第百三話 依頼
ダンジョンストアをオープンしてから初めての土曜日を迎えていた。
今日は朝からストアのお客が少なかったが、十六時過ぎになってから徐々に増えてきたようだ。
どうやら早めにダンジョンから出てきて一週間の最後はダンジョンストアで締めようと考える人が多かったらしい。
「お疲れ様です。今日はもう上がりですか?」
「お疲れ様。うん、今週はいつもより稼げたしね。やっぱり新しい防具だと気持ちが違うわね!」
「それは良かったです。今からまたストアに行かれますか? 四人に相談があるんですが少しお時間もらえませんかね?」
「え? なになに? ロイス君が私に相談なんて初めてじゃない? シャワー浴びて着替えてくるから三十分くらい後でもいい?」
「はい、こちらはいつでも結構ですので。それとティアリスさんだけじゃなくみなさんで来てくださいね」
「え? 私に相談じゃないの?」
「四人に相談です」
「なーんだ。じゃあ今からでもいい?」
「いいんですか? まぁそこまでお時間はとらせませんから。小屋の奥のテーブルへ行きましょうか」
「はーい。なにかな~?」
ティアリスさんパーティ四人と俺とカトレアは小屋の中へ移動する。
そして一番奥のテーブルの席に着く。
「どうぞお好きなドリンクをご注文ください」
まだ昼カフェが終わったばかりの時間なので、カトレアは六人分のドリンクをカウンターで直接受け取る。
「ねぇなにかな? いい話?」
「どうでしょうか。まずお聞きしたいんですが、もう十二月になりましたがみなさん年末はどうされる予定ですか?」
「そうね、一度家に帰ろうと思ってるの。四月にここへ来てから一度も帰ってないしね」
「そうですか。ジョアンさんはどうされるんですか?」
「僕も家に帰ろうと思います。で、また年が明けてから一週間後くらいにここに来ようと考えてます」
「私たちもそんな感じかな。片道二~三日かかるからもう少し遅くなるかもしれないけど」
「なるほど。ティアリスさんたちは確か北東のラスの町でしたよね? ジョアンさんはここから北のボワールでしたっけ?」
「よく覚えてるわねそんなことまで」
「そうですよ! 凄いですね……」
もちろん覚えてるのはカトレアだ。
俺はさっき聞いただけで本当は地名すらろくに知らん。
「それで相談というのはですね、俺からの依頼を受ける気はありませんか?」
「「「「依頼!?」」」」
「はい。ラスとボワールの町に帰ったときにお願いしたいことがあるのです」
「冒険者としての依頼ってこと?」
「なんだか冒険者になったって感じがしますね!」
「「もちろん受ける!」」
「先に内容を聞いてもいい?」
「もちろんです。まず依頼内容ですが、ある魔物の魔石を取ってきてもらいたいのです」
「魔石!? 魔物討伐ってことね!?」
「冒険者らしくなってきましたね!」
「「よっしゃぁぁやるぜ!」」
やはり冒険者は依頼で魔物討伐となるとテンションが上がるんだな。
俺はそんなこわいことしたくない。
しかもまだ魔物の名前も聞いてないのにやる気満々だな。
「俺が欲しいのは魔石なので入手手段は問いません。極端なことを言えば買ってきていただいても結構です」
「え? そうなの? それなら楽勝じゃないの?」
「楽勝に越したことはありませんがマルセールでは手に入らなかったものですから。こうして家に帰るみなさんに依頼することにしたのです」
「あぁなるほど。マルセールの素材屋さんで売ってるのはほとんどここのダンジョンのものですからね」
「そうなんです。カトレア」
「……こちらが入手してほしい魔石一覧です」
「「「「え?」」」」
あっ、欲しい魔石がいっぱいあるとは言ってなかったか。
一覧を見せられて困ってるな。
「……結構欲しい魔石が多いのね」
「しかもこれ……」
「「……」」
感のいいティアリスさんとジョアンさんなら気付くかもしれないな。
「すみませんが依頼を受ける受けないに関わらずこの話は内密にしてもらえますか」
「え、それはもちろんだけど、本当にこの魔石をとってくるの?」
「う~ん、今の僕たちで大丈夫でしょうか」
「「……」」
まぁこれが普通の初級者の反応だろう。
