第百四十六話 そわそわランチ
時刻は十一時。
バイキング会場入り口前は大混雑している。
昨日の夜と今朝にも来てるからそんなに新しいことはもうないのにな。
それにメニューはダンジョン食堂時代のものとほぼ同じだから期待されても困る。
「ではバイキング会場をオープンいたします。ごゆっくりどうぞ」
リョウカのアナウンスとともに、入り口の転移魔法陣が有効になった。
なぜみんな走る……。
……あ、そうか。
いつもより朝食を早く食べたせいでお腹が減ってるんだ。
でもこんなに早く食べると今度は夜にまた早くお腹が空くぞ?
夜は今までより遅くしてあるんだからな……。
まぁ我慢できなくなったら自動販売魔道具で購入してくれればいいんだけどさ。
休憩エリアにも置いたほうがいいのかもな。
ポーションの横にでも並べようか。
「お兄ちゃん! このままエルルちゃんとバイキングに行ってきていい!?」
「いいぞ。人多いから周りをよく見ろよ」
「うん! 行ってきまーす!」
すっかり仲良くなったみたいだな。
「どうする? まだ地下四階見るなら見ててもいいぞ。俺はバイキング会場を直接見てくるけど」
「じゃあまだ見てるね! もうすぐアイリスも来るから!」
「まだ見たいです。バイキング会場よりもさっき来たパーティを映してください」
仕事熱心でいいことだ。
ようやく次のパーティが地下四階に来たところだしな。
ララたちの戦い方よりもそっちを見たほうが参考になるだろう。
俺はバイキング会場に向かうとしよう。
まずは厨房を覘いてみようか。
それよりさっきのヒューゴさんパーティの反応は最高だったな。
地下四階フィールドになにも見当がついていないからこその驚きだ。
それに意を決して乗り込んだはずのトロッコが想像以上にこわかったんだろう。
明日以降のパーティはトロッコも海底フィールドも知ってる分、こうはならないだろうからな。
「なに笑ってるの?」
「え? いや、さっきヒューゴさんパーティが地下四階に来てさ」
「来たんだ! 見たかったなぁ……」
ミーノは残念そうにしている。
そりゃあれだけトロッコに乗るのをこわがってたんだから見たくなるだろう。
「オーナー、楽しむのはいいが笑うのはどうかと思うぜ……」
「え……そうだよな、ごめん」
メロさんの言う通りだ。
楽しんでるだけのつもりだったがそう見えてしまっていたのか。
失礼なことをしてしまったな、少し反省しよう。
「で、牛丼はどうだ?」
「もの凄い人気よ! 追加の牛皿の注文も多いわね!」
「そうか。味噌ラーメンは?」
「もちろんそっちも大盛況よ!」
「そうか。餃子やチャーハンは?」
「それもラーメンの横にあるからかセットで頼む人が多いわね!」
「そうか。じゃあ引き続き頼む」
「え……」
「反応薄いな……もしかして俺が言ったこと気にしてんのか……」
そりゃ気にするだろう。
だから反省して新メニューが好評なのも控えめに喜んでるんだ。
昼食は丼物や定食物を中心にしている。
定食物といっても単品を取って自分で完成させる感じだけどな。
今まではワンプレートでの提供だったから面倒だと思う人もいるかもしれない。
今回の新メニュー全体の中でも牛丼はララの自信作だ。
なにより一度にたくさん作っておけるのがいい。
ブルブル牛は使い勝手がいいらしい。
肉屋のおじさんも会うたびに欲しがってくる。
でも強さ的に地下五階以降じゃないと無理そうだからな。
ララたちが倒せたのはシルバたち魔物がいたからだ。
だからもうしばらく待ってもらおう。
明日からはこの昼食メニューに海鮮丼が登場する。
だから明日の一番人気はこれで間違いない。
……いや、今日の夜に新鮮な刺身を食べ過ぎてもういらないと思う人もいるか。
それに刺身以外にもいっぱいあるもんな。
……まぁ昼はほかのメニューを楽しんでもらおう。
それはそうとついでに俺もなにか食べよう。
こうやってただ歩き回ってるだけだとみんなが食べづらいだろうからな。
自分が楽しむだけじゃダメだとさっき言われたばかりだし。
「あっ! ロイスさん!」
「ん? …………あぁ、今朝の」
カトレアの知り合いという新米魔道士二人組だ。
「凄いですここ! 本当に今日無料でいいんですか!?」
「そうですよ! 部屋も最低ランクであの部屋で、しかも明日の入場料込みで食事代も込みなんてヤバすぎです! 200Gって安すぎです!」
「ウチは昨日まで初級者しかいませんでしたからね。ここの冒険者みんなが駆け出しのころの大変さをわかってるんですよ。だから遠慮せずにどうぞ」
「はい! カトレアさんもそんなこと言ってました!」
「今からご飯ですか!? いっしょにどうですか!?」
「いえ、せっかくですが俺はまだやることがあるので。ごゆっくりどうぞ」
「「はい! ありがとうございます!」」
元気で丁寧ないい子たちじゃないか。
さすがにみんなが見てる前でお客といっしょに食べるわけにはいかない。
しかも女性二人となんて尚更だ。
周りからの嫉妬の目が凄そうだからな。
それより彼女たちは200G……じゃなくて200Pを貯める大変さをわかってるのか?
何度も言うが採集分を考えなかったらスライム400匹なんだぞ?
二人なら800匹だ。
そう考えるとゾッとするな……。
それだけの数を倒すと夢の中にも出てきそうだ。
「あの……管理人さん」
「はい? どうかされましたか?」
「どなたか地下四階に行かれたんでしょうか?」
「…………秘密です」
「えぇ~、気になって仕方ないんです……」
もしかしてみんなそれが気になったから早く来たのか?
……よく見るとみんな食べながらも入り口を気にしてる様子が見受けられるな。
昼にネタバレは禁止ってあれだけ言ったのに。
行ったかどうかだけでも確認したいのかな。
まさか夕食の新メニューを期待してか?
さすがにそれはないか。
「おぉっ! …………」
地下四階到達が有力視されているパーティが入ってきた。
だが浮かない表情を見てすぐに無理だったんだと察したようだ。
「来たぞ! どうだったんだ!? …………すまん」
それの繰り返しだ。
「魔物急襲エリアがとんでもないことになってる……」
「魔物の数が先週までと比べものにならないんだ……」
それは別に言っても構わない。
ネタバレじゃなくて情報共有だ。
だが比べものにならないって言ってるようじゃまだまだ無理そうだな。
「それに先週まであった地下三階最奥の転移魔法陣が洞窟入り口内に残ったままだったのに気付いたか? 地下四階入り口の転移魔法陣ができたら撤去されるもんだと思ってたのに……」
「それってつまり魔物急襲エリアの先もまだ地下三階は続いてるってことか?」
「おそらくな……。魔物急襲エリア自体は何組か突破してるはずなんだ。第二休憩エリアにそいつらが戻って来たのを誰も見てないからな」
ほう?
なかなか鋭いじゃないか。
だが人によってはその先はただの楽しみでしかないけどな。
「おぉーっ!? やつらが来たぞ!」
「ヒューゴさん! さすがに行きましたよね!?」
「第二休憩エリアに戻ってこなかったもんな!?」
「本当にあの魔物急襲エリアを突破したんですか!?」
凄い期待のされようだな。
行けてないことを誰も疑ってない。
実際にみんなの期待通りに彼らは地下四階に行ったからな。
「…………」
「え……」
「もしかして地下四階に行ってないんですか?」
「……すみませんでした」
げっそりした様子の彼らを見て、話しかけちゃいけなかったと思ったようだ。
ヒューゴさん含む男性三人に加え、普段から強気の女性も顔が若干青ざめてるからな。
確かにあの空中のトロッコはこわい。
かなりのスピードも出てるし。
でもそれよりこわいのは最後のところだろう。
なんてったって海中に突っ込むんだからな。
思わず息をとめてしまうだろうし。
俺も自分で作ったにも関わらず恐怖を感じたもん。
ララとユウナがこわがるなんてこともそうないことだぞ。
「……魔物急襲エリアの先に最後の難関が待ってるぞ」
「「「「えっ!?」」」」
その難関がなにかは決して言わないようだ。