第百二十五話 水色髪の少女
ティアリスさんたちが帰った後、片付けをしてから再び考える作業に戻る。
魔石も入手できたことだし地下四階の魔物配置について考えるか。
「ララ、明日地下四階の魔物のテスト……いや、楽しみにとっておくんだったな」
「う~ん。いざ魔石が手に入ったと聞いたら早く見てみたい気もするの。どうしよう……」
「ララちゃん! ここは我慢なのです! 我慢が私たちを強くしてくれるのです!」
「……精神面を鍛えるってことね!? わかったわ! お兄、ごめんね!」
「ははっ、シルバたちに頼むからいいさ。でも新しい食材を使っての新メニュー開発は頼むぞ」
なにもかも修行に繋げるんだな。
「それより従業員の勤務時間はどうする?」
「やっぱり昼夜の勤務体系を取り入れるしかなくない? 何人か増える予定だしさ。でも問題は日曜が休みじゃなくなるってことね」
「毎日交代で休みにするしかないだろうな」
「というかダンジョンストアとかはどうする?」
「う~ん、日曜の行動が読めないんだよな。ここにいるんならダンジョンストアも開けとかないと暇を持て余すと思うんだけど……。マルセールに行ったりするのかもしれないし……」
「日曜もダンジョンを開けたらいいのです!」
「「え……」」
それをしちゃうと俺たちの休みがなくなるだろ……。
まぁ日曜も従業員が来る時点で完全に休みとはいかないんだけどな。
日曜もダンジョンを開けるとなると受付をしないといけなくなるからな。
「宿泊者に受付は必要ないのです! みんな指輪を装備しっぱなしなのです!」
……んん?
確かにそうだな。
宿泊料金にダンジョン入場料も込みにすればわざわざ毎日受付をする必要がなくなるな。
……え?
それってつまり俺いらなくね?
……いや、新規の冒険者への説明は必要か。
一瞬自分の居場所がなくなってしまう不安感におそわれた……。
というか指輪をずっと装備したままってことは指輪にも変更を加えないといけないか。
経験値確定のシステムを変更したりもしないといけない。
今は指輪回収箱に入れた時点で冒険者カードに反映させてるからな。
「……ララ、もしかしたら想像以上にシステムの改修が必要になるのかも」
「うん……とりあえず冒険者酒場は延期にしよう……いっそのこと宿屋も延期でいいんじゃないかな……」
「なんでなのです!? なんとかしましょうなのです!」
簡単そうに言ってくれるけど魔力以前の問題な気がしてきた。
ドラシーに全部任せるのも酷な話だ……。
「ユウナ、地下四階はオープンできるからしばらくはそれでいいだろ?」
「バイキングはどうなるのです!? 食べ放題楽しみなのです!」
「まぁバイキングだけならなんとか……でも宿屋あってのバイキングって考えだったからな。夜遅くに腹いっぱいで一時間歩いて帰るのもツラいだろうし……」
「それは……仕方ないのです。カトレアさんがいれば……」
カトレアがいれば俺たちが悩むことすらなかっただろう。
気付けばシステムが構築されてたり魔道具ができてたりしたんだからな。
……やっぱりカトレアに短期間だけ戻ってきてもらおう。
「カトレアに会いに行ってくるよ」
「……うん。頼っちゃダメなんだろうけど今の私たちにはまだカトレア姉が必要だね」
「でも修行の邪魔になっちゃうのです…………わがまま言ってごめんなさいなのです。もう少し我慢が必要なのです。地下四階以外は延期しましょうなのです……」
ユウナがそんなこと言うもんだからその場では結局答えが出ないままになってしまった。
ララは無言で夕食を作っている。
ユウナはソファで寝てしまっている。
俺はなんとなく管理人室にいた。
あたりはすっかり暗くなっている。
「チュリ(誰か来ます)」
「え? こんな時間だぞ? 誰かわかるか?」
「チュリ(女の子ですね…………あ)」
「どうした? ティアリスさんが忘れ物したとか? 真っ暗なのによく見えるな……」
「チュリリ(……泣いてるようです。迎えに行ってきます)」
「泣いてる? ピピが行って大丈夫なのか?」
ピピは窓からゆっくり飛んでいった。
女の子が泣いてる?
女の子ってことはまだ子供ってことか?
冒険者のことはいつも女性って言ってるもんな。
こんな暗い中いきなり鳥が近付いてきたら余計泣くんじゃないか?