魔物の名前を見て中級レベルの魔物が多いことに気付いただけでも相当知識があることはわかる。
「倒さなくてもいいんですよ? 魔石を買ってきてくれればいいんですから」
「……でもこの魔石売ってるのかな? 一覧の上のほうの弱いのならありそうだけど」
「僕一人で倒すことになるんですかね……地元で誰か仲間探さないと」
「ヤバい魔物なのか?」
「全くわからん」
お兄さん二人は中級レベルの魔物にビビってるわけじゃなくてなにも知らなかったのか……。
だから黙ってたんだな。
安心しろ、俺も同じだ。
「魔石一覧を見ていただいたところで期限と報酬についてお話させてもらおうかと思いますが、どうしますか? やめときますか?」
「……いえ、聞かせて」
「聞かせてください!」
「「お、おう!」」
「まず期限ですが、こちらは三月末とさせてもらいます。ですから今からだと四か月近くありますね」
「三月末……」
「四か月か……確かにこの魔物たちの情報収集から居場所特定、実際に討伐となるとそれでも少ないかもしれませんね」
「……よくわからないが」
「……ヤバそうだな」
そう、魔物を倒すことよりもまずは探すことのほうが大変になるかもしれない。
「みなさんの町に戻られてから情報収集すると早いかもしれませんね。もしかするとパルドであれば魔石が売ってるかもしれませんが」
パルドとはこの大陸の王都と呼ばれている都市のことだ。
カトレアがここに来るまで住んでいた場所でもある。
ティアリスさんたちの出身地のラスの町に行くには王都まで行ってから北上するのが一番早いそうだ。
「つまりラスとボワールの周辺に生息してる魔物ってわけね」
「そうですね。ロイスさんならそれくらいわかってて依頼してると思います」
「「う、うん、そうだな!」」
さすがに頭の回転が速いな。
「魔石を購入された場合でもその購入費用はこちらが払いますので」
「えっ? それならパルドで魔石が売ってたらすぐ買っちゃうよ?」
「もちろんそれでも構いません。俺が行って買うより買ってきてもらうほうが楽ですしね」
「そういう考えもありますね。おつかい依頼と思えばいいのか」
「はい、ですから依頼の達成条件はこの魔石一覧の魔石入手率90%以上とさせていただきます」
「「「「90%!?」」」」
厳しい依頼と思って当然だろう。
だってまだ初級者なんだからな。
「どうします? やめますか? 報酬まで聞きますか?」
「「「「……」」」」
悩んでるな~。
報酬が知りたいだろ?
でも悩んでるということは聞いちゃうと後には引けなくなるのがわかってるんだろ?
報酬がいいのに断るとカッコ悪いもんな。
報酬がたいしたことなくて断るなら早めに聞いたほうがいいよ?
「……じゃあまた別の機会にでも」
「待って!」
「待ってください! 聞かせてください!」
「「……」」
ほう、やる気はあるようだな。
「依頼を受ける前に報酬と内容を照らし合わせて考えるのは大事なことですよ。どちらか一方では成り立ちませんからね」
「……そうよね。報酬が内容に見合ってなければ断って当然だよね」
「……その通りです。まだまだ勉強が必要ですね。ありがとうございます」
「「……」」
少し気分を悪くさせてしまったか。
……カトレアに睨まれてる。
「では報酬の説明をさせてもらいます。成功報酬は5万Gです」
「「「「「「「「「5万G!?」」」」」」」」」
四人だけじゃなくキッチンの中から聞き耳を立てていた従業員の五人も驚いたようだ。
もうすぐ四時半だから食堂と入れ替わるぞ?
「はい、少ないでしょうか?」
「いえいえとんでもない! 多すぎて驚いたのよ!」
「そうです! いくらなんでも多すぎますよ!」
「「5万……」」
「そうでしょうか? 仮に二か月で依頼を達成したとしてもみなさんがこのダンジョンで稼ぐ額とあまり変わりはないんじゃないですか? それに依頼を受けている間も宿代や食費は当然かかるんですよ? それを考えると依頼を受けずにここで稼ぐのが一番効率いいと思いますが」
「それはそうだけど……私たちはどちらにしても一度家へ帰るつもりだったし……」
「僕らが初級者だから時間がかかるだけで中級者とかなら一か月もかからないのかもしれませんし……」
「俺はやってみたい」