第百八話 スランプ
三月か~。
俺が管理人になったのは去年の二月の終わりだっけ。
もうあれから一年経ったんだもんなぁ。
ここもずいぶん変わった。
「お兄!」
「ん?」
「早く食べて! 冷めちゃうじゃない!」
「あ……そうか……すまん」
また考えこんでしまっていたようだ。
去年のこの時期は大変だった。
爺ちゃんが亡くなったり、俺が管理人になったりで慌ただしかったからな。
たった一年前のことだがもっと前のことのようにも感じる。
「お兄! いい加減にしてよね!」
「あ、あぁ」
すぐに考え込んでしまう……。
このところずっとこんな調子だ。
いつもララに怒られて我に返る。
気を取り直して試食をするか。
「……ん? 美味い。うん、この牛丼はメニューに加えよう」
「ホント!? 紅生姜はどう!?」
「うん。牛丼にはピンク生姜より紅生姜のほうが合いそうだな」
「だよね!」
「他のメニューにもだが味噌汁を付けるのはどうだ?」
「いいかも! この牛丼の具と同じで大量に作っておけるしね!」
ララには四月からの新メニューを色々考えてもらっている。
俺は新階層のことで頭がいっぱいだ。
だけどいいアイデアが思いつかないからすぐに別のことを考えてしまう。
その別のことが今は一年前の回想ってわけだ。
その前は食堂のキャベツ取り放題やラーメン屋のネギ取り放題などは衛生面的にどうなのかということについて考えこんでしまった。
だが結局それもいい解決手段が思いつかないままだ。
たぶん俺はスランプ状態なんだ。
「じゃあ行ってくるね!」
「あぁ。みんなの邪魔はしないようにな」
ララはいつも通り地下三階に行ったようだ。
最近は一人で魔物急襲エリアに挑んでいる。
ユウナの補助魔法があると楽勝らしいからな……。
地下三階魔物急襲エリアに挑戦する冒険者もだいぶ増えてきた。
順調に強くなってくれてるようで管理人としても嬉しい。
お客も毎日二百人以上は来てくれてるし。
もちろん経営的にも黒字続きだ。
一年前からはとても想像できない。
あのころはお客が一日三人とかだったよな……。
週末は生活費稼ぎのためにシルバといっしょに森で魔物狩りしてたし。
毎週日曜は朝早くから町に買い物に行ってたっけ。
……こんな具合にすぐに別のことを考えてしまう。
スランプってのはおそろしい。
こういうときは外の景色でも眺めるか。
昼時だから小屋には人がいっぱいだ。
人間観察が一番面白いな。
「あの……」
「はい? ……あぁ、ユウナですね。そちらで少しお待ちいただけますか」
「はい! よろしくお願いします!」
声をかけてきたのは男性二人組だ。
彼らはここに来て日が浅く、まだ地下三階にも行っていない。
今は地下二階でレベル上げといったところだろう。
俺に声をかけることすら緊張してるのが凄く伝わってくる。
親しみやすい管理人のはずなのにな。
ここにいるのがユウナなら喜んで話しかけにくるだろうに。
で、そのユウナは上で準備中か?
「ユウナ! ……ユウナ!」
「…………はいなのです! そんな大きな声で何回も呼ばなくても聞こえてるのです!」
「そうか。二人がお待ちのようだ。頼んだぞ」
「任せてくださいなのです! しっかり助っ人してくるのです!」
ユウナは二人といっしょに地下二階へ向かっていった。
最近のユウナは毎日違う冒険者たちとダンジョンへ潜っている。
ユウナが言ったように助っ人だな。
午前中は色々仕事があるから午後限定だ。
助っ人対象となる冒険者は受付のときに俺が適当に声をかけている。
基本はソロの冒険者が多いか。
さっきのように魔道士がいないパーティを選んだりもする。
今のところ断られたりしたことはない。
どのパーティも回復魔道士は喉から手が出るほど欲しいからな。
助っ人といってもこっちが一方的に声かけてるだけでお金をとるわけじゃないし。
おやつもみんなの分を多めに持っていってるし。
それにユウナにとっても勉強になることが多いはずだ。
さて、俺はのんびり地下四階のことでも考えるか。
そういやティアリスさんたちの状況はどうなってるんだろう。
……そうだ、実物の魔物を見てないからいいアイデアが出てこないんだ。
それなら仕方ないよな。
もうしばらくお預けにしよう。
……かといって他にすることないしなぁ。
結局いつも通りここで水晶玉を眺めることになるのか。
「チュリリ! (馬車が来ます!)」
「え?」
……確かに町のほうから馬車らしきものが近付いてきてる。
あれは……道具屋の店長さんか?
家の前にとまったようだ。
そして何人かが降りてきた。
「わぁ~! 久しぶりに来た!」
「お兄ちゃんのところ行こう!」
「おい! 走るなよ!」
あれは確かヤックの弟と妹か。
二人は元気よく小屋の中に入っていった。
店長さんは俺のところへ来るようだ。
「よぉ坊主! いきなり馬車で乗りつけて悪いな!」
「いえ、それはいいんですがどうかされたんですか?」
「あぁ、ちょいと急ぎの案件でな」
「急ぎ? なにかありましたか?」
「それがなぁ……ちょっと中で話せないか?」
「えぇ、それは構いませんが……」
なにか深刻な話なのか?
とりあえず上がってもらうか。
久しぶりの客人だな。
「おぉ? 家は普通なんだな」
「ここは昔からなにも変わってないらしいですからね。なに飲みます? こちらがメニュー表です」
「おぉ、こんなところにまでメニュー表が……ホットコーヒー頼めるか」
注文魔道具でホットコーヒーとホットカフェラテのボタンを押す。
そしてすぐに注文した品が届いた。
「おぉ~! 凄い!」
うん、凄い。
この注文魔道具とすぐに転送してくれるウサギたちが。
「で、いったいどうしたんですか?」
「あぁ~そうだった。ここへ来るとつい他に目がいってしまうな」
「ヤック君ならしっかりやってますよ」
「だろうな。あいつは真面目だから」
「ではなんの御用で?」
「実はな、町長に頼まれてきたんだ」
「町長? 町長ってマルセールの町長ですか?」
「あぁ、坊主に依頼を頼みたいらしくてな」
依頼?
町長が俺に依頼?
そういや冒険者の仕事には依頼ってのがあったんだっけ。
ここの冒険者たちから依頼なんて言葉出てこないからな。
でも俺はティアリスさんたちに今まさに依頼中なんだった……。
「俺は冒険者ではないですよ?」
「わかってる。ダンジョン管理人としての坊主に頼みたいんだ」
「管理人としての俺にですか。内容を教えてください」
「……ある場所の調査を頼みたい」
「調査ですか? それは俺が行かないとダメなんでしょうか?」
「いや、調査に行く冒険者を坊主に選んでほしくてな」
「なるほど。確かにそれなら俺に頼むのが早いかもしれないですね」
「そうだろ? 町長も坊主には一目置いてるんだ」
マルセールの町に滞在してる冒険者のほとんどはここへ来るのが目的だからな。
もっと割のいい依頼をこなしたい冒険者は王都に行くだろう。
となると町にいる冒険者のことをよく知ってるのは管理人である俺だ。
俺というよりララか。
「でもここには初級者しかいませんよ?」
「中級者に近い初級者もいっぱいいるだろ? さっきも言ったが急ぎなんだ」
「はぁ。なにを調査するんですか?」
「…………ダンジョンだ」
「へ? ダンジョン? ……ダンジョンですか!?」
このダンジョンを調査するっていうのか?
……そういうわけではなさそうだな。