心配になったので玄関を開けて待つことにした。
すると徐々に女の子とピピの声が聞こえてきた。
どうやらもう泣きやんだようだ。
「なんでもっと早く迎えにきてくれないの……暗くてこわかったよ……道合ってるかもわからなかったし……」
「チュリリ(そう言われましても……来るなんて知らなかったですし)」
「一昨日言ったもん……明日昼に出るから迎えに来てねって。でも来てくれなかったから昨日は宿屋で一人で寝ることになったんだよ? こわくて全然眠れなかった……今日も馬車の揺れが激しくて気持ち悪くなっちゃったし」
「チュリ(いや……さすがに無理がありますって……)」
会話の内容からするとピピは知り合いなのか?
というか会話が成立してるなんてまるでララのようだな。
……魔物使いってことはないよな?
そして家の前にやってきた。
「こんばんは。こんな時間になにか用ですか? と言いたいところなんですけどとりあえず中に入りますか? ピピのお知り合いのようですし」
「え…………はい……急にお訪ねしてすみません」
特に警戒もしていないようだ。
すんなり玄関に入ってきた。
誰だろう?
やはり子供のようだ。
ララよりは年上か?
少なくとも冒険者ではなさそうだ。
俺とララの知り合いじゃないとするとユウナの知り合いか?
もしかして妹だったり?
髪の色も水色だからユウナの青と近いし。
少女を連れてリビングに入る。
「え!? お兄? 誰?」
「う~ん、ピピの知り合いのようなんだが……」
「こんな時間にここまで歩いてきたの? 大丈夫だった?」
「はい……途中で暗くなってきてこわくて泣いちゃいましたけど……」
確かに涙が流れた痕がある。
少しリラックスしてもらおうか。
「ソファに座って。歩いて疲れただろ? ほら、なにか飲む?」
少女にメニュー表を渡す。
向かいのソファではユウナが寝ている。
なんの反応も示さないな……。
「……カフェラテのホットお願いします」
「俺もちょうど飲みたかったところだ。ほら、このボタンを押してみな」
「……これは魔道具ですね。ふむふむ。よくできてます」
…………え?
普通はボタンを押してからすぐ品物が届くことに驚くんだけど……。
その前に魔道具に興味を持っただと?
「……あ、押すのちょっと待って。ご飯食べた?」
「いえ……昼間も馬車酔いで気持ち悪くて……なにも食べてないんです……」
「それならいっしょにご飯を食べよう。カフェラテは食後にしようか。ララ、一人分追加できるよな?」
「うん! すぐできるから! あっ、ここで手洗って!」
少女はララに促されるままキッチンで手を洗う。
そしてそのまま食卓に着いた。
「お兄、ユウナちゃん起こして!」
「あぁ。ユウナ……ユウナ」
全然起きないから仕方なく体を軽く揺さぶる。
「……んん? ……ご飯なのです?」
「あぁ。今日はハンバーグだ」
「ハンバーグなのです!? やったーなのです!」
飛び起きて席に着いた。
少しはララの手伝いをしてやってほしいんだけどな。
というかなぜ隣に座っている少女の存在に気付かない……。
しかもユウナのほうが奥の席なのに……。
ハンバーグにしか興味がないんだろうな……。
「美味しそうなのです! おかわりあると嬉しいのです! …………え? 誰なのです?」
ようやく気付いたか。
ユウナの知り合いでもないのか。
……ん?
なら誰の知り合いでもないってことだよな?
謎だけが深まっていくぞ?
会うなりいきなり食事を勧めてる俺も俺だが……。
「じゃあ食べようか。自己紹介はあとでいいから温かいうちに食べよう」
「……はい」
「「「いただきます!」」」
「……いただきます」
食べ始めたはいいが俺とララの視線は少女に釘付けだ。
ユウナはハンバーグに夢中だ。
「……やっぱり美味しい! 久しぶりに食べた!」
「ん? ララのハンバーグを食べたことあるの?」
「うん! ……あっ、ごめんなさい……私のお姉ちゃんがこのハンバーグを持って帰ってきてくれたんです……」
お姉ちゃんが持って帰ってきた?
ということはここに来てる冒険者の妹か?
それとも従業員の誰かの妹なのかな?
