第百八十三話 大樹のダンジョン⇔マルセール
もう十八時を過ぎてるが、なんとか間に合いそうだな。
早速利用してもらおうか。
「ではみなさん、こちらへどうぞ」
「え? なにこれ?」
「馬車で行くって聞いてたけど……」
「これは……トロッコか? まさかまた乗ることになるとは……」
Fランクパーティはまだ地下三階のトロッコのことを知らないのか。
Eランクの人たちは乗るのを渋ってるな……。
「これでマルセールまで行ってもらいます。時間は五分ほどで着きますので」
「「「「五分!?」」」」
「絶対ヤバいって……」
「楽しそうだけど?」
残念ながら一直線の道だから別に楽しくはないだろうな。
「マルセールからは馬車の手配をしてますので乗り換えてくださいね。ではお気をつけて。じゃあメロさん、よろしく」
「了解! じゃあ出発するぜ!?」
運転席に座っているメロさんはゆっくりとレバーを前に押していく。
トロッコも徐々に速度を上げていき、すぐに見えなくなった。
マルセールまではこのトロッコで行けるからいいが、そこから魔工ダンジョンへは道具屋の店長さんに馬車で送ってもらうことになるからな。
しばらくの間はそうやって対応するしかない。
「……うん、大成功だな」
「ゴ(久しぶりに仕事したって感じだ。できれば俺も乗ってみたいが……)」
「座席と屋根がなかったらギリギリ乗れるんじゃない? 今度ドラシーに作ってもらおうか」
「ゴ(頼んだ。さすがに今日はみんな疲れただろうしな……)」
「エク、マド、タルもお疲れ。特にマド、土魔法が役に立って良かったな」
「ピィ! (土掘るのって楽しいね! もっと掘ってもいいよ!?)」
「ははっ、また今度な。じゃあご飯にしようか」
魔物たちのご飯をララが大量に作ってくれてて良かったよ本当に。
俺以外のみんなは疲れてぐったりしてるからな。
せっかく初めてのお客を乗せての運行だというのに誰も見に来やしない。
というか別に今日急いでする必要は全くなかったけどな。
メロさんは休みでマルセールに帰っていたにも関わらず、アイリスたちから話を聞いて店の馬車でわざわざ来てくれたんだ。
道の途中で俺と出くわしたときの驚きようは凄かったな。
なんせそこから大樹のダンジョンまで道の左側の土が掘り返されてるんだから。
でもすぐに事情を理解してくれて、作業を手伝ってくれたんだ。
基本俺たちは見てるだけだったけどさ。
アグネスとアグノラが楽しそうに指示してくれてたからな。
メロさんが運転もしてみたいって言うからしばらくは任せることにした。
マルセールから魔工ダンジョンまで普通の馬車で往復しようと思ったら急いでもおそらく一時間はかかるだろう。
いや、もっとか。
その間待ってるのもあれなんで一回戻ってくると言っていた。
マルセール側の停留所的な場所には呼び出し魔道具なるものを設置してきたんだ。
それがあればトロッコを利用したいときにボタンを押してもらえればすぐにこちらから誰かが向かう予定になっている。
すぐにはバレないような位置に置いてあるから知ってる人しか使わないだろう。
その魔道具もプレートから魔力供給を受けてるからこちらとの信号のやり取りが可能というわけだ。
というか魔力供給さえできればどこにでもこのトロッコを走らせることができるんだよな?
さすがに森からマルセールの町に入るとマナはなくなるからそれ以上は魔力を消費する必要があるけどさ。
……マルセールの周りも森で囲めないかな?
そうすれば大樹によるマナもマルセールまで届くようになるんじゃないか?
でもいくら町の外とはいえ勝手に地面を掘ってレールプレートを埋めるのはマズいよな……。
「……お兄ちゃん、元気だね」
「ん? あ、無事出発したぞ。みんな驚いてた」
考え事をしながらもいつの間にかリビングに戻ってきてたようだ……。
「そう……良かった……」
マリンとスピカさんだけじゃなくてカトレアとモニカちゃんもソファで寝てるぞ……。
もう夜だし自分の部屋で寝ればいいのに。
「ねぇロイス」
「あ、スピカさん起きてたんですか」
「疲れすぎて逆に寝れないわ……。それよりさ、トロッコのことだけど、マリンとモニカの名前で販売権利を取得しようと思うの」
「えっ!? いいの!?」
「ホントですか!?」
「販売権利? 誰かに売るんですか?」
「魔道具ってのは色々面倒なのよ。例えばこのまま権利を取得しないで使用してるとするでしょ? そのうちこれを誰かがマネして作って、そのときに販売権利をその人が取得したら私たちは私有地以外ではこのトロッコを使用できなくなるの」
「ここで使用する分には大丈夫なんですね。でもマルセール手前までレールを引いちゃいましたけどいいんですか?」
「まぁこの森は私有地扱いでいいんじゃない? ここだけで使用するにしても販売権利は取得しとくに限るのよ。いいわよね?」
「もちろんですよ。というか俺が作ったわけじゃありませんし。それにマリンとモニカちゃんが認められるってことですよね?」
「えぇそうね。じゃあ二人には明日から出願書を書かせるから。審査するのは錬金術師ギルドだからまず間違いなく認可されるわ」
そういやスピカさんも販売権利をいっぱい持ってるって自慢してたっけ。
でもその権利があることによってほかの人は同じ魔道具を作れなかったりするんだよな?
