第百十七話 一体感
十時半になり他の従業員たちもやってきた。
「ねぇ! 昨日も今日もダンジョンの話で持ち切りだったよ!」
「また出現したらしいじゃねぇか!? しかも複数だって!? 大丈夫なのか!?」
「朝早くから秘書さんが訪ねてきてビックリしましたよ~。それでお父さんが慌ててフランさんに伝言を頼みにいったんですが聞いてますよね?」
秘書さんが直接フランに頼みにいったわけではなかったのか。
さすがに勤務体系までは把握してないよな。
「大丈夫。もうララやユウナと冒険者たちが向かってるよ」
「さすが早いわね!」
「それなら安心だな!」
……そうか、まだ魔王のことを話してなかったな。
どうりでいまいち緊張感がないわけだ。
「十六時半から緊急会議を行う。だからそれまでに夜の営業の準備はすませておいてくれ」
そしてあっというまに夕方になった。
考えなきゃいけないことが多いと時間がいくらあっても足りないな。
会議スペースには全従業員が集まっている。
アイリスたちも来たようだ。
「では会議を始める。議題はマルセール周辺に出現してるダンジョンについてだ。驚かないで聞いてほしい。実はそのダンジョンは魔王によって作られたダンジョンの可能性が高い。今朝までは可能性が高いという程度だったが今はそれが確信に変わった。つまり魔王が復活したということだ。しかもここの人工ダンジョンをマネして作ってると思われる。今後は各地に魔工ダンジョンが増えることになると思う」
驚かないほうが無理に決まってる。
さて、どうやってみんなの気持ちを落ち着かせようか。
アイリスたちとは違ってまだ子供も多いからな。
「やっぱり魔王なんだ!」
「魔王のやつ、マネなんかして恥ずかしくねぇのか!」
「冒険者のみなさんに頑張ってもらうためにもっと美味しい料理作らないといけませんね!」
「私、なにかロイスさんのお手伝いしましょうか!? 顔がやつれてますよ!」
……思ってたのと違う。
「実は今朝僕のお父さんが町長さんに話を聞きにいったんです! 昨日ロイスオーナーやララ店長が町に来たことは話題になってましたしね! そこに加えて今朝の急ぎの伝言でしたからね!」
「だからここにいるみんなは昨日の内容を全部知ってるわ! 今朝ここに来る前に話したから! そのうえで自分たちになにができるかを考えてたのよ!」
「もっと早く俺たちにも言ってくれたら良かったのによ! みずくせぇな!」
「もちろん聞いたときは凄く驚きました! だけどすぐにロイスさんたちばかりに任せてるわけにはいかないって気持ちになりました!」
「そうだよロイス君。私たちは直接戦うことはできないけど、ララちゃんやユウナちゃん、それに冒険者のみんなをサポートしたいって気持ちはあるんだよ?」
……もう知ってたのか。
それに俺が心配するどころか逆に心配されてるじゃないか。
そういやアイリスたちも切り替えが早かったよな。
ウチの従業員たちは普段からサポートを意識してるからかもしれない。
なにも考えずにただ食事を作ってるだけじゃないってことだ。
相手が魔王だろうがここの魔物だろうがやることは変わらないしな。
「そうか、黙っててごめん。推測の段階で話してもみんなが動揺するだけだと思ってたんだ」
それから改めて現段階での調査結果を全て話した。
町長からはそこまで詳しく聞いたわけじゃないだろうし、町長や冒険者と違って従業員にならもっと踏み込んだ話もできる。
さすがに町長や冒険者にドラシーの話はできないからな。
「なるほど。今日のダンジョンは魔王も少し考えてきてるってわけね」
「あぁ。だけどまだ俺の予想範囲内のことしかしていない。いつなにするかわからないからドラシーだってバカって呼んでるらしい」
今朝発見された二つのダンジョン。
一つはマルセール南東の前と同じ畑の前あった場所のすぐ横に出現していたらしい。
かなり悪質だ。
ダンジョンがなくなったあとは更地になってしまうんだからな。
標的にされた農家のお爺さんが可哀想で仕方ない。
その新しいダンジョンは洞窟フィールドの二層構成。
敵はブルースライム、オレンジスライム、ダークラビットの三種類。
第一階層も第二階層もそこそこ広いとのこと。
魔瘴の循環を良くするためか、ここと同じように倒された瞬間に魔石に変わるのも前回と同じ。
そして厄介なのが体力と魔力の吸収量が半端なく多いこと。
まぁそうするのは当然かもしれないけどな。
二つ目のダンジョンはマルセールから東に徒歩十分ほどのところの街道沿いに出現。
王都へ続く街道だからそれなりに目のつくところにあるらしい。
おそらく多くの人間が来ることを期待してるんだろう。
そのダンジョンは一層構成。
だがなんと洞窟の入り口の先は草原フィールド。
過去のダンジョンは山や地下の地形を利用した洞窟型のものが多かったらしく、魔王にとっては初めての試みらしい。
要するにまたパクリだ。
内部構成もほとんど同じ。
出現する敵もウチの地下二階と全く同じ。
ただし、吸収量だけはこっちも格段に増えている。
気付かずにゆっくり進んでると命を落とすことになりかねない。
真っ暗なのも面倒だ。
これだけ見ると魔王もそうバカではないように思える。
色々テストをしながら楽しんで作ってるんだろう。
今はマネにすぎないが学習することによって次はとんでもないものを設置してくるかもしれない。
だから今回は放置することにした。
「「「「放置!?」」」」
