第百六十九話 図書館準備中
ティアリスさんたちが出発して丸一日が経った。
「ウェルダン君、風邪ひいてないですかね……」
「大丈夫だろ。フランが作った雨用の服着てたんだからさ」
「でも足元は冷たいですよ……」
「大丈夫だって。ちゃんとティアリスさんが拭いてくれてるよ」
カトレアは心配性だな。
そこらにいる牛や馬とは違うんだからさ。
確かにマルセールに行くのとでは距離が違いすぎるけど。
「なら馬車を自動化でもするか?」
「え……それはやめときましょう……大変そうなので」
魔道具で動かせそうだけどな。
それじゃもう馬車とは呼べないが。
「でもちょうどいいタイミングで馬車をお披露目する機会が来たな」
「そうですね。モニカちゃんの技術が早速役に立ちましたね」
「レア袋をああいう風に応用するとはな」
「ふふっ、モニカちゃん凄いでしょう?」
自分のことのように嬉しそうだな。
「で、そのモニカちゃんは図書館か?」
「はい。本の整理が大変ですからね」
「3000冊もあるとな。シールを貼るだけでも大変だろ」
「今日は師匠とマリンも手伝ってくれてます」
本には本の情報や本の配置場所情報を持ったシールを貼ってある。
貸し出しは貸し出し魔道具の上に本を置いて冒険者カードをセットするだけで完了だ。
返却は返却魔道具の上に置いてもらうだけで自動的に元あった場所に戻る。
図書館管理魔道具やシール発行魔道具を含む魔道具類はもうとっくに準備できてるし、図書館も作ってある。
でも本の分類や場所決めに時間がかかってるんだ。
やはり同じ系統の本は近くに置きたいからな。
それに本の情報や配置場所情報を登録する作業にも時間がかかる。
でもこれも最初に登録しておけば管理が楽になるからな。
あとから追加になった本を間に入れることだって可能だ。
管理魔道具で新しい本を登録するだけで、影響があると思われる本の配置情報が自動的に変更されるらしいぞ。
既存の本に貼ってあるシールは貼り変えなくてもいいらしい。
そして図書館情報をアップデートするだけで本が自動的に移動してくれるんだ。
もちろん転移な。
いつも思うことだがどうやってるかは知らん。
俺が適当に言ったことをカトレアたちが勝手に実現してくれてるだけだからな。
鍛冶工房やダンジョンストアのシステムと似てるから難しくないらしいぞ。
3000冊もあると作業量は尋常じゃないけどな。
でもやはり最初の作りこみが肝心だからな、うん。
本が届いてから二週間が経つがようやくオープンできそうな雰囲気になってきた。
それまでカトレアには馬車を作ってもらってたからまずそっちを優先してもらった。
トイレ馬車で悩んでるところにいいタイミングでモニカちゃんが来てくれたのはツイてたのかもしれない。
モニカちゃんは錬金術師ギルドで家庭用魔道具の製作をしていたらしいから色々と知識も豊富なんだ。
それにこのトイレ馬車を作っただけでモニカちゃんの給料アップの検討が行われたんだぞ。
なんせララが大喜びだったからな。
マナを帯びた馬車だからいくら魔工ダンジョン内といえど魔王が覗くこともできないだろうし。
この間はそれが嫌で四時間我慢したんだってさ。
神聖な木や水に感謝だな。
「ララとユウナも手伝ってくれればいいのに」
「お二人は純粋に魔道士として完成してからのお楽しみにしておきたいのでしょう」
「ララも魔道士って呼べるのか?」
「あれだけ魔法が使えれば魔道士と呼んでもなにもおかしくないでしょうね。でもそれ以上に剣の腕が凄いですから、魔法戦士と言った言葉がお似合いでしょうけど」
「それカッコいいな。略して魔戦か?」
「魔戦って言いやすいですね。でも普通は魔法が使えたら魔法をとことん極めようとするはずなんですけど……。それにララちゃんならきっと凄い魔道士になれるはずです」
「ララは魔法を使えるようになる前から俺と毎日剣の訓練をしてたからな。それなのに剣を捨てるのはもったいないだろ」
「……まだ十一歳ですしね」
「そうだよな……」
まだまだ成長するだろうし、剣と魔法どちらかを選ぶ必要ないよな。