一日半かけて馬車で来たってことは従業員は関係ないか。
わざわざ持って帰ってまで食べさせたいと思ってくれたってことだよな。
相談してくれれば状態保存かけたのに。
「お姉さんは冒険者なんだね。名前は? あっ、その前にまだ君の名前を聞いてなかったね」
「私は…………マリンです……それとお姉ちゃんは冒険者ではありません」
「ん? どういうこと? ならどうやってウチのハンバーグを? というかなんでこんな時間にここに?」
「お兄、そんなに質問ばかりしたらマリンちゃんも困るでしょ」
「そ、そうか。ごめんな」
「いえ……」
謎ばかりが深まっていくじゃないか。
はっきり言ってハンバーグの味が全くわからん。
ユウナは無言で食べ続けている。
今はハンバーグ以外のことはどうでもいいんだろうな。
「ねぇ? マリンちゃんのお姉ちゃん、誰か当ててみせようか?」
「え……わかるんですか?」
「うん。顔は似てないけどわかるよ」
「え……なんでですか?」
「ここに来てからの様子かな。私たち三人のことも知ってる感じだもん」
「え……」
「ふふっ、カトレア姉でしょ?」
なにっ!?
カトレアだと!?
でもカトレアに妹がいたなんて聞いたことないぞ……。
「……はい。さすがですね」
「やっぱり。まぁ選択肢が他になかったってのもあるけどね」
……俺には選択肢すら浮かんでなかったんですが。
「本当にカトレアの妹なのか? 今何歳?」
「……十二歳です」
……おかしくないか?
確かカトレアは四歳のときに……
「血は繋がってないんじゃない?」
「……はい。私もお姉ちゃんと同じで三歳のときに師匠に引き取ってもらったんです」
なるほど。
あの人、本当に凄い人だな。
血の繋がってない子供を二人も育てるなんて普通はできないぞ。
「なぁ、聞きたいことが山ほどあるんだけど?」
「はい。私もいっぱいあります。だからまず私からでもいいですか?」
「え? うん、いいけど……」
「私のこと、覚えてませんか?」
「え? 俺?」
「はい」
この子は俺に会ったことがあるっていうのか?
そして俺もこの子に会ってるってことだよな?
マリン……マリン……マリン……う~ん。
十二歳ということは俺の三つ下。
三歳のときに引き取られた。
そのとき俺は六歳。
六歳……父さんが亡くなった年だ。
そしてこの子の師匠は…………あ。
マリン……水色の髪……うん、間違いない。
よく見れば顔にも面影が残っている。
「思い出した。ノースルアンにいたマリンだよな? すっかり忘れてたよ、ごめんな……」
「……いえ、あれからもう九年も経ちましたから……当然だと思います。でも……覚えててくれて……良かった……」
突然マリンの目から涙がこぼれ落ちた。
なんか前にもこういうことなかったっけ……。
王都からここまで旅してきた疲れや着いてホッとしたこともあるかもしれない。
おそらくマリンはさっき玄関で一目見て俺だと気付いたんだろう。
そうだとするとあの反応も頷ける。
俺に他人行儀にされてショックだっただろうな。
そりゃマリンは俺がここにいることを知ってるから気付くだろうけどさ。
こっちは普通気付かないよな?
マリンは九年前まで大陸北部にあるノースルアンという町の養護施設にいたんだ。
俺の家はそこから近くて母さんもそこでたまに働いてたから俺もよく顔を出してた。
そしてあるときマリンは突然引き取られることになったんだ。
別れの挨拶もできないままいなくなってしまった。
父さんが亡くなったすぐ後だったから覚えてる。
でもどんな人に引き取られたのかは今の今まで知らなかった。
というかよく三歳のころの記憶が残ってるな……。
「お兄? 本当に知ってるの?」
「あぁ。というかララもよく遊んでたぞ?」
「え!? 私も!?」
「でもララは二歳だったからな」
「さすがに二歳のときのことは……」
「ララちゃん、私はよく覚えてるよ。いつも白い鳥さんがいっしょにいたからね」
「あっ、そういうことか。だからピピのことも知ってたのか。……というかパルドの家でも会ってるのか?」
「うん、お兄ちゃん」
「「お兄ちゃん!?」」
今度はユウナも反応する。
ハンバーグは……食べ終わったようだな。
そういやマリンにはお兄ちゃんって呼ばれてたっけ。
カトレアのことはお姉ちゃんで俺のことはお兄ちゃんか。
どれも血が繋がってないっていうのが不思議だな。