「あぁ」
「大丈夫なのそれで!?」
「だって考えてみろよ。魔工ダンジョンだって人間が来てくれなきゃ魔力が溜まらないんだ。そうすると魔王だってなにかおかしいと気付くはずだからな」
「それって魔王がそのうち吸収量を少なくしてくるってこと? じゃあ今みんなはなんのために行ってるの?」
「入り口付近で入ったり出たりしてるはずだ。誰も来ないと思われて失敗作に気付かれないってのも困るからな。ピピとメタリンは速いし目がいいから最奥まで行けたわけだし。それと知らない人が勝手にダンジョンに入らないようにしないといけないしな」
「放っておいて魔瘴があふれたりは?」
「それも可能性は低いと思う。ここの周辺だって人がいっぱい来るようになってマナがあふれだしたんだから。それまでは魔物も出る普通の森だ。だからダンジョンコアの魔力が増えなければ周囲への影響もほとんどないはず」
ここで潰してしまっては単に難易度が低すぎたとしか思ってくれないだろう。
一番困るのはこの吸収量のまま違う土地に作られることだ。
人工ダンジョンを知らない人は体力や魔力が吸収されるってことを知らないからな。
中級者は気付くかもしれないが初級者なんかだとなにか体調が変だとしか思わないかもしれない。
「じゃあずっと待ってるだけ?」
「今はそれが一番いい判断だと思う。ただ町長には動いてもらってる。王都に伝令も出してくれたようだし。少なくとも各地でこの情報を知ってもらうまでは放置かな」
「なるほど」
みんなも納得してくれたようだ。
ララたちには十七時までは見張りとしているように伝えてあるからもうすぐ帰ってくるだろう。
退屈だったに違いないから色々文句を言ってくるかもしれないが。
「じゃあ会議はこれで終了。またなにかあったら報告するから」
みんなが自分の持ち場へ戻っていく。
俺も家に戻ろうとしたが、リョウカが話しかけてきた。
「ロイス君、ここを敵対視してるってことは今後もマルセール周辺にダンジョンが作られることが多くなるってことだよね?」
「今三つともそうしてきてるからそれは間違いないと思う。ここに冒険者が集まってるのはわかってるはずだから魔王にとっても好条件なはずだし」
「そうするとマルセールに来る冒険者の数ももっと増えるよね? それこそ中級者以上の人たちやこれから冒険者を目指そうとしてる人たちも。地下四階の件もあるし」
「だろうな。なにか気になることでもあるのか?」
「う~ん……いえ、まだ先のことなんて考えても仕方ないよね。ごめんね」
意味深なこと言ってリョウカは去っていった。
気になって仕方ないが今は他にやることがいっぱいある。
そして家に戻ってきた。
「チュリリー! (あっ! 報告です! 急ぎです!)」
ちょうどピピが見回りから戻ってきたところだった。
「急ぎ? なにがあった?」
「チュリ! (マルセールから東の街道沿いにさらに二つのダンジョンが出現しました! 今朝のダンジョンよりもさらに東です! 隣村からのほうが近い距離です)」
「なっ!? 本当なのか!?」
「チュリリ! (はい! 今ララちゃんとメタリンが確認しに行ってます! )」
「そうか……。ララに伝わってるならまだ良かったか」
こんなに早くダンジョンを追加してきただと?
もしかして作って短時間にも関わらず焦ったのか?
なにも考えずに人が来ないのは場所が悪いだけと思ったのかもしれない。
これじゃ吸収量の多さに気付いてもらうなんて到底無理かも。
やはり魔王がバカっていうのは本当のようだ。
ダンジョン運営を始めたばかりでそんなに早く結果が出るわけないだろう。
急に数を増やしても魔力の無駄遣いになることのほうが多いに決まってる。
増えた分だけ来る人間も分散するだろうし。
そうなると魔力の溜まりが遅くなって周囲の魔瘴を濃くすることや魔王自身の魔力の蓄えにも悪影響なのに。
もっと人間が好んでくれそうな条件にすればいいのにな。
だがこのままでは明日の朝にまたダンジョンが増えてるかもしれない。
今の吸収量や水晶玉の扱い方が浸透していない中でもし犠牲者が出たら俺のせいにされるかも……。
国なんて横暴に違いないからなんでもっと早くに言わなかったんだとか罵声を浴びせられるんだ。
話を聞こうとしなかったのはそっちなのに。
そうなる前になにか手を打たねば……
「チュリ! (ロイス君!)
「えっ!? ……え? ……ピピだよな?」
「チュリリ! (相手はバカなんですよね!? それならいっそ伝えてあげるべきだと思います!)」
「え……伝えるってどうやって……それになにを……」
「チュリ! (ダンジョンに入って直接呟くんです!)」
「直接……そうか。やってみる価値はあるな。ちょっと待っててくれ。メモに書くからすぐに冒険者たちに届けてほしい」
間接的に気付いてもらおうとするからダメなのかもしれない。
すぐに結果を欲しがるんならなにがダメかを教えてあげればいいのか。
……これでよし、と。
「じゃあ頼む。攻略は明日の朝から始めるように書いてあるから」
「チュリ! (了解です! 行ってきます!)」
いつものように凄いスピードで飛んでいった。
心なしか速くなってるように感じなくもない。
それにしてもビックリした。
ピピに『ロイス君』なんて言われたの初めてじゃないか?
名前を呼ばれたこと自体が初めての気がする。
それに一瞬、カトレアに呼ばれたのかと思ってしまった。
声は全然違うのに。