第百七十八話 ヤマさん、目覚める
ヒューゴさんたちが魔工ダンジョンに入ってから丸三日が経過した。
そろそろ出てきてほしいところではあるがそう簡単にはいかないようだな。
一週間という約束がある以上、それを待たないのも失礼だ。
「ロイス君、今日はお菓子の追加はないの?」
「……え? ……あぁ、5均屋のお菓子ですか。そうですね、対決は4月いっぱいで終わりましたんでしばらくは追加はしないと思います」
「結局ハナちゃんとアンちゃんの引き分けだったの?」
「えぇ。でも総売り上げだとハナの勝ちですね。ティアリスさんはなにが一番好きですか?」
「ん~とねぇ、ポテトスティックかな!」
「あ~、あれは絶品ですよね」
ララがポテトチップスを出したのと同じ週にハナが出した商品だ。
結果はポテトスティックの圧勝。
それでララは心が折れて翌週からは勝負を辞退した。
アンが作る饅頭やイチゴ大福も好評で、その次の週からは二週連続でアンが勝って勝負は引き分けで終わったんだ。
……今思えばララが魔工ダンジョンに行くのを拒否したのはそれを引きずってることもあったのかもしれないな。
自信をなくしてるのかもしれない。
地下四階でもまだ第二休憩エリアまで行けてないし。
「管理人さん! ユウナちゃんが浄化魔法練習してるって聞きましたけど!?」
「あの錬金術師のお二人、冒険者上がりの魔道士って本当なんですか!?」
「私も魔法習いたい!」
ティアリスさんとの会話が途切れたと見るやいっせいに話しかけてきた……。
日曜の朝食は最近ずっとこんな感じだな。
なぜか俺とティアリスさんのテーブルに座ってくる人はいないが……。
「お兄! ヤマさんが起きた!」
「なにっ!? すぐ行く!」
いいところにララが来てくれた。
いや、それよりヤマさんだ。
ついに目覚めたか。
「ヤマさんって誰!?」
「行かないで!」
「いつもティアリスばっか喋ってズルいのよ!」
「じゃあ私より早く来たらいいじゃない! みんなこそ邪魔しないでよね!」
そして宿屋の一室にやってきた。
ヤマさんはソファに座り、水を飲んでいるところだった。
この二日間、カミラさんとウサギたちが看病し続けてくれたんだ。
気持ちよさそうに寝てるのを見てるだけだったらしいが。
「ご気分はどうですか?」
「……君は……俺を助けてくれた少年だよな? 本当にありがとう」
「いえ、助けるためにダンジョンに入ったのがたまたま俺だっただけですから。その様子ですと記憶もハッキリしてるようですね」
「あぁ。ダンジョンに入ってから数日間のことも君が来てくれたところもしっかり覚えてる。そこで安心して寝てしまったようだが」
「あのときは寝たんじゃなくて気を失ってたんですよ。かなり衰弱されてるようでしたし」
「そうだったのか……。本当にすまなかった」
「元気になられて良かったです。……あ、医者ではないですがウチの錬金術師が来ましたので軽く診察してもらってください」
スピカさんとララが部屋に入ってきた。
寝起きだからフラフラしてる気がするな……。
「どう? 気分悪かったりしない?」
「いえ、大丈夫です」
「ちょっと体触るわね。…………うん、脈も心音も正常ね。あとは美味しい食事でも食べればすぐ元気になるわ」
「ありがとうございます」
それだけでスピカさんは部屋から出ていった。
絶対すぐにソファで二度寝だな。
「ところでここはどこなんだい?」
「大樹のダンジョンっていうところです」
「大樹のダンジョン? ここはダンジョンなのか?」
「はい。マルセールの町から西に徒歩一時間ほどの場所にあります」
ここのことは知らないようだな。
ヤマさんはなにか考え込みだした。
まぁ疑問に思って当然だろう。
ヤマさんはサウスモナの魔工ダンジョンに入ったんだからな。
……いや、違うのか?
まだその魔工ダンジョンから出ていないと思っているのかもしれない。
「……聞きたいことは山ほどあるが、なぜ俺がその大樹のダンジョンにいるかを説明してもらってもいいかな?」
おっ?
ただ疑問をどんどんぶつけてくるんじゃなくて、話を聞いたほうが早いと考えたのか。
さすが大人だな。
それから経緯を説明した。
「なるほど。魔工ダンジョンっていうのはそんな仕組みになってるのか。サウスモナの町で初めて聞いたものだから興味があって入ったんだよ」
「興味ですか? ヤマさんは冒険者なんですか?」
「ヤマさん……いや、そう呼んでくれて構わない。俺は旅の途中ではあるが冒険者ではないな。あのスライム程度なら問題ないが、もっと強い敵と戦えるかどうかはわからない」
「ではなんの興味があったんですか? 話を聞いたのであれば魔王が作ったダンジョンということは知っていたんでしょう?」
するとヤマさんは申し訳なさそうに話しだした。
「少しだけ覘いてみてすぐ出るつもりだったんだ。それなのに入り口に戻ったら出られなくなってた。なにか時間が関係あるのかなって思って待つことにしたんだが一向に出られるようにはならなかった。入り口付近はスライムがやたら出てくるからしばらく進んだところで助けを待つことにしたんだよ。……ってそんな話を聞きたいんじゃないよな。…………魚に興味があったんだよ」
「「「魚?」」」
俺とララとカミラさんは同時に聞き返した。
魚ってあの魚か?
魔工ダンジョンに魚がいるって噂をサウスモナの町で聞いたってことか?
「サウスモナの魚屋でさ、ダンジョンで魔物の魚が獲れるらしいって聞いたんだ」
やっぱりそうなんだ……。
しかもただの魚じゃなくて魔物か。
「実際にその魚屋ではアジジやサババ、アサーリやヤリイッカまで売られてたんだ。買って食べてみるとこれがまた美味いんだよ。今までにも何度か食べたことはあったが、魔物だからめったには食べられないしなにより高いだろ? それがダンジョンで獲れるって聞いたもんだからついな……」
……魔物が食べたかっただけってことか?
というかサウスモナでは普通に売ってるのか。
魔工ダンジョンも討伐できるくらいだから冒険者たちが獲ってきたりするのかもな。
さすが大きな町だけある。
「あの魔工ダンジョンには魚系の魔物は全く出現しませんよ。ガセ情報を掴まされたようですね」
「……そうだったのか。あの魚屋のオヤジ、いい人そうだったのに……俺がバカだったんだな」
ヤマさんは落ち込んでしまった。
そんな情報を信じたせいで死にかけ、挙句にみんなに迷惑かけたことが申し訳ないんだろう。
「……助けてもらった恩はいつか必ず返すよ。その前に今回の救出にかかった費用はいくらかな? 俺の今の全財産で払えるかどうかわからないが……」
「ララ、そういやいくらなんだ?」
「さぁ? 費用って言ってもサウスモナからパルドまでと、パルドからここまでの移動にかかった費用だけじゃない? あの二人の人件費がいくらか知らないけど、それもウチが別件で依頼する予定だったからね。サウスモナの冒険者ギルドがヤマさんに対してパルドまでの往復の費用を払えって言ってきたら仕方ないけど、自分たちの失態でもあるから言わなさそうだし。それに実際救出したのはウチらなんだからさ。その依頼料として水晶玉くれたんだから誰も文句言わないでしょ」
「なるほど。つまり費用はいらないってことだな。だそうです、ヤマさん」
「え……よくわからないことが多いが……。でも君たちに凄く世話になったことは変わりない。なにか俺にできることがあれば遠慮なく言ってほしい」
律儀な人だな。
あまり言葉が多くない人かと思ったらそうではなさそうだし。
「先ほども言いました通り、俺たちは報酬として水晶玉を頂いてます。それにウチの錬金術師たちにも大きな成果がありました。だから俺たちはヤマさんにはなにも求めません。完全に回復されるまでここにいてもらっても構いませんし、旅の途中なんでしたら今すぐ出ていかれても構いません」
「いや、それじゃ俺の気がすまない。とは言っても俺になにができるかはわからないが……。まずこの大樹のダンジョンがどういうところか教えてもらえないか? 人工ダンジョンと魔工ダンジョンの違いというのはなんとなくわかったが、それ以上にわからないことが多すぎる。さっきから人が消えたりいきなり現れたりするのも不思議で仕方ないんだ。……それよりあなた、なぜ泣かれてるんでしょうか?」
ん?
……確かに隣のカミラさんは泣いている。
ヤマさんが回復したことがそんなに嬉しかったんだろうか。
「……すみません、お気になさらずに。ロイス君の話を聞いていると自分たちを受け入れてくれたときのことを思い出してしまっただけですから……。私が病気でここに来たときも無償で治療してくれたんですよ。しかも今のあなたに言ったようにお金どころか本当になにも求めてこないんです。私たち家族が村に戻らずにここで働きたいと言ったらそれすら受け入れてくれて、しかも好きな職にも就かせてもらえたんですよ? だからあなたもロイス君とララちゃんのご厚意をありがたく受け入れていいと思います」
そしてなぜかヤマさんの目からも涙がこぼれ落ちた。
年を取ると涙が出やすくなるというのは本当なのかもしれない。
「わかりました。……恥ずかしいんだが、俺が旅してる理由を聞いてくれるか。実は愛する人がいなくなってしまって半ば自暴自棄になってたんだよ。それで修行の旅と自分に言い聞かせてわざわざよその国にまで来たんだ。なにか自分を変えなければいけないと思ってな。だけどようやく吹っ切れたよ。俺はもっと腕を磨くために旅を続ける。そしていつか必ず二人には恩を返しに来ることを約束する。だから俺はここを出ていくよ」
うん、理由はどうであれ先に進むきっかけが掴めたんなら良かったじゃないか。
自由が一番だ。