第百三十二話 独自通貨
「まず初めに、当ダンジョンでは明日から独自通貨を導入いたします」
「「「「独自通貨!?」」」」
静かに聞いてくれって言ったすぐ後だぞ……。
っていちいち気にしてたら時間がいくらあっても足りないな。
「通貨単位は、『ポイント』です。Pと書いてポイントと読みます。本日アップデートを行った冒険者カードをご覧いただけますでしょうか。そこには既に『持ちP』の記載があります。当然その横は0と表示されています」
みんなは冒険者カードを確認している。
「1Pは1Gと考えてくださって結構です。ではなぜこのような独自通貨単位を導入することに決めたのかの経緯をお話させていただきます」
みんなメモを取りながら聞いてくれてるな。
「ここの宿屋に宿泊されるということはみなさまはマルセールの町へは戻らないということですよね。となると今まで町でしていたことをここでもできなければなりません。採集物やドロップ品の買取については以前からここでも町からの出張という形で実施していましたが、みなさまにはもう一つ大事な収入源がございますよね」
「魔石だよね?」
「はい。魔石の換金ができなければここの宿屋に泊まるという選択肢はなくなるんです。そこでもちろん当ダンジョンでの買取を考えました。ですが手間がかかるんです。手間と言いましても魔石を確認する手間のことではありません。当ダンジョンでは魔石を判別するシステムを既に導入していますので、町の素材屋さんのように一つ一つ確認するわけではないですからね。ここでいう手間とは現金に換金したところでまたその現金で宿代をお支払いいただくという手間のことです」
完全な二度手間だと思ったんだ。
それならデータでやり取りしたほうが早いし簡単だからな。
「というようなことがきっかけで独自通貨を思いつきましたが、ほかにも様々な点で便利だと気付きました。例えば鍛冶工房、ダンジョンストア、自動販売魔道具などは全てみなさまがお待ちの冒険者カードでの購入ができるようになります」
「おお?」
「ここで生活する分にはお金を持ち歩かなくてもよくなるわけか」
「めっちゃ便利やん」
そうだろ?
便利に決まってる。
「もちろん魔石だけじゃなく採集物やドロップ品の買取もポイントで行います」
「本当にお金がいらなくなるわね」
「でもそれじゃあマルセールに行ったときとか困らないか?」
まぁそう思うよな。
「おっしゃる通りでございます。ですのでポイントから現金への換金も承っております。最初にも言いましたが1Pを1Gに換金させていただきますのでご安心ください」
「おお!?」
「それならなにも問題がないな!」
「そういえば魔石のレートとかはどうなるんだ? 素材屋と同じかな?」
それは誰もが気になるところだろうな。
「レートは前日夜もしくは当日朝のマルセール素材屋さんでのレートを参考にさせていただきます。もちろん素材屋さんには話が通っておりますのでご安心を」
「さすがだな!」
「ぬかりない!」
俺もずっと通ってた素材屋さんだからな。
一度に持ってきてくれたほうが楽でいいと喜んでたらしいよ。
さて、そろそろ一つ目の爆弾を落とすときがきたな。
あくまで素材屋のレートを参考にするとしか言ってないからな。
「ですがこの魔石のポイント変換について、重要なことをお伝えしておかなければなりません。よく聞いてください」
みんなの間に緊張が走る。
笑いを取るような空気じゃないな。
「あえてポイントじゃなくてお金で話をします。今後、当ダンジョンで入手した魔石によって手に入るお金の金額は……レートの半分になります」
「「「「……」」」」
みんな固まってしまった。
魔石での収入が半分になると聞かされたんだからな。
それともすぐには理解できてないだけか?
「つまり、ブルースライムを倒すと1G相当の魔石が手に入っていたと思いますが、今後は0.5G相当になるということです。実際の魔石が小さくなったりするわけではありません。というよりみなさまはおそらく魔石を見ることもなくなります。魔物を倒した段階で、採集袋、指輪、冒険者カードがリンクをし、冒険者カードの持ちPのところへ自動的に追加されていくことになりますから。魔石自体はすぐさま専用の場所へ転送されることになりますので。パーティの場合は、人数で割ったポイントが各自に追加されます。なお、小数点以下第三位を四捨五入します」
「「「「……」」」」
えっと、どういう反応なんだ?
喜んでるわけはないしな。
不満を言いたいが言ってもいいか悩んでるって感じか?
それとも愕然としすぎてなにも言葉が出ないんだろうか。
「いいかしら?」
ティアリスさんが手をあげた。
みんなはティアリスさんにこの状況をどうにかしてくれと願っていたりするのか?
