第十二話 地下一階リニューアルオープン
「順番に並んでください! そこっ! 押さないでください!」
「わふっ! (ちゃんと並んで!)」
ララとシルバが洞窟前で懸命に声を張っていた。
俺は俺で受付業務にかかりっきりになっていた。
「では九時になりましたので、開場します! お気をつけていってらっしゃいませ!」
「わふわふ! (いってらっしゃい! ケガするなよ!)」
続々とダンジョンの入り口から中へ入っていく冒険者たち。
可愛い少女とモフモフな狼に見送られてみんな笑顔だ。
「……以上になりますが、ご不明な点はございますか?」
「いや、大丈夫だ。わからないことがあったらまた聞きに来るよ。ありがとう」
説明を聞き終えた冒険者がまた一人ダンジョンへと入っていった。
ここでようやく受付にできていた列がなくなったようだ。
今の人で二十人目だった。
「ふぅ~、ララお疲れ。シルバも。思ってたよりも来てくれたな」
「そうね! 出だしとしては悪くないわね! じゃあお兄ここは任せていい? 私は中の様子を見たいんだけど!」
「あぁ。シルバはここにいてくれるみたいだし、ピピも今日は近くにいるみたいだからあとは任せてくれ」
「うん!」
そう言ってララは家の玄関からリビングに入ってくるとソファに座りテーブルの上の水晶玉を覗き込みはじめた。
中の様子はララに任せて、俺はちょっとゆっくりするか。
……ということにはならなかった。
「チュリリ! チュリ! (もうすぐ男性二名が来ます! その五分後くらいに女性一名が来ます!)」
「了解」
これで二十三人か。
断トツで今までの一日の来場者数新記録だな。
俺が管理人になってからのだけど。
すぐに二人の男性冒険者がやってきた。
「いらっしゃいませ、おはようございます」
「おう! 二人分頼む!」
挨拶するなりすぐさま100Gを差し出してきた。
初心者ではなさそうだし、このダンジョンのことは知ってそうだな。
俺が管理人になった後に訪れた冒険者の顔は覚えているけど、それ以前に訪れた人の顔は全く知らない。
「当ダンジョンをご利用されたことはございますか?」
「おう、この前一度だけ来たことがある! コイツも一緒にな!」
「それはそれは再度のご訪問ありがとうございます。では本日からの新しいエリアやシステムについてのみご説明させていただきますね」
「おう! よろしくな!」
十八歳くらいだろうか。
見た目や発言から一見傲慢な態度ととられることもあるだろうが決して暴力的には感じない。
兄貴分て言葉が似合いそうな人だな。
人間観察をすることがすっかり当たり前になってしまったようだ。
そんなことを考えながら先ほどから繰り返している定型文を読み上げるかのような説明をし終えた。
「ほう? そりゃ凄いな! なんだか前とずいぶん変わったんだな!」
「えぇ、色々ありまして」
「そうか、頑張れよ少年! そんじゃ中行ってくるわ! 行こうぜ!」
勇ましい感じでダンジョンへと入っていった。
今さらこのダンジョンに来る意味あるのかな?
もっと強い敵と戦わないと腕が磨けないんじゃないのか。
青年たちを目で追いながらもそんな疑問を感じていた。
「あの」
「うわっ!」
いきなり声が聞こえてビックリした。
声のしたほうを見ると、そこにはフードを被った少女がいた。
そういえばすぐ後ろに女性が来てるってピピが言ってたっけな。
「……これは失礼いたしました。いらっしゃいませ。当ダンジョンをご利用でしょうか?」
「……はい」
「ありがとうございます。それでは当ダンジョンについてご説明させてもらいますね」
「……お願いします」
少女は無言で頷くこともなく説明を聞いていた。
理解してくれているのかいないのかがわからないくらいジーっと聞いていた。
身長は百五十センチちょいくらいかな、ララより少し大きい程度だ。
ローブを着ててもわかるほど体が細いから小さく見えるのか……の割に胸は大きいな。
フードの間からはみ出ている髪は緑色で、前髪で目が少し隠れているが整ったきれいな顔だ。
あまりにも反応が薄いから容姿のことしか観察できなかった。
俺より年下であろう少女にあくまで丁寧に話しかける。
「なにかご質問ございますか? もう一度初めからご説明いたしましょうか?」
「……」
思わず自分から面倒なことを言ってしまったよ。
もっと話してたいとか見てたいとかそんな気持ちはこれっぽっちもないからな!
