第百四十五話 地下四階突入
「はぁ、はぁ……」
「心臓バクバクなのです……」
二人とも目が大きく見開いている。
それほど驚いてくれたんだろう。
「あ、普通に話せるね」
「本当なのです! ……息も大丈夫なのです!」
トロッコが停車した場所は海底。
そう、地下四階は海底フィールドからスタートだ。
「これどうやってるのかな?」
「う~ん、きっと体を覆ってる魔力の膜を少し改造したのです」
「指輪ね。魔石のP変換だけじゃなくこんな仕様変更もしてたのか~」
「マリンちゃん大変だったのです」
ユウナの言う通り、水中でも呼吸ができるようにセーフティリングで体を覆ってる魔力に少し手を加えたんだ。
少しじゃなくてだいぶか。
だがそんなことマリンにできるはずはなく、やったのはもちろんドラシーだ。
これだけの大改装だったから疲れきってまた当分は姿を見せないだろう。
「あ、転移魔法陣があるね」
「ここが地下四階入り口で間違いないっぽいのです!」
「……さっきトロッコ前にあった転移魔法陣はこわくて乗れない人が帰るため用かな?」
「違うと思うのです! 遊び用なのです!」
「そういうことか! それなら納得!」
理解が早いな。
でもそろそろトロッコから降りたらどうだ?
じゃないと次の人が来れないようにしてあるからな。
「降りていいんだよね?」
「降りるのです! ……わっ!」
「え? わっ! ……普通に地面に立てるんだね」
「普通なのです……。てっきり泳げたりするのかと思ったのです」
「そうだよね。浮いちゃうかと思ったけど。でも少しだけ水の抵抗を受けてる気がしないでもないね」
「……あ! 歩くと一瞬フワッとなるのです!」
「ホントだ! あっ! 走るともっとわかるよ!」
「ホントなのです! 楽しいのです!」
「これ剣とか普通に振れるのかな? ……う~ん、少しだけ抵抗受けるけど大丈夫そうね」
「少し鈍い気がしないでもないのです。火魔法はどうなのです?」
「……威力は普通っぽいけど少し遅い気がする。やっぱり抵抗受けてるっぽいね。遅くなった分避けられたりするかも」
「威力は普通……やはりこの魔力の膜に秘密があるのです」
「よく見ると剣にも膜がかかってるね。サビなくていいけどさ。つまり体だけじゃなく身につけてる物全部が対象になってるのか。さっきの火魔法の威力が落ちてないのは膜のおかげかも」
「補助魔法による強化も普通にできるみたいなのです。でも一番外の魔力層は指輪による膜なのです」
「なるほど。指輪の魔力膜の中だけは地上と同じみたいに考えたほうがいいみたいね」
「きっと実際に水中での戦いになったときはこうやって膜を作れってことなのです!」
「いや、さすがにそれは無理じゃないかな……」
うん、俺も無理だと思う。
でも水中での仕様はわかってもらえたようだな。
地上より少し動きが鈍くなると考えてもらえば問題ない。
そのまま二人は先に進むようだ。
ここで一回帰ってくるかと思ったが休憩エリアまで行くつもりなのかもな。
まだ敵と戦ってないからかもしれないが。
時間は……十時半か、思ったより早かったな。
「じゃあここまでな」
「「「「えぇ~っ!?」」」」
「だってもうみんなも来るぞ」
「敵がどうやって出てくるか見たかったのにぃ」
「私は休憩エリアに興味があるわ」
「私は見ておいたほうがいいと思います。装備品等のアドバイスにも繋がりますので」
それもそうだな。
「じゃあアイリス、フラン、ホルンはまだしばらく見ようか。もうすぐ冒険者たちが帰ってくるからバックヤードに行こう。エルルも呼ぼうか」
「「「「ズルい!」」」」
ミーノ、メロさん、それにリョウカとシンディには悪いが仕事をしてもらわないとな。
アイリスたちは見ることによってなにか装備品のアイデアを思いつくこともあるだろうし。
「あ、そうだ。確認だけど昼にはまだ海鮮系は出したらダメだからな? 夜からは出すから多めに準備しといてくれ。昨日よりお客も三十人くらい増えたからそのへんも考えて頼むぞ。明日の朝食用の魚や貝も忘れずにな」
ミーノとメロさんは文句を言いながらも厨房エリアに向かってくれた。
俺たちはバックヤードに行くとしよう。
「この休憩スペースに座るのは初めて!」
「ん? そうだったか?」
「最初に見ただけでそれからはここに来てないからね……」
マリンはずっと忙しかったからな。
本当いいタイミングで遊びにきてくれて助かったよ。
じゃなければ宿屋もバイキングもダンジョン酒場も全てが実現不可能だった。
目玉が地下四階と海鮮料理だけという寂しすぎる結果になっていたに違いない。
「ロイス君見て! ララちゃんたちが戦い始めてる!」
「お? 入り口周辺はまだ初級レベルの魔物しか出ないんだ。今戦ってるのはアジジだな。ほかにもサババやアサーリが出現する」
「結構大きいんだね。普通のアジやサバってもっと小さいんでしょ?」
「らしいな。どれくらい小さいのかは知らないけど」
マルセールには魚が全く流通してないからなぁ。
だから俺にとってはこの魔物サイズが普通だ。
大きいと言ってもたった1メートルくらいだけどな。
「いやいや……これ相当大きいよ……」
「マリンは魚を見たことあるのか?」
「当たり前でしょ。パルドには港もあるんだからね。学校の授業でも市場に見学に行ったりするんだよ」
「へぇ~。授業ってそんなこともするんだ」
「結局ドロップ品はどうしたんですか?」
「色々考えた結果、ほとんど一匹丸々にした」
「「一匹丸々!?」」
フランとホルンは派手に驚いてくれた。
確かにこれを食べるとなるとかなり多いからな。
「……まぁオープン記念のサービスだ」
「オープン記念のサービス? 地下四階の? 宿屋の? ……もしかして魚屋の?」
「あぁ。仕入れはウチからしかしないって言われたしな。それに魚を捌きたいからできれば一匹丸々でってしつこかったし……」
「ドロップ率はどれくらいなの?」
「通常は10%だ」
「10%!?」
「高くないですか!?」
10%を高いって言ってくれるとはな。
これまでは5%だったからそう思うのが人間の心理か。
「これは今だけのサービスだ。魚屋も魚がなけりゃ可哀想だしな。ドロップ品以外で譲る気はないからさ。みんなが早く地下四階に行きたいと思ってくれるだろうし」
「でもさっきの3種類以外は中級の魔物なんだよね? それじゃ10%でもあまり手に入らないかぁ」
「しばらくはそうだろうな。その代わりアジジとサババとアサーリは獲れすぎるくらいかもしれない」
もちろん魚屋にもそれは伝えてある。
それでも構わないと言ったからこそのサービスだ。
魚は元々八百屋で買取してもらう予定だったんだけどな。
メロさんやアン、それにおじさんともそういう話がついてたんだ。
でも五日ほど前に急に事情が変わった。
忙しくて頭がいっぱいいっぱいのときにいきなり元マルセール町長が来たんだ。
しかも旦那と息子を引き連れて。
町長を辞めることになった腹いせに一家で報復にきたのかと思ったよ。
でも三人揃ってまず謝ってきたんだ。
こっちはもうすっかり忘れてたのにな。
でも彼女たちの本当の用件は別にあったんだ。
それが魚屋だ。
なんと昔はマルセールで魚屋をしてたというじゃないか。
町長が住んでる家は肉屋の隣、つまりミーノやモモの家の隣だったんだ。
そして元町長たちがお願いしてきたことは、地下四階の魚類系の魔物を自分たちの店で販売させてくれないかということだった。
そのときはミーノが話したのかと思った。
だがそうではなかった。
予想通りというか元町長はスピカさんとも友達だったらしい。
旦那さんと息子はパルドに住んでいたらしく、元町長もここに来る直前にパルドまで会いに行ってたらしいんだ。
職を失って時間ができたみたいだからな。
それでスピカさんの家にも遊びに行って、ここでの出来事を話したんだとさ。
でもスピカさんに話しただけならこんな話にはならなかっただろう。
スピカさんは地下四階の魔物のことなんて知らないからな。
だがスピカさんの家ということはそこにはカトレアもいる。
カトレアは地下四階に出現させるであろう魔物の種類まで細かく把握していたからな。
旦那さんと息子が魚大好きで魚屋で働きたいからパルドにいることを知ったカトレアがここのことを話したらしい。
それを知ったスピカさんも後押しをしたようだ。
元町長一家は次の日にはマルセールへの引っ越しを決めたんだとさ。
色々おかしい気はしたが熱意は伝わってきたので魚を買取してもらうことにした。
断ったところで八百屋が横流しするだけだろうしな。
それに断るとスピカさんがここに乗り込んできそうだし……。
元町長も二人の名前を出したら大丈夫だからって言われて来たに違いない。
「あっ! エルルちゃん!」
「マリンちゃん! おはよう! 今から鉱山行くんだけどいっしょに行かない!?」
「えっ、鉱山!? 行く行く! ねぇ、お兄ちゃんいいよね!?」
「あぁ。危ないから担当のウサギたちも連れていくんだぞ」
アイリスが鍛冶工房から戻ってこないところを見るとおそらく仕事が急に入ったんだろうな。
きっとみんな地下三階魔物急襲エリアで相当無茶な戦い方をしてるんだろう。
エルルを鉱山に行かせたのはマリンがエルルを待っていたからだろうな。
わざわざ今鉱石を取りに行く必要もないはずだ。
今日が最後だから気を遣ってあげたに違いない。
それにエルルも自分より年下の子がいて嬉しいんだろう。
ララは年下にカウントできないからな……。
……あ、そういえば今はここにマリンもいたのか。
余計に元町長の申し出を断ることができなかったじゃないか。