第百八十話 戦線離脱
5月5日月曜日、いつもと同じように一週間が始まった。
今日の昼食からはいよいよ寿司職人ヤマさんが握る寿司が登場する。
みんなの驚く顔が楽しみだ。
十時半になると厨房の従業員たちもやってきた。
今日はストア組とほかは誰が休みだっけな。
シフトのことはララやミーノに任せてあるから全くわからない。
そしていつものように管理人室で考え事をしてる俺。
リビングには誰もいない。
みんな忙しそうだからな。
ララはどこ行ったんだろうか。
ユウナは今日も浄化魔法の勉強で魔工ダンジョン周辺だしな。
やはり俺が思った通りユウナには浄化魔法の素質があるらしい。
でもこっちが三人がかりで浄化しても、魔王も負けじと魔瘴を強めてくるらしいぞ。
……ん?
向こうからやってくるのは……メタリンか!?
帰ってきたんだな!
出迎えるために管理人室から外に出た。
……あれ?
メタリンとメタリンが引くミスリル馬車が俺の目の前で停車した。
「メタリン? どういうことだ?」
「キュ……(悲しいのです……)」
「なにがあったんだ? なんでミスリル馬車?」
すると馬車から人が降りてきた。
ヒューゴさんパーティの武闘家ベンジーさんだ。
「管理人さん……すまない」
「!?」
ベンジーさんの左腕が…………。
「……中に行きましょうか。すぐに治療をしましょう」
「いや、俺は大丈夫だ。あの凄いポーションのおかげで痛みは全くないし、この通り意識もはっきりしてる。血もとまったしな。それより……」
ベンジーさんは降りたばかりの馬車を見る。
……嫌な予感しかしない。
おそるおそる馬車の中を見ると……
「あ、管理人さん…………アラナが……」
馬車の中にはゾーナさんパーティの二人、戦士のアラナさんと攻撃魔道士のジェイクさんがいた。
だがアラナさんは仰向けに横たわっているだけで全く動きはしない。
おそらく死んでいるのだろう。
「ジェイクさん……すみません……」
なんて声をかけたらいいかわからなかった。
それよりも魔工ダンジョンに行かせてしまった後悔の念に襲われている。
気がついたら謝罪の言葉が出ていた。
「謝らないでくれよ……。俺たちは管理人さんに感謝の気持ちは数えきれないほどあっても謝ってもらうようなことは一つもないんだからさ。こうなることも承知のうえで冒険者をやってるんだ……」
「そうだよ。俺も片腕を失ってしまったけどそれは俺が弱かったからだ。自分の力を過信しすぎてたんだよ俺は」
……なにも言葉が出てこない。
「……正直俺はもう冒険者をやめようかと思ったよ。アラナがいなくなって生きてる意味がなくなった気がしてたし。でもさっき馬車の中でベンジーさんはずっとダンジョンに残してきた仲間のことばかり心配してたんだ。腕がなくなったっていうのにさ。それに管理人さんの顔を見たら俺も決心がついた。仲間を助けにもう一度ダンジョンに行く!」
ジェイクさん……。
そうか、二人は……。
今の話だとまだほかのみんなは魔工ダンジョン内で攻略中なんだろう。
そして今先に三人を帰したということはまだ帰る気はないということだ。
しかもメタリンがいない以上帰りに馬車は使えない。
となるとすぐにでも援軍を出さなければならない。
「わかりました。ジェイクさんは再出発の準備を整えてください。一時間後に出ますので。ベンジーさんはダンジョン内の話を聞かせてもらえますか? アラナさんはこちらで保護させてもらいますから」
「よし! 風呂入ってくる! もう逃げないからな!」
ジェイクさんは走って宿屋に入っていった。
あの人は怪我とかじゃなくて精神的な問題だったってことか?
「あ、ジェイクとアラナは別に付き合ってたわけでもなんでもないからな? アラナが死んだことでジェイクが落ち込んで使い物にならなくなったから強制的に連れ帰ってきただけだ。あいつは怪我一つしてない」
え……ただの片想いだったってこと?
……いや、そんなことは関係ない。
アラナさんの死を無駄にしてはならないんだ。
「メタリン、大急ぎでマルセールに行ってアイリスとフランを連れてきてくれ」
「キュ! (わかったのです! ミスリル馬車のメンテナンスよろしくです!)」
メタリンは従業員馬車を引いてマルセールに向かっていった。
ベンジーさんには先にダンジョン酒場で待ってもらうことにした。
そして改めてミスリル馬車の中を見る。
「ドラシー、アラナさんを生き返らせることはできないのか?」
「残念だけどそれは無理よ。死んじゃったらただの抜け殻だもの」
「そうか……」
「……でもあの子の腕なら治せるかもしれないわよ?」
「えっ!? どうやって!?」
「元の腕があればだけどね。ただし、日常生活に支障はなくても激しい運動には耐えられないわ。この意味がわかるわよね?」
「……冒険者を続けることはできないってことだよな?」
「そうよ。続けてもいいけど確実にまた腕が使えなくなるわ。まぁその度に治せばいいのかもしれないけどね。そもそも左腕が使えなければ戦えないでしょうけど」
「どっちにしても冒険者は続けられないと思う。ベンジーさんは武闘家だし。で、どうやって治すんだ?」
「これよ」
ドラシーはポーションのようなものをくれた。
「これってあのスピカさんが研究中のやつとは違うのか?」
「あれの完成品よ。これを飲むんじゃなくて両方の患部に直接塗って腕をくっ付けなさい。感覚が戻るまでしばらく固定しておいて。早くしないと腕が腐っちゃうわよ? 私がみんなを集めておいてあげるから先に行ってきなさい。この子にも状態保存かけておくから」
「わかった! ありがとう!」
そしてベンジーさんの元に走った。
腕自体がない可能性もあったが、それは避けられたようだ。
すぐに治療を開始。
患部は非常に痛々しかったが目を背けてはいられない。
でも傷口に凄く染みるようでベンジーさんからは叫び声があがる。
それを聞いたリョウカがフロントから慌てて飛んできた。
ついでなので腕を支えるのを手伝ってもらうことにした。
くっ付けたあとも俺は患部周りにポーションを塗り続ける。
ベンジーさんは痛みを我慢するために歯を食いしばっているようだ。
ようやくみんなもダンジョン酒場に集まってきたな。
この様子を見て何事かと思っているに違いない。
ベンジーさんを知っている人は彼がここにいることを不思議に思ってるはずだ。
冒険者たちみんなが帰ってきたと思ってるかもしれない。
「……どうですか?」
「はぁ、はぁ、はぁ……うん、大丈夫な気がする。感覚はある」
そしてリョウカが腕から手を離した。
「…………おぉ!? 動くぞ! 良かった……」
ベンジーさんは人目を気にすることなく涙を流した。
リョウカの目からも涙がこぼれる。
「ベンジーさん、でもこれはかろうじて繋がってるだけにすぎないみたいです。なので日常生活には問題なくても激しい動きには耐えられません。あとから言ってしまって申し訳ないですが……」
「……ぐすっ……いや、ありがとう……生きてるだけでも感謝しないといけないのにまさか腕が戻ってくるなんて……」
そうだよな。
これで冒険者が続けられなくなったなんて言ったらアラナさんに失礼だ。
「ねぇお兄、そろそろ説明してよ」
「そうですよ。いったいなにがあったんですか?」
「「「「……」」」」
ドラシーは誰にもなにも言ってないようだな。
「魔工ダンジョンに入った冒険者のうち三人が戻ってきた。ここにいるベンジーさんは片腕を失って戦線離脱。あとの二人はゾーナさんパーティの二人で、ジェイクさんは戦意喪失により戦線離脱、そしてもう一人のアラナさんは……亡くなった」
「「「「え……」」」」
ララの様子は大丈夫か?
ダンジョン内でいっしょに戦っていた冒険者が亡くなってショックだろうな。
「でも残りの九人はダンジョン内に残ってまだ討伐を目指してる。つまり援軍を必要としてるんだ」
「「「「……」」」」
「ララ、行けるか?」
「……行く。すぐに準備してくる!」
ララは家に戻っていった。
あの様子だと厨房エリアでなにか料理してたのか。
そっちの傷も癒えてきたようだな。
ヤマさん効果もあるのかもしれない。
「ミーノ、ダンジョン内のパーティと合わせて……ん? 人数が少なくなったから何人分だ? ……まぁいい。6パーティ分の食料を準備してくれ」
「わかった!」
「マリンは回復アイテムを頼んだぞ」
「うん!」
「スピカさんはドラシーといっしょにアラナさんの遺体をお願いします」
「わかったわ。きれいにしておくわね」
「モニカちゃんは戻ってきたミスリル馬車の整備を頼む。それと予備のミスリル馬車とトイレ馬車と従業員馬車もお願い」
「了解!」
「カトレアはここで書記をしてくれ。今からベンジーさんに話を聞くから」
「わかりました」
急がないとな。
援軍に向かってもらうパーティも決めないと。




