第百十九話 決裂
町長が来た。
そしてなぜか食堂にいる。
十一時になったばかりなのでまだお客は少ない。
そもそも冒険者はマルセール以外の出身者ばかりなので誰も町長に気付かないだろう。
俺がここにいることのほうが違和感に思うはずだ。
その町長はダンジョンカツカレーを注文したようだ。
もちろんお金を払って。
秘書の方も同じくダンジョンカツカレーだ。
なんでみんな最初はカレーを食べたがるんだろう。
他にもメニューはいっぱいあるのにな。
俺は野獣丼にした。
そんなわけでランチミーティングという名の会議が始まった。
「美味しい! これなら毎日でも食べたいですね!」
「毎日は飽きますよ。で、俺に話ってなんでしょうか?」
「あら? 少しは打ち解けてくれたのかしら? 前より話し方がフランクになってますよ?」
「なんだか最近頭が疲れてまして。町長さんこそ普通に話してくれていいですよ」
「あらあら。じゃあお言葉に甘えて。ララさんから聞きましたよ。冒険者たちが自ら向かってくれたんですって?」
「そのようで。俺に相談してくれてからのほうが良かったんですけどねぇ」
「みなさん気を遣ったんでしょう。三人とも自分たちより年下なんですからね」
「だからこそ俺もなにも言えないんですけどね。で、話とは?」
「水晶玉の件聞いてもらいましたか? 王都の錬金術師に預けたいんです」
「えぇ、それならこちらです。どうぞ」
水晶玉を秘書さんに渡した。
秘書さんはそれを袋にしまった。
……んん?
まさかその袋は……。
「いい物をお持ちですね」
「わかりますか? さすがですね。それとあのピピちゃんでしたっけ? 少しお借りしても?」
「ピピをですか? もしかしてそれを届けろと?」
「話が早くて助かります。馬車ですと明日以降になってしまいますので」
「……わかりました。メタリン、ピピを呼んできてくれ」
俺の足元に寄り添っていたメタリンは小屋の外へ出ていく。
「ふふっ、可愛いですね。魔物使いだなんて羨ましい」
すぐにピピがやってきた。
秘書さんがピピに地図を見せて届ける場所を説明している。
一応地図も袋に入れてくれたようだ。
そして首に袋の紐をかけた。
「大丈夫か? わからなかったら誰かに聞くんだぞ? 袋を落とさないように注意してな」
「チュリリ! (失礼ですよ! ついでに見回りもしてくるので少し遅くなるかもしれません!)」
「あぁ、気をつけてな。暗くなる前には帰って来いよ」
ピピは飛び立っていった。
それを見送って再び席に着く。
最近ピピに頼ることが多いな。
なにかピピが喜びそうなことを考えようか。
「本当に魔物とお話できるんですね」
「それだけが俺の取り柄ですからね」
「あまり謙遜しすぎると嫌味になりますよ? 自信があるくらいでちょうどいいんです」
「これが俺の性格なもんで。もしかして水晶玉のためだけにここへ?」
「いえ、水晶玉の件はついでです。本題は別にあります」
は?
ついでだと?
ついでなのにわざわざピピを王都まで?
「……はぁ。では本題とは?」
「マルセールに冒険者ギルドを設立しようと思います」
「ギルドってこの前言ってたやつですか?」
「はい。もちろん国からの認可を得る必要がありますが」
冒険者ギルドか。
大きな町にはあるのが普通らしいけど。
マルセールは依頼が少なそうだから今まで必要なかったんだろう。
ギルドができるんなら俺が魔工ダンジョンのことを考える必要もなくなるな。
「魔工ダンジョンのためだけにですか? それで認可はおりるんです?」
「これだけダンジョンが頻繁に出現してればさすがに承認してもらえますよ。それに世界中にダンジョンが増えるとそれに伴って人の移動も活発になりますからね」
「なるほど。必然的にマルセールを通る人も増えるってわけですね。でもマルセールのギルドは少ない依頼の取り合いになるんじゃないですか?」
「そのときはここがあるじゃないですか。聞くところによると来月から中級者向け階層を設置するとか? それなら需要も満たせそうですし」
……なんでも知ってるんだな。
本当はここのダンジョンを視察しにきたんじゃないか?
宿場町はよそから人が来てくれてなんぼだからな。
「……町長、あの件を」
秘書さんが会話に入ってきたのは初めてだな。
俺が少し警戒したのに気付いたのかもしれない。
「そうでした。ここからが本題です」
ギルドの件が本題じゃなかったのか?
「先ほどお話した冒険者ギルドの件、ギルド長をロイス君に務めてもらいたいんです」
…………は?
ギルド長?
管理人みたいなものか?
それを俺に務めろと?
なんでマルセールの町のことを俺が?
「……ギルド長ってなにをするんですか?」
「ロイス君にはギルド全体を仕切ってほしいんです。だから職員への指示が主な仕事ですね。今と同じように魔物さんを使ってのダンジョン調査もお任せしたいです。もちろん予算や依頼の最終的な決定権も持っています」
いやいや、なんでそんな大層なものを俺が?
そういうのはもっと年配で経験ありそうな人がやるんじゃないのか?
「えぇっと、お断りします」
「そう言われると思ってました。ですがこれは決定事項です」
「……少し強引すぎませんか? それに俺はマルセールの町民ではありませんが?」
「私は町長ですからそこらへんのことはなんとでもなります。それにロイス君なら反対する人もいないでしょうし」
なに言ってるんだこの人……。
優しそうな顔して言ってることはかなり横暴だ。
こわさすら感じる。
「……それでも拒否したら?」
「町の幼い子供たちを過剰に働かせた罪で投獄します」
「え……」
マジか……心当たりがありすぎてなにも言えない……。
過剰かどうかはともかく今まさにすぐそこで働いてるし……。
だから俺は反対したんだよ……。
ララを働かせてることすら罪悪感でいっぱいなんだからさ。
俺の人生終わったな。
……とか思ったりするとでも?
「わかりました。おとなしく投獄されましょう」
「……え? いや……その……」
「交渉は決裂ということで。俺のことはどうぞご自由に」
「違うの……そういうつもりで言ったんじゃ……冗談で……」
「町長の権限とやらで死罪にでもしたらどうです?」
「え……」
「申し訳ないですが今後魔工ダンジョンの依頼からは手を引かせてもらいます。こっちはこっちで好きにやりますんでそちらもご自由にどうぞ。それに町民をこんなところで働かせるのが不安でしたらどうぞ町に連れ戻してやってください。安い賃金でこれ以上無理に働かされなくて喜んでくれることでしょう。どうせならついでにこのダンジョンも討伐対象にすればいい」
「「……」」
冗談なんてことはわかってる。
でもなんでもかんでも自分たちの思い通りになると思うなよ。
もうこの人たちと付き合うのはやめだ。
そもそも魔工ダンジョンのことを俺が深く考える必要なんてなかったんだ。
王都には立派な冒険者ギルドがあるんだろ。
そこの上級冒険者様が依頼を受けて討伐すればいい。
それに依頼されたからって仕方なくやる仕事のなにが面白いんだ。
信頼関係のない間柄でのやり取りなんてお金が全てじゃないか。
魔工ダンジョンに入りたかったら好きに入ったらいい。
ウチに来てる冒険者がギルドで依頼を受けてもいい。
そのためにウチで鍛えるのは大歓迎だし。
忠告は十分すぎるくらいしたんだ。
さすがにこのダンジョンの外でのことまで俺が責任を持つ必要はない。
……ん?
小屋の中にいるみんなが唖然としてこのテーブルを見ている。
まるで時間がとまっているかのようだ。
誰一人動こうとしない。
俺だけが首をキョロキョロさせている。
すると家にいたはずのララとユウナが小屋の入り口から入ってきた。
「お兄、もう帰ってもらおう」
「そうなのです。もう関わる必要ないのです」
そうだよな。
二人がそう言ってくれて心底安心してる自分がいる。
今度はミーノが近付いてきた。
「おばさん……ごめんね、今日のところは帰ってもらえるかな」
「ミーノちゃん……わかりました……ロイス君、ごめんなさい。それとみなさん、食事中にすみませんでした」
町長と秘書は深々とお辞儀をしてから小屋を出ていった。
それでもまだ誰も動こうとしない。
「……ミーノ、悪いけど町長へのフォロー頼めるか? 俺のことはどう思われようが構わないが今後冒険者のみんながマルセールで活動しにくくなることだけは避けたい。冒険者ギルドも設置されるんなら尚更だ」
「うん、わかってるよ。でもおばさんも頭を冷やすべきだと思うから夜に行ってみるね」
「すまん。少し頭に血がのぼってしまったようだ……」
「お兄は悪くないよ。お兄が言わなかったら私が言ってたもん」
「私もなのです! ピピちゃんのことを郵便屋さんみたいに扱ったり、ここをマルセールの利益のための商売道具としか見てなかったり、ロイスさんの知名度を利用しようとしたり、最後には従業員みんなのことまで脅しの材料として使ってきたのです! 最低なのです!」
「いや……それはちょっと言いすぎ……」
「言いすぎじゃねぇ! 俺はおばさんのことを見損なったぜ! 近所に住んでたからってひいき目で見てたのが恥ずかしい! 町長なんてやめちまえ!」
「いや……それもどうかと……」
「それくらい言ってもいいの。水晶玉の件がついでって話のところで空気が変わったことはみんな感じてたし。私だっておばさんにイラッてしたもん。きっとおばさんはロイス君が怒った原因のほとんどを気付かないよ。今頃秘書さんに絞られてるはず」
確かにピピがついでのために使われたと聞いてからずっとイライラしてはいたが……。
でもみんなも俺と同じようにピピのために怒ってくれてて嬉しい。
どうやらマルセールには出禁となりそうだな。
まぁ町に入れなくても特に困ることはないから別にいいか。