俺の説明がわかりづらかったんなら申し訳ないからだからな!
「……その、袋なんですが」
「はい、こちらの袋についての説明をもう一度させていただきましょうか?」
「……いえ、説明はわかりました」
「そうでしたか。ではなんでしょうか?」
「……袋を二つ持ち込むことはできますか?」
「二つですか? 申し訳ありません。お一人様お一つとさせていただいておりまして……」
「……料金を二人分払うと言ったらどうですか?」
「?」
この少女が言うように、一人で複数の袋を持ち込みたいと言われることの可能性は事前に考慮していた。
一つの袋で入場料以上の稼ぎができてしまうと、当然複数持ち込めたほうが効率がいいわけで、この少女のように料金を複数人分払うから袋をその分くれと言われるのは多くの人間が考えることだからだ。
だからこそ、それは禁止することに決めていた。
だが、今日現在においては少し事情が違っていた。
今、袋で採集できるのは薬草のみ、それも十枚の制限つき。
その十枚全てを売ってもせいぜい30Gにしかならず、どれだけ高く買い取ってもらっても入場料の50Gにはおよばない。
冒険者たちもそれをわかっているからこそ、今日それを言ってきた者は誰もいなかった。
おそらくこの少女は買取相場を理解していないのだろうな。
「本日採集できる上限は薬草十枚のみとなっておりまして……」
「……それは先ほど聞きました」
「失礼を承知で申し上げますが、袋を二つ持ち込まれてもお客様としては赤字が増えるだけだと予想されますが」
「……そんなことはわかってます」
少女は少しムッとした表情をした。
初めて感情が顔に表れたな。
相場はわかってるのか。
「では理由をお聞かせいただいても? 当方としましてはお客様の不利益になることをわかっててお渡しするようなことはできませんもので」
「……薬草が欲しいんです……売るんじゃなくて薬草が欲しいだけです」
「それならダンジョンに入らなくても、町で購入されればよいのでは?」
「……ここの薬草が見てみたいんです……あと水にも興味があります」
「ここの薬草? 水?」
う~ん、どうすればいいんだ。
今後のためにも断ったほうがいいよな。
悩んでいると、隣の部屋で内容を聞いていたであろうララが管理人室に入ってきた。
「お兄、いいんじゃない? こっちが損するわけじゃないんだしさ。それに端から見るとお兄が悪者に見えるよ」
ララが軽く微笑みながら言う。
いいのか?
まぁララが言うんならいいか。
「……では特別に二つ袋をお渡ししますが料金はお二人分いただきますよ? それとこのことは他言無用にしていただけますか?」
「……はい、ありがとうございます……誰にも言わないので安心してください」
少女から100G受け取るのと引き換えに袋を二つ渡す。
「あの、念のため確認させてもらいますが、魔物との戦闘の経験はございますよね?」
「……ここの敵程度なら大丈夫です……お気遣い感謝します」
また少しムッとした表情をした少女はダンジョンへ向かっていった。
先ほどまでは気付かなかったが、背中には大きなリュックを背負っているようだ。
ローブを着てるから魔道士かと思ったが、何か特殊な道具を使っての戦い方でもするのかもしれない。
「爆弾でも入ってるのかな」
結局この日はこの少女以降新たなお客が来ることはなかったが、リニューアル初日としては上々のスタートだ。