「単純にだけど、なんでレートの半分のポイントしか入手できないようにしたのか聞かせてもらえるかな?」
どストレートな質問だ。
わかりやすくていいな。
「はい。理由はたった一つ、当ダンジョンの魔力のためです」
「魔力のため?」
「みなさまも知っての通り、当ダンジョンは魔力の力によって運営しております。もちろん従業員の力も大きいですが、それ以上に魔力がなければ運営していくことはできません。つまり、今まではみなさまの体力や魔力を吸収させてもらうだけで運営できていたものが今後はそれだけではできなくなるんです」
「……」
「これは例え来場客数が今の倍の五百人近くなったとしても不可能なんです。なぜかというと……宿屋を作ったからです。いえ、作ったからではないですね。これから宿屋を運営していくからといったほうが正しいです。すでに部屋内の施設はご確認されたことでしょう。そこにある冷蔵魔道具や洗濯魔道具などを見たはずです。シャワーから温水を出すのにも魔道具を使用しております。ほかにも部屋によってはなにか魔道具があったかと思います」
「……」
「要するに、みなさまから吸収させていただく魔力よりも使う魔力のほうが圧倒的に多いんです。それを補うためには魔石を吸収するしかないと判断した結果がレートを半分にするということだったんです」
わかってもらえたかな?
ティアリスさんならそういった事情も理解してくれると思うけど。
「……レートは今までのままで、ダンジョンがその分お金を出して魔石を買い取るみたいな考えはないの?」
まだ食い下がるか。
さすがにみんなの代表者としてはすぐに引けないよな。
だがそれくらい想定内だ。
「おっしゃる通りだと思います。ですがどう計算しても収入より支出のほうが多くなってしまいまして。そうなると宿屋をやめにするか、なにかの料金をあげることになってしまって結局お客様に負担がかかりますからね。私や従業員の報酬を減らせばいいと言うことでしたら検討はさせてもらいますけど」
「え……そんなことは言ってないからね! ねっ、みんな!? 誰も給料を下げろとか言ってないよね!? 従業員の方たちがいなくなったらそれこそ私たちも困るしね!?」
冒険者のみんなはビクビクしながら頷いてる。
給料を下げろとまでは言ってこないのか。
そうじゃなくてもダンジョンの利益率を下げろくらいは言ってくるかと思ってたんだけどな。
「えっと、じゃあ仮に魔石のレートは半分になったとしてもね、その分宿屋の料金が安くなってたりとかするのかな?」
ナイスパスだ。
まさに次はその話をしようと思ってたんだ。
「では魔石の件はいったん置いときまして、ここでみなさまがお気になされてます宿屋の料金を発表させていただくことにします」
今日一番緊張してもらっていいところだぞ?
「実は、みなさまの冒険者ランクによって料金が異なってるんです。だからここからはご自分のランクと照らし合わせて聞いてください。それとさっき言った魔石のレートが半分になるということも計算しながら考えてください。ちなみに単位はPでいきますので」
増々緊張感が増えていい感じだな。
一気にどん底に落ちてもらおうか。
「まず、Hランクの方は……200Pです」
「「「「200P!?」」」」
「「「「……」」」」
声に出す出さないかは別にして高いって感じの反応だな。
Hランクでこれだと聞くのがこわくなるだろ?
まさかランクが上がるにつれて安くなるとか思ってないだろうな?
「そしてGランクの方は……300Pです」
「「「「……」」」」
高いだろ?
マルセールで300Gの宿に一人で泊まってる人はそんなにいないんじゃないか?
ティアリスさんくらいだろうな。
しかもGランクってここでいうと地下二階レベルだからな。
「先週土曜日時点で一番多かったFランクは…………」
ためすぎか?
でも流れでわかるよな?
「400Pです」
「「「「……」」」」
さすがの高さに声も出ないか。
初級者が宿に400Gも出せないだろう。
それこそ食費を削ったりしないといけなくなるからな。
装備品を買うためのお金なんか貯まるわけがない。
「最後に、明日からEランクになられる方もいらっしゃると思いますので言いますけど、Eランクの料金は…………」
中級者だからな。
初級者と同じで考えてもらったら困る。
「600Pになります」
「「「「……」」」」
完全に動きがとまった。
声すら出ないようだ。
思考停止ってやつだな。
「あっ、もちろん一泊の料金ですからね? それともう一度言いますが魔石のレートは半分ってこともお忘れなく」
とどめをさしてみた。