここに来るにはそうするしかなかったのよ」
「「「「……」」」」
やはりそうだったのか。
さっき家にいなかったストア組は呆気にとられている。
王女に聞きたいことは山ほどあるがここはスピカさんに任せよう。
「町長の仕事はどうするのよ? あなたがなにも仕事せずにここに入り浸ってたら問題になるわよ?」
「もちろん午前中は仕事するわよ。それにセバス一家も来てるもの」
午前中しか仕事しないのか……。
それにセバス一家ってのは?
「セバスはこの子の母親担当の執事ね。でもあなたの母親とお兄さんはまだ城にいるんでしょ? 執事が家族で来て大丈夫なの?」
「お兄様は騎士だからもう関係ないとして、お母様には別の執事が付いてくれることになったの。執事なんて腐るほどいるからいいのよ」
「……で、そのセバスは今なにしてるの?」
「マルセールで引っ越しの荷物整理よ。それに仕事内容の把握とかやることはいっぱいあるからね」
……それって町長の仕事でもあるよな。
大丈夫なのかこの人……。
「あ、でも今日の夜のバイキングのときにはこっちに顔を出すって言ってたわ。だからトロッコで迎えに行かせなさい」
……ん?
迎えに行かせなさい?
もしかしてこの王女は夜までずっとここにいるつもりなのか?
「はぁ~。シャルロット、悪いことは言わないから町長になるのはやめてパルドへ帰りなさい」
「なんでよ!? ちゃんと仕事もするってば!」
スピカさんはそんなこと言って大丈夫なのか?
王女相手に凄いな……。
「あなたが思ってるほど町長の仕事は楽じゃない。それにここでなら好きにできると思ったらそれこそ大間違いよ? 冒険者だって町長に負けず劣らず大変な仕事なの。私だって今はロイスに雇ってもらってるんだから仕事をしなかったらすぐに追い出されるわよ。町長なのに冒険者も錬金もやりたいなんてそんな甘い考えが通用するはずないでしょ。わかる?」
「……じゃあスピカさんは私にこのままお城で暮らせって言うの? そのうち結婚させられて、一生自由がないまま死んでいくのがわかってるのに……私はなんのために生きてるのよ……」
……やっぱり可哀想になってきた。
自由がないっていうのは相当ツラいことなんだろう。
「まぁセバスがいるなら町長は最悪お飾りでも問題ないわ。あなたよりセバスのほうが仕事はできるでしょうしね」
「……」
スピカさんちょっと酷くない?
強気な王女もさらに落ち込んでしまったようだ。
「錬金術師としては素人のあなたに頼ることなんかなに一つないわ。余計仕事が増えそうだもの」
「……」
酷すぎる……。
王女は下を向いて涙を流してるようにも見えるが……。
「一番の問題は冒険者ね。本気であなたなんかが冒険者になれると思ってるの? ウチの中級冒険者ですら魔工ダンジョンで命を落としたのよ? パルドの軟弱な中級冒険者じゃなくてウチの中級冒険者がよ? あなたなんか魔工ダンジョンどころかウチの人工ダンジョンでもすぐに命を落とすことになるわ」
「……」
もうやめてあげてくれ……。
別に王女は冒険者に興味があるだけで本気でなろうとは思ってないだろ?
それにウチでは死ぬことはありえないんだし。
せっかく魔力があるんだから少し魔法を使ってみたいお年頃なんだろう。
「わかったなら荷物をまとめてすぐに帰りなさい。マルセールの町民もあなたがいると迷惑だわ。せっかく観光客も増えてきてるのに、町民が少なくなったりしたら困るからね」
「……」
もしかして王女のために言ってるのかな?
王女自身は城での生活や今後の人生に悲観したりしてるけど、実はそっちのほうが遥かにいい人生だってことをスピカさんは知ってるのかもしれない。
なのに多少自由がないくらいでわがまま言うなってことかもしれないな。
「どうしたの? なにか言いたいことがあるならハッキリ言いなさい。私たちも暇じゃないの。またいつ魔工ダンジョンが出現するかもわからないんだからそれに備えて色々やることがあるのよ」
「……」
でもやっぱり可哀想だ……。
というかスピカさん本当に大丈夫なのか?
後日、王都から続々と騎士がやってきたりしないだろうな……。
念のため魔物たちに警戒させておこうか。
すると王女は腕の服で涙を拭き、顔をあげた。
「私は魔道士になりたいの! ロイス! 私をここに住ませなさい! なんなら私が結婚してあげてもいいわ!」
「「「「えっ!?」」」」
…………いや、絶対お断りですけど。