それって魔道具の可能性を狭めることにならないのか?
「お兄ちゃん! 販売権利って少し技術が違うだけで取得可能だからそこまで深く考える必要ないよ? 誰かが似たようなトロッコを作っても可動システムが違えばすぐに取得できるからさ!」
「……つまり同じ技術を使わずに似たような製品を作らせることが狙いってことか? 確かにそれならより良い製品が生まれやすくなるな」
「まぁそんな感じ! それにこんな魔道具もありますよっていう宣伝みたいなものだからさ!」
「なるほど。便利な物ならみんなが使ってくれたらいいもんな」
「うん! でもあまりに便利すぎるものは予め錬金術師ギルドに言って公開するのをやめてもらわないといけないけどね……」
便利すぎる物?
……あ、一つ思い当たるな。
「レア袋か……。カトレアが権利持ってるんだっけ?」
「うん……。量産してくれってギルド長直々に言われてるらしいよ……」
スピカさんがモニカちゃんの件で手紙を送ったっていう錬金術師ギルドで一番偉い人だっけ?
そんな人からも頼まれるなんてやはりカトレアは凄いんだな。
「マリン、あなたはどうしたいの? 公開したい?」
「う~ん。注目はされるだろうけど、実用は難しいと思うの。大樹やミスリルなんて誰も手に入れられないだろうから作ろうって人もいないと思うし。レールプレートに魔力を供給するシステムも未完成だし、必要な魔力も膨大なものになりそうだし。だからどっちでも変わらないかなって」
「そうね。冷静な分析だわ。だったらついでに魔力供給システムも作っちゃいなさい。それはすぐできるでしょ?」
「そりゃ直接魔力を注ぎ込む方法や魔石から魔力を吸収させる方法とかいっぱいあるけどさ」
「ロイスはどう? マルセールから先にもレールを延ばしたくない?」
「え……まぁついさっきはそうなったらいいなって思ってましたけどね。でも魔力を使うと思うと無駄遣いはしたくないかなって」
「トロッコでお金を取るって考えたらどう?」
……トロッコ経営ってことか?
乗車客からお金を取ってそのお金で魔石を買う。
もしくは魔道士から魔力を買う。
それらの魔力でトロッコを動かす。
果たしてどれくらいの乗客を見込めるんだろうか。
マルセールに来る人自体は多い。
ほぼみんなが乗合馬車か自分の馬車でだ。
料金を同じに設定するとしたら時間が短縮できるトロッコを使うよな?
揺れも圧倒的に少ないと思うし。
でも使用する魔力と料金が釣り合ってなければ意味がない。
俺としてはマルセールからそれぞれの隣村までレールを引けるだけでもありがたいんだが。
……ん?
名目上はマルセール周辺の交通網の整備ってことにしとけばいいのか。
利用客がいなさそうなら運行しなければいいだけだ。
そして俺たちが使いたいときだけ魔力供給して自分たちだけで使用してもいい。
要はとにかくレールを引けさえすれば俺たちの行動範囲が格段に広がる。
今日みたいに魔物がいないときでもどうにかなるよな。
「お兄ちゃん? 考えまとまりそう?」
「……スピカさん、この案にマルセールは乗ってくると思いますか?」
「当然よ。例えばソボク村までレールを引いたとしたらさ、パルドからマルセールまで一日で来れるようになるのよ?」
「それは大きいですね。ということは町としてはお金を払ってでも実現させたいですよね?」
「ふふっ、さすがロイスね」
でも問題もいっぱいある。
例えば今話にあがったソボク村だ。
おそらく宿泊客は大幅に減少するだろう。
それに食事もせずにただ通過するだけの村になるおそれもある。
そんなことになったら収入が全くなくなってしまうだろうな。
でもビール村やボクチク村はあまり影響なさそうだな。
宿屋やご飯屋もあったがそれはおまけ程度だ。
やはり名産品は強いんだよな。
……ん?
もしかしてこの二つの村もパルドから一日で行けるようになるんじゃないか?
そうすると南のサウスモナや北のボワールまでも行きやすくなる。
ということはマルセールよりもお客が増える可能性を秘めてるわけか。
「……この案件が通ったとして、経営も俺たちに任せてもらえるんですか?」
「横やりは入るでしょうね。お金のニオイを嗅ぎつけたどこかの大富豪が来たりするかも」
「え……なら結局財力の差で負けてしまうんじゃないですか? 魔石を大量に入手できるほうが強いでしょうし。俺は自分たちで好きなときに利用できる移動手段が欲しいだけなんですけど……」
「心配しなくて大丈夫よ。作れるのはウチだけなんだから。それに材料も全部ウチの物でしょ? これだけのミスリルなんて世界中どこを探しても見つからないわよ。それにこれだけのマナを秘めた木もね」
「でも金持ちなんでしょう? マルセールと組んでウチに脅しをかけてきてむりやり作らせようとかしてこないですか?」
「考えすぎよ……。そんなやつがいたらこのエリアに入らせないようにしたらいいだけでしょ? マルセールはもうあなたを怒らせるようなことしてこないわよ」
本当かなぁ……。
やっぱりやめといたほうがいい気がしてきた。
これ、手を出しちゃいけないやつだ。




