第十六話 初週報告
「水道は増やしたほうがいいのかもしれないね」
「そうだな」
土曜日の十八時、一週間のダンジョン営業が終わる時間だ。
このところ毎日十八時直前まで冒険者が残っていた。
ダンジョンの中にではなく、小屋の中および小屋周辺にだ。
ダンジョンから出てきた冒険者たちは身体であったり装備品といったものが汚れているため、小屋の外の水道である程度汚れを落としてから帰る者がほとんどであった。
「とりあえずご飯にしよっ! 今日はチキン南蛮だよ!」
「おお!? それは楽しみだ!」
先週の来場客数が嘘であるかのように今週は忙しかった。
忙しいといっても朝の受付のときだけの話で、俺は受付業務以外なにもしてないから日中のほとんどは水晶玉をぼーっと眺めているだけなのだが。
ララとドラシーは来週からの地下二階のことで忙しない日々を送っていた。
特に新システムの指輪と転移について様々な議論が交わされていたようであった。
俺はその様子を管理人室から見ていただけで、たまに質問されることに適当に答えていただけだ。
本当にララがいてくれて助かった。
ただ、午後からはダンジョンから戻ってきた冒険者と少しずつではあるが話をするようになっていた。
ここへは一人で来てる冒険者も多く、同じく一人でぼーっとしている俺に話しかけてくれる人が増えてきたのだ。
今までそのようなことはあまりなかったのだが、小屋ができたことが大きいのかもしれない。
だって管理人室の真正面約五メートルのところに小屋の入り口があるし、嫌でもどこかで目が合うからね。
袋を回収箱に返さないといけないこともあり、ほとんどの冒険者は小屋の中で荷物整理をする。
そしてせっかく水道があるからと汚れを落としたり、ここから町まで一時間かかるからとトイレに行くなどしっかりと帰る準備をしてから帰ることが当たり前になっているようであった。
今まではダンジョンから出てそのまま町へ帰るまでがセットだった気がするが、今は間に小屋での休憩が増え、冒険者が町へ帰る時間は日に日に遅くなっている。
「はいどうぞ!」
「おっ、美味そうだ! いただきます!」
うん! 酸味と甘みが絶妙なソースだな!
玉ねぎとタルタルも良いアクセントになってる!
「美味い! またまた腕を上げたな!」
「本当? えへへっ」
これは店で食べるのと遜色ないレベルでは?
……店で食べたことは一度もないんだけどな。
いつも買い物をする肉屋でレシピを聞いて、それをララに伝えて作ってもらってるだけだからな。
なぜか調理器具だけはいっぱいあるからなこの家。
もしかしてララは本で読んだりしてるのかもしれないが。
まぁ楽しんで作ってくれてるみたいだからいいか。
「で、明日は予定通り地下二階の作業はできそうか?」
「うん、大丈夫! ね、ドラシー?」
テーブルの真ん中で自分専用の小さいテーブルセットを設置し、小さい皿に盛られたチキン南蛮を食べているドラシーに話しかけた。
「もちろんよ。もう指輪は完成してるわ。それにしてもこの色んな味が混ざり合ってるソース美味しいわね」
「ドラシーも好きなんだ!? 良かった!」
……魔力で作ったものでも食べて魔力循環しとけばいいのに。
と思った瞬間ドラシーに睨まれたような気がしたのでサッと視線を逸らす。
「……最終的に指輪の機能はどうなったんだ?」
「ほぼロイス君の言った通りの機能よ。指輪を水晶玉で追跡できるようにもしたわよ。確かにそうしたほうが見回り巡回してる魔物も指輪を感知できていいわね。それと強制転移先も直近に立ち寄った休憩エリアに転移するように設定したし、休憩エリアからも地上へ戻る転移魔法陣を設置する予定よ。おかげでアタシのやってたことはほとんど自動化できたようなものね」
「そうか。袋の設定値追加と毒消し草のタグも大丈夫なんだよな?」
「えぇ、既に袋は変更してあるし、タグ付き毒消し草でのテストもララちゃんがやってくれて完了してるわ」
「うん! 準備は万全だよお兄!」
ララは胸を張って、どうだ! と言わんばかりに満足気な表情をしている。
やっぱりララに任せておけば問題なんてあるわけがないんだよな。
非常にいい傾向だ、俺にとって。
「じゃあ俺はいつも通り朝から町に行ってくるからな」
「うん、ゆっくりしてきてもいいよ!」
……ゆっくりか。
今週はこの数年間でも特別な一週間だった。
このダンジョンにこんなに人が訪れたのは初めてのことだったし、なにより明日は魔物を狩ってまで稼ぐ必要がない。
そう、売り上げが2400Gを優に超えているのだ!
正確には冒険者八十人と六人分の4300Gの収入だ!
町へ行く前に魔物を狩ることを苦だと思ったことはなかったが、狩らなくてもいい、つまり楽ができるということは素直に嬉しいことだ。
食料品以外にもなにか買ってきてもいいかもな。
ララはなにか欲しい物はあったりしないのか?
それよりも当面の目標としていた『収支プラマイゼロ』も達成したんじゃないか!?
「ララ!」
「あっ、それはそうとお兄、道具屋さんでポーション四十個と解毒ポーションを二十個買ってきて! 万が一のときに売りつけるから!」
「へ? そんなに?」
「だってこれだけ危ないよって言っててもポーションや解毒ポーションを用意してこない人絶対いるもん」
「いや、ポーション三十G、解毒ポーション五十Gだから、合わせて2200Gだよ……。しかも六十個って重くない?」
「そっか、重いよね。ならとりあえず半分でもいいから残りの分はまた違う日に買ってきて! さすがにピピには頼めないからね!」
「あ、はい……」
いや、足りないよね?
ポーションの数じゃなくて、お金が足りてないよね?
食料品が少しだけ買えなくなるよね?
二回も行くのは面倒だからどうにかシルバにも持たせて六十本買ってくるけどさ、お金が……。
「シルバ」
「わふ? (なに?)」
「やっぱり明日はいつも通りの時間に出るぞ」
「わふぅ? わふ(なんで? まぁいいけど)」
どうやら『収支プラマイゼロ』は来週までお預けのようだ。
「そういや今日もあの人来てたねー」
「あぁ、あの緑髪の少女な。今日は十一時に来たよ」
「いつも一番遅いね。で帰りはまた一番?」
「十三時には出ていったかな。小屋にも入らず袋だけ返してそのまま帰るからな」
「でも来週からはもうきっと来ないよね」
「どうだろうな。袋のことは言ってあるから薬草が目当てだったんなら来ないかもな」
「今週毎日来てくれたのに。なんだか少し寂しくなるね」
「薬草と水を持ち帰っていったいなにしてるんだろうな」
「……お兄、いい加減気付こうよ」
「え? ということはやっぱり爆弾が関係してるのか?」
あの少女は関わると危ない人なのかもしれないな。
朝の受付時の「……おはようございます」しか会話はないしな。
帰りもいつも無言で会釈だけして帰ってくし。
今日も来週からの袋の話をしたら「……わかりました」とだけ言って初日のように食い下がることもなく帰っていったし。
「(……とでも考えてるよきっとお兄は)」
「(単純に薬とか錬金術についての知識がないだけなのよ)」
「(でも爆弾なんて思うかな普通)」
「(あんな小さな体であのリュックだからね。中身出さないしね。フードで顔も見えにくいからなに考えてるかわからないし)」
「(……ドラシーも結構言うよね)」
そういや地下二階の新しいフィールドはなにになるんだ?
まぁララに任せておけば間違いはないな。




