第百七話 変わらない日々
「受付はこっちなのです! 私の前に並んでくださいなのです! ……えっ? カトレアさんは修行の旅に出たのです! 今日からは私が受付をやるのです! ……いってらっしゃいなのです! ……あっ、杖のメンテナンスの注文が入ったのです! ロイスさん、あとはお任せしたのです!」
ユウナはそう言い残し管理人室から出ていった。
あとを引き継いだ俺は機械のように受付をこなす。
「おはようございます……お気をつけて。おはようございます……お気をつけて」
カトレアがいなくなったこともあり、ユウナにダンジョンの副管理人……サブになってもらった。
ユウナはとても嬉しかったようで、今朝も張り切っているというわけだ。
寂しさを紛らわすためにむりやり明るく振舞っているのかもしれないが。
ララはまだ起きてこない。
昨日はユウナといっしょに寝たらしいが、どうやらララはなかなか寝つけなかったようだ。
寝る時間が遅くなったから今朝は起きれなかったんだろう。
でもそれを知ってるということはユウナもあまり寝れていないはずだ。
七時半過ぎにはアイリスたち三人が来たが、カトレアの話をすると三人とも凄く落ち込んでしまった。
落ち込むという表現は変か、寂しがっていたとでも言っておこう。
三人ともカトレアには世話になったはずだからな。
なによりいきなりの旅立ちに喪失感を感じているようだった。
でも理由を話すと自分たちも負けてられないと思ったようで、しっかりとした足取りでそれぞれの仕事場へ向かっていった。
この話をまた十時半にもしなきゃいけないと思うと気が重い。
ユウナが言ってくれないかな……。
「管理人さん! カトレアさんが旅に出たって本当ですか!?」
「えっ? ……はい、本当です」
「ええ本当なんですかー!? 毎日の癒しだったのに……」
「朝からカトレアさんに受付してもらうのが楽しみの一つだったのにな……」
俺が受付をしてる目の前でそんなこと言うとはなんてデリカシーのないやつらだ。
それに俺のほうがショックを受けているに決まってるだろう。
カトレアがいなくなってもカトレアが今まで作ってくれた魔道具やシステムのおかげでダンジョン経営に支障はない。
問題はこれから新しいことをしようとしたときに発生するはずだ。
全部がドラシー頼りになってしまうわけだからな。
昨日、メタリンとウェルダンが帰ってきたのは十八時過ぎだった。
馬車はしっかり袋の中に入っていた。
確かにこんな袋の存在を知られるわけにはいかないな。
二匹によるとマルセールから隣の村まではここからマルセールまでの三倍くらいの距離があったらしい。
ということは徒歩で三~四時間ってとこか。
そういや乗り合い馬車は乗ったことないが、どのくらいの速さで進むんだろう?
道は真っ直ぐ一本道だから迷うことはなかったそうだが、カトレアと別れてからも宿がとれなかった場合に備えて村の近くでピピの指示を待っていたらしい。
無事に宿がとれたのを確認してから帰ってきたので少し遅くなってしまったとのことであった。
本当に優秀で優しい魔物たちだな。
この時間だとカトレアも次の村に向けて馬車に乗っているころだろう。
山越えをしなきゃいけないって言ってたから馬車でも時間がかかるだろうな。
「お兄ごめ~ん。今起きた」
「おう、とりあえず顔洗って朝食でも食べてゆっくりするといい」
「うん。ごめんね」
ララが寝ぼけ顔で管理人室に顔を出した。
さすがに今の顔のララを受付に出すわけにはいかないな。
一晩泣き続けたのかもしれない。
そのまましばらく受付を続けたが、カトレアがいなくなったことを知って冒険者たちも寂しがってる様子が多く見受けられた。
冒険者たちにとっても毎朝顔を合わしてきたわけだから仲間のように思っていたのかもしれない。
「違う違う。みんなカトレア姉を好きなだけだから」
「え? 好きなの?」
「カトレア姉はみんなのアイドルだったの」
朝食を食べてから受付に来たララに話すとそんな答えが返ってきた。
仲間と思っていたんじゃなくて単純に女性として好きだったらしい。
「ウチの従業員はみんな可愛い子ばかりでしょ? その中でもカトレア姉は独特の雰囲気があって一番人気だったからね。胸も大きいし。男どもはそんな話ばっかでホントどうしようもないよ」
「でもカトレアが冒険者と受付以外で話してるところなんて見たことないぞ?」
「だってここにはずっとお兄が座ってるじゃない。それに小屋の前にはシルバがいるし、家の前にはゲンさんもいるし、メタリンやウェルダン、ピピなんかも家の周りにいるから常に監視されてるようなものだからね。カトレア姉はここ以外に顔出すことなかったから」
「それもそうだな」
そんな話をしているとユウナが鍛冶工房から戻ってきたようだ。
戻ってくるなりソファに深く座り込んだ。
「ふぅ~、疲れたなのです~。今日は四本もメンテナンスしたのです」
「お疲れ。眠かったら寝ててもいいぞ」
「そういうわけにはいかないのです! サブとして仕事はしっかりするのです! 私はサブなのです!」
「「……」」
わかりやすく気合が入ってるな。
「そういえばティアリスさんたち来た?」
「いや来てない」
「ならやっぱりもう帰っちゃったのね」
「そうだろうな。年末まではここに来ると思ってたんだけどな」
「魔物の名前見て間に合わないと思ったのかもね。でもどうやって遭遇するのかな? それに本当に美味しいの?」
「知らん。俺はミーノとメロさんから聞いただけで食べたことないからな。カトレアも名前と生息地は本で読んだことある程度の知識で遭遇の仕方までは知らないって言ってたし」
「ふ~ん。冒険者としてのお手並み拝見ってとこね」
依頼成功の前提で地下四階の構想は進めるとして、地下五階、六階のことも考えておかないといけないよなぁ。
そこまでは中級レベルにするつもりだし、先にフィールドを決めないと魔物も決められないからな。
「ララとユウナで地下五階と地下六階の構想案を考えてもらってもいいか?」
「う~ん、考えてはいるけど正直あまりいい案が浮かばないの」
「私も考えていいのです!? でもそれじゃ私が楽しめない気がするのです」
「それだ! 私も考えるほうじゃなくて楽しみたいほうなんだ! 地下四階が楽しみなのもそのせいね! だからお兄に任せた!」
「おいおい勘弁してくれよ。地下三階まではいっしょに考えてくれたじゃないか?」
「あのころは経営のことで頭いっぱいだったからね。今は安定してるし、もっと強くなりたいんだもん」
「きっとロイスさんが考えたほうが面白いのできるのです!」
「まぁ確かに面白さは大事だよな。そう考えると地下三階までは普通すぎた気がする。魔物を倒しながら面白さも要求されるわけか。どんどん難易度が上がってくな」
地下三階まではフィールド構成と休憩エリアと魔物急襲エリアだけでやってこれたようなもんだからな。
そこに素材ドロップシステムを入れてワクワク感も出したわけだが、今となってはどれもあって当たり前のものとなってしまっている。
地下四階からはさらに新しいシステムを求められるのか。
じゃないとお客は飽きてしまってここへは来なくなる。
でも敵が強くなるだけでもいいんじゃないか?
正直これ以上はフィールドを変えるくらいしか思いつかない。
カトレアがいれば俺が適当に言ったことでも気付いたら魔道具を作ってくれてたりシステムを構築してくれてたりするんだけどな……。
ドラシーの魔力頼りだけではこの先が不安で仕方ない。
「やっぱり錬金術師を募集してみようか」
「それがいいのかもしれないけど、カトレア姉並みの人なんているのかな。お兄の言うことめちゃくちゃだもん」
「そうなのです。そんな人すぐには見つからないのです。見つかってもきっとすぐに泣いて出ていっちゃうのです」
「……」
まるで俺がカトレアに無理難題を押しつけていたかのような言い回しをしてくれるじゃないか。
俺はそんなこと一度もしたことないぞ?
カトレアもできないなんて言わずに全部できてたということは無理ではなかったということだろ?
せめて俺の適当な説明をカトレアが上手く汲み取って最適なものを作ってくれてたとでも言ってほしいもんだ。
まぁ泣いてる姿はよく見た気もするけど。
しばらく口を聞いてくれないこともしょっちゅうあったっけ。
……あれ?
カトレアが出ていったのってやっぱり俺のせい?
修行のためなんて言ってたけど本当はもうここにいたくなかったのか……。
「お兄、違うからね」
「そうなのです。ロイスさんはなにも悪くないのです」
「え? そうなの? 俺のせいじゃない? 本当に?」
「はぁ~。やっぱりすぐ悪いほうへ考えるのね」
「もっと自信を持ってくださいなのです。そのうちまたふらっとカトレアさんみたいな錬金術師が現れるのです!」
「そうだよ。このダンジョンのシステムや魔道具の噂を聞いたら錬金術師としては見ずにはいられなくなるでしょうしね」
「そうだといいんだが……。とりあえず四月まではゆっくり運営していくか。錬金術師に限らず各種職人を見かけたらすぐに情報共有するようにみんなに言っておいてくれ。特に木工職人が来てくれるといいな」
「はいはい。職人さんはわざわざダンジョンになんて来ないから。そんな暇あったら杖の一本でも作ってたほうが儲かるしね」
「……」
カトレアがいなくなっても俺たちがやることに変わりはない。
でもしばらくはのんびりしよう。
これにて第四章は終了です。
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