第百七十六話 救出作戦
物資エリアの端っこでカトレアが水晶玉と格闘していた。
ドラシーもいっしょのようだ。
「どうだ?」
「あ、ロイス君。さすがにまだ無理ですよ。今権限情報をドラシーさんといっしょに探してるんです」
「そうか。少しドラシーを借りてもいいか?」
「え? はい、もちろん私は構いませんけど……というかなんで剣なんて持ってきてるんです?」
「ドラシー、ここに転移魔法陣を作ってくれ」
「え? いいけど、いったいなにする気?」
ドラシーはすぐに転移魔法陣を作ってくれた。
「マリン、どうだ?」
「……うん、いけるかも……ちょっと待ってね」
マリンは地面に置いた水晶玉に手をあて、紙を見ながら水晶玉を操作していく。
「……あとはここの設定を変えるだけだと思うけど……」
「わかった。ドラシー、結界は大丈夫なんだよな?」
「えぇ、大丈夫だけど……」
「なら二人は結界から出てくれ。今から試してみたいことがあるんだ。詳しくはモニカちゃんに聞いて」
モニカちゃんは結界の外で待機中だ。
カトレアとドラシーも俺の言葉に驚いた様子でゆっくりと結界から出ていく。
「よし、じゃあ俺が手に持ってるからマリンは設定を変更してくれ」
「うん! なにかあったら守ってね!」
「あぁ、安心しろ。ピピもいるしな」
「チュリ! (お任せを!)」
「じゃあ行くよ!? えいっ!」
次の瞬間、周りの景色が一変した。
「……成功したのか?」
「みたいだね! さすがお兄ちゃん!」
……洞窟フィールドってことはここが第一階層の入り口なんだよな?
「見てた風景と同じか?」
「うん! 入り口だね!」
「……魔物が見当たらないということは設定も効いてるってことだよな?」
「たぶんね! じゃあちょっと変更してみる?」
「あぁ、頼む」
今は魔物出現をオフにしていたからな。
「うぉっ!」
「えっ? ……きゃーっ!」
突然前方にブルースライムが湧いた!
しかも五、六匹が同時にだ!
「えいっ! とうっ!」
……弱い。
さすがブルースライムだ。
「マリン、設定を戻せ」
「う、うん!」
……もう湧いてくることはなさそうだな。
「ブルースライムといえど目の前にあんなに湧かれると焦るもんだな」
「うん! お兄ちゃんが剣振ってるの初めて見た!」
「……確かに一年振りくらいかもしれないな」
「そんなに? ってそれより一度出てみるね!」
マリンは入り口に向かって歩いていく。
……消えた!
……そしてまた現れた!
「完璧だよ! お姉ちゃんたち目を真ん丸にして驚いてた!」
なにっ!?
それは見ておかないといけないな。
「じゃあ先に出てくれ。俺は水晶玉を持って出る」
「うん!」
マリンが消えたあとで俺も入り口の転移魔法陣を通る。
……うん、戻れた。
転移魔法陣は……なくなったようだな。
そしてカトレアたちが駆け寄ってくる。
「凄いです! ピピちゃんもお手柄です!」
「チュリ! (余裕です!)」
ピピは嬉しそうだ。
モニカから話は聞いたようだな。
「中はどうだったの?」
「見たまんま! それに魔物設定オンにしたら急にブルースライムが目の前に六匹湧いたけどすぐにお兄ちゃんが倒してくれたんだよ!」
恥ずかしいからそんな凄そうに言うのはやめてくれ……。
「とにかくボワール水晶玉でのテストは完了だ。マリン、次が本番だからな? 魔物設定と吸収設定はオフにしてあるな?」
「うん! いつでもいけるよ!」
「ウェルダンは……来たな。ドラシー、転移魔法陣を頼む」
モニカちゃんといっしょにウェルダンがやってきた。
テストが成功したならすぐに呼んできてくれるように頼んでおいたんだ。
そしてドラシーは再び転移魔法陣を作ってくれた。
「ロイス君! これ馬車入りの袋!」
「あぁ、ありがとう。じゃあ救出してくるからな。カトレア、おそらくかなり弱ってるはずだから、あの凄いポーションの準備と念のためユウナも呼んでおいてくれ」
「わかりました! お気をつけて!」
「マリン、行こう」
「うん!」
マリンが設定を変更する。
そしてまた洞窟フィールドにやってきた。
「……全く同じ光景だな」
「だってただのコピーだもん」
モニカちゃんからもらった袋から予備のミスリル馬車を出す。
「ウェルダン、じゃあ頼む」
「モー! (うん! 場所は教えてね!)」
マリンの指示をもとに馬車はどんどん進んでいく。
というか狭い洞窟だな。
このコンパクト設計のミスリル馬車だからこそ通れる広さだ。
ウチの地下一階に慣れるとこんな洞窟入りたくなくなるんじゃないか。
ダンジョンに入って五分ほど経っただろうか。
ようやく網が見えてきた。
「……あれ?」
「いない!? どこ行ったの!?」
そこに人の姿は見当たらなかった。
「もしかして魔物が消えたから移動したのか?」
「どうだろう……そういえばさっきテストする前に確認したっきりしばらく見てなかったからわかんない……」
「ピピ、探してきてくれ」
「チュリ! (はい!)」
道は何本もあるからな。
俺たちは下手に動かないほうがいいだろう。
「というかマリンが水晶玉で探せばいいんじゃないのか?」
「あ……そうだよね」
……まぁそういうこともあるさ。
ここまで来れるようにしてくれたことを褒めてやらないとな。
俺はとりあえずこの網を回収しておこう。
「あ、近くにいるっぽい。倒れながらも短剣でピピちゃんと戦ってる……」
「なんだと? ウェルダン、すぐに向かってくれ」
……本当にすぐ近くにいた。
「あの! 大丈夫ですか!? 助けに来ました! その鳥は俺の仲間なんです!」
「え…………たすか……た」
そして男性はグッタリしてしまった。
「すぐにダンジョンの外までお連れしますからね! 名前は言えますか!?」
「……や……ま…………」
「ヤマさんですか!? 馬車に乗せますから体を起こしますよ!?」
……重い。
それでもなんとか馬車に乗せることができた。
明日筋肉痛かもしれない。
さっき剣も振ったしな。
そしてダンジョンの外へ向けて馬車が高速で走り出した。
「マリン、少しずつ水を飲ませてくれ。それと指輪も忘れずに」
「うん!」
というか荷物が多いな。
やはり旅の途中だったのかもしれない。
それにさっきマリンは短剣って言ってたがこれって包丁じゃないのか?
「あっ! もう着く! 一応お兄ちゃん最後に出て!」
「そうだな。ウェルダン、ストップ」
それから俺が最後に出た。
外にはスピカさんたちやララたち、メロさんやミーノまで来ていて、すぐに介抱が始まった。
あとは任せて大丈夫そうだな。
ポーション飲んで、ユウナの回復魔法受けて、ララの美味いメシを食べればすぐに良くなるだろう。
「お兄! 聞いたよ! お疲れ!」
「あぁ、なんか久しぶりに疲れたな」
「魔物文字の解析するなんて凄いじゃん! あ、でもそれはピピか! ピピ、あとで美味しいご飯作ってあげるからね!」
「チュリ! (嬉しいです!)」
確かに俺がいなくてもなんとかなった気はするな。
マリンが書いた文字をピピが文字表で順番に指せばいいだけだし。
「ねぇ、さっきアナタたちが中へ入ってるときに色々調べてたんだけどさ」
いつの間にかドラシーが俺の顔の横にいた。
「私が作った転移魔法陣と繋がったせいかな? そのときならその水晶玉に色々設定を加えられそうなの。もしかするとこの水晶玉をもっと有効活用できるかもしれない」
「ん? どういうことだ? 大樹のダンジョンの設定と同じようにできるってことか?」
「そうね。でも今言いたいのはそうじゃなくて、大樹のダンジョンがもう一つ作れるかもしれないって言ったほうがいいのかな?」
「なんだと? つまり魔王と同じようにどこにでも作れるってことか?」
「うん。たぶんだけどね。やってみる価値はありそうじゃない?」
「それができるんなら凄いな……。世界中がマナで溢れるかもしれない」
「夢が膨らむわね……。それに管理者権限から魔王は完全に消えたみたいだし」
「権限はマリンがいったんサブになってそこから管理者権限を上書きしたって言ってた。だから今の管理者はマリンになってるはずだ」
「ん? 違うわよ?」
「違うってなにが?」
「管理者はアナタよ、ロイス君」
「え? なんで俺が管理者になってるんだよ?」
「なんでってやっぱりアナタ以外の人間が管理者になれるわけないのよ。魔物を従えるんだからさ」
「……」
どういうことだ?
……ん?
そういやさっき権限がどうたらってマリンが言ってるときに水晶玉に触らされたな。
俺はピピの言葉を書記のモニカちゃんに伝えながらだったからなにも考えずに言われるがまま触ってたけど……。
もしかしてマリンじゃ操作ができなかったから俺を触らせてみたってことなのか?
そのあと喜んでたのは俺をサブに登録することができたからだったんだな……。
そのまま俺を管理者に設定することが成功して、マリン自身もサブになったってことか。
つまりまず俺が触ってないと操作もなにもできなかったわけだ。
そりゃカトレアでも無理に決まってるよな。
「……俺って魔王と同じなのかな?」
「系統は同じでしょ。というか少なくともその水晶玉が作られた時点ではアナタのほうが力は上なのよ。じゃなけりゃ勝手にサブに登録なんてのもできないわよ」
俺のどこに力があるのか教えてほしい……。