第十八話 地下二階リニューアルオープン
「周辺はどうだ?」
「わふっ! (魔物は全くいないね!)」
「そうか、ちょっと早いが帰るぞ」
「わふぅ~! (ん、いいよ!)」
いつもの日課をいつもより早めに切り上げる。
ダンジョンとマルセールの町を結ぶこの道上には魔物は全く現れない。
だが、道の周辺の森林の中には魔物が出現する。
そこまで強くはないが、初心者にとっては危険な魔物だ。
森の中へ入らなければ危険はないのだが、念のためにダンジョン近くの森の中を確認するのが散歩を兼ねた日課となっていた。
……それにしても手が痛い、腕って言ったほうがいいのか。
さすがに毎週あれは嫌だな。
馬車でも作ろうか。
木だけ本物を使えばあとはドラシーの力でなんとかなりそうだな。
いや、それよりも袋を……
そんなことを考えている間に家に着いた。
「ただいまー」
「おかえり! お兄早く食べちゃってよ! もう七時半よ!」
「もうじゃなくてまだだろ。おっ、ご飯に味噌汁それに納豆!」
ララは俺には目もくれず弁当を作っている。
うん、四月になったとはいえ朝はまだ冷えるから味噌汁が美味いね!
この納豆は小粒で俺好みだな、また来週も買ってこようか。
ん? 弁当?
「ララ、今日の昼は弁当にするのか? さすがに昼間はそこまで忙しくないと思うけど」
「私はダンジョンの中で食べるからね! お兄の分も作ってるからお昼に食べてね!」
「ここから見るんじゃなくて直接中でか? 新しい休憩エリアに行くのか?」
「え? う、うんそうだよ! 今回は色々と新しい試みが多いからさ、みんなの反応を見るためにも現場の空気を感じたほうがいいのかなって思って! 最初の一時間くらいはここにいるから安心して!」
「なるほどなー。直に声を聞くのは大事なことだもんな。ララは偉いな。ただ冒険者の邪魔はしちゃダメだぞ? あくまで自分はアンゴララビットであるかのようにこっそりとな」
「えっ!? ……もちろんだよ! 中は私が見ておくからお兄は昼寝でもしてていいからね!」
「そうか。それは助かるよ」
受付が終わったらあとはシルバとピピに任せて遠慮なく昼寝しよう!
ご飯を食べ終え、少しゆっくりしようと思ったちょうどそのときだった。
「チュリリ! (来ました!)」
「もうか。まだ八時前だけど」
「わふ? (少し多いかも?)」
「え?」
管理人室に行き外を見ると、冒険者の姿が遠くに見えはじめていた。
「八人くらいか」
すぐに冒険者たちはやってきた。
「おはようございます」
「「「「おはようございます!」」」」
「みなさんお揃いで、今日はいつもよりもお早いですね」
「えぇ楽しみすぎて早く来ちゃいました!」
「俺もです! そしたら道でみんなと会ったものですから!」
次々に冒険者たちが話しはじめる。
元気がいいと言えば聞こえはいいが、正直少しうるさいよね。
まだ八時前だよ?
テンション高すぎでしょ。
って一時間も歩いてきたらアップは完了してるか。
もしかして走ってきたのかもしれないな。
なんてことを考えてると、
「ふふ、今日は先週よりもさらに人が増えるだろうと思ってね、いつもより早めに着くように出てきたの。新しい説明にも時間かかるでしょ? 時間があるんだったら私とお喋りしてくれててもいいんだよ?」
女性魔道士が親しみを持った口調で話しかけてくる。
一週間前に知り合ったばかりなのにまるで友達であるかのようだ……。
この八人の中には新米冒険者三人組と、今日で三週連続来てくれることになった感じのいい青年の姿もあった。
全員が先週も来てくれた人たちで、おそらく彼らもそこで顔見知りになっていたんだろう。
小屋のおかげで冒険者同士も顔を合わす機会が増えたからな。
「そうでしたか。では先に新システムと新エリアについて説明させてもらいますね」
「もぉ~、いつもそうなんだから」
なにがいつもそうなんだ?
この女性は誰とでも話せる性格のようだが、俺は他人に対して壁を作ってしまう傾向があるのを自分でも理解しているからな。
ララは人懐っこいように思えるがよくわからないところもある。
女性に対しては少しキツイところもあるような……
「ほら、考え事はあとでしてね。早く説明しないと列できちゃうよ?」
「あっ、そうですよね。失礼しました」
まだ一週間しか会ってないのになんで俺のこと少しわかっちゃってるの?
そんなにも俺はぼーっとしてる時間が多いってことか?
と考えながらも、地下一階は先週と変わらずということ、地下二階に追加された休憩エリアも地下一階とほぼ同じ仕様なことを説明した。
「地下二階では薬草エリアという扱いではなく、フィールドのどこかにランダムで薬草や毒消し草が生える仕様となっております。採集方法は今までと同じです。本日の制限枚数は薬草十枚、毒消し草五枚となっております」
「おお!? 今日と明日では場所が違うかもしれないってことですね?」
「毒消し草五枚か! 薬草の十枚と合わせれば採集だけで60G~70Gは稼げるのか!」
みんな理解してくれてるようで非常に楽でいい。
こういう計算は早いんだな。
「地下二階に出現する魔物の中にはポイズンスライムがいます。この魔物は毒攻撃をしてきたり、こちらが素手で相手に触れても毒の状態異常に陥る危険性がございますのでご注意ください」
「一応解毒ポーション用意してきました!」
「大丈夫だよ! 攻撃を受けなければいいし、素手で攻撃しなければいいんだ!」
甘いな。毒の状態異常って案外かかりやすいものだと知らないんだな。
「念のため、こちらの受付でもポーションと解毒ポーションは準備してありますのでご安心ください。価格はマルセールの町の道具屋と同じです」
できれば一個たりともこのポーション類は使いたくない。
また買ってくるのは大変だからな。
「さて、目玉の新エリアをご紹介させていただく前に、本日からの新システムについてご説明させていただきます」
「「「「おお!?」」」」
何人かが声をあげる。
みんな新システムって言葉を聞いただけなのにテンションが凄い。
『新』がついていればなんでもいいのかもしれない。
そう思いながら指輪専用箱から指輪を一つ取り出す。
「今後当ダンジョンの安全を受け持ちます新システム、その名も『セーフティリング』システムでございます」
「おお!?」
「指輪か!?」
「これがシステム?」
「凄いな!」
周りから口々に声があがる。
……まだなにも言ってないのになにが凄いんだろうか?
「この指輪をこうはめますと、……このように自然に指に合うよう大きさが変化します」
「おお!?」
「どうなってるんだ!?」
「凄いな!」
このくらいはドラシーにかかればなんでもないことらしい。
「そして、今私の体が薄い膜でぼんやり覆われているのがおわかりになるでしょうか?」
「ん?」
「いえ」
「わかりません」
「透明な魔力よね?」
この膜がわかるのか。
さすがは魔道士といったところか。
他の人はまだわからなくても不思議ではない。
洞窟にあるタグ付き薬草は魔力で覆っているとわかるようにわざと明るくしてるからな。
「はい、その通りでございます。この指輪は装備した者の体力値を計測でき、この膜は現在の体力値を現しています。ここまでは大丈夫でしょうか?」
冒険者たちは無言で頷く。
理解しようと必死なんだろう。
「この膜は魔力でできていますが、敵のダメージを減らすような効果はいっさいございません。あくまでただ装備している者の体力を計測しているだけです」
何人かが首を傾げているが、まぁ当然か。
じゃあなんのために装備するんだって思うもんな。
「先ほどこの膜が透明とおっしゃってくれましたが、この膜は体力がある程度まで減ると色が変わります」
「「「「!?」」」」
「具体的には、体力……当ダンジョンではヒットポイント略して『HP』と呼ばせていただきますが、このHPが残り30%になると黄色、残り10%になるとオレンジ色、残り5%になると赤色になります」
「おお!?」
「そんなことができるのか!?」
「HP!」
「凄い!」
驚いてるということは理解してくれてると思っていいんだよな?
「ただし、このHPの上限値の設定は実際の体力値より一割ほど少なくなるように設定してあります」
「え?」
「どういうこと?」
「……」
「凄い……」
そうだよな、数字ばかり出てきてややこしいしな。
……誰か凄いって言わなかった?
もしやこれだけで理解してくれたってことか?
それは凄いな。
「例えば本来の私の体力値の上限が100だとします。それに対してHPは私の体力値を100から一割少なく計算して上限が90だと判断し魔力膜を設定します。ただし、この低く設定する値は上限値のみです。私の魔力膜が黄色になるのは本来の体力値の上限である100の30%、つまり30に変わりはありませんが、指輪の中では60のダメージを受けた時点でHPの残りが30%であると認識されます。同様に赤になるHPは5なので、85のダメージを受けた時点で赤に変わります。ですがそのときの実際の体力値は最初に上限を少なく計算して余らしていた元々の体力の10が加わり、15が残っている状態なのです。いわばこれは保険だと思ってください」
「「「「?」」」」
「なるほどね」
これはわかってない人が多そうだな。
説明の仕方を間違えたかもしれない。
これだけで理解してくれた女性魔道士は凄いとしか言いようがないな。
俺はもう一度説明を最初からし直すことに決めた。