なにより両方使えたほうがカッコいいし。
「それよりララちゃんが地下四階作業に全く関わってないとは思ってもいませんでした」
「まぁララにも楽しみが必要だしな。地下五階も考える気ないって言われた」
そうだ、地下五階のことを考えるためにカトレアを呼んだんだった。
なにもアイデアが浮かんでないときほどすぐに話が脱線してしまう。
「次、魔王はどんなダンジョンを作ってくるかな?」
「単純に階層を深くしてくるんじゃないですか? 一つの階層を広くするのと、階層を一つ増やすのとで同じくらいの魔力が必要だとしたら、こちらの精神的には階層が増えたほうが嫌ですから」
「なるほど。でも人間はダンジョン外の魔瘴の危険性を認識し始めただろ? それなのに深い階層のダンジョンを作ってきたところで入らないようになるんじゃないのか? 現にボワールは立ち入り禁止にしたんだし。もしそうなったら魔力の無駄遣いで終わってしまう」
「……そうですよね。ということは討伐できそうでできないギリギリのラインを見極めているのかもしれません」
討伐できそうでできないか。
魔王も色々悩み続けてるわけだ。
……でもバカなんだよな。
「俺たちが考えたところで無駄かもしれないな。次は魔工ダンジョンじゃないかもしれないし」
「確かにその可能性も考えておかなければなりません。でもそうなったら入り口に強力な結界を張れば対処できますから」
「え? そうなのか?」
「はい。魔瘴を浄化するための魔道士がいるように、封印に特化した魔道士もいるんです。人間は出入りできても魔物は出て来ることができません」
魔法にも色んな魔法があるんだな。
そういや休憩エリアには魔物が来ないように結界張ってるもんな。
……ん?
魔道士だからって冒険者じゃなくてもいいわけか。
錬金術師も一応魔道士って呼んでもいいんだよな?
「その封印や浄化ができる魔道士ってのはさ、ここに来てるような冒険者が目指すものなのか?」
「いえ、若いころから目指してる人は少ないと思います。冒険者を卒業してからの次の職といった感じでしょうか」
冒険者を卒業か。
色々理由はあると思うが、体力的な問題が大きいのかもな。
「魔力が衰えるってことはあるのか?」
「あるにはありますけど、老衰で体の筋肉量が減少するような衰え方はしませんね」
「……つまりどれだけ年を取ろうが魔法は使えるってこと?」
「はい。だから浄化や封印を専門にしてる方は年配の方も多いですよ。それに家庭にある魔道具は定期的な魔力補充が必要になる物も多いですからね。魔道士に限らず多くの魔力を持ってる方はどこの町でもひっぱりだこなんです」
魔道士っていいなぁ……。
なんで俺、魔力ゼロなんだろ……。
……いや、ここでのんびりできる魔物使いのほうがいいに決まってるか。
魔力を使い切ったあとはみんな体がダルそうだしな。
「買った本の中にその浄化や封印といった魔法が載ってるものはあるのか?」
「もちろんです。全ての魔法を網羅してるはずですから。全部確認したわけじゃないですけど……」
だからこその3000冊か。
冒険者卒業後の生活のために勉強しておきたい人もいるだろうな。
「とにかく魔道士はつぶしがきくってことだよな。みんな羨ましいだろう」
「ここで毎日鍛えてる冒険者のみなさんならどんな仕事でもしっかりやれるはずですよ。精神的に強いですからね」
そういう見方もできるか。
ここでは死ぬことはないとはいえ、常に命の危険を感じながら戦ってるんだもんな。
でもやりがいを持って仕事することができるんだろうか。
物足りなく思うんじゃないのか?
「なにか魔道士以外の冒険者のためにしてやれることはないかな? 図書館を利用するのは魔道士がメインだろうからな」
「魔法関連の本以外にも冒険者の日記みたいな本や架空の舞台を題材にした小説などもありますよ? でも本が好きじゃない方には意味ないですからね……。私もなにか考えてみます」
スピカさんは頭も鍛えろって言ってたっけ。
頭か……。
……あ、地下五階のことすっかり忘れてた。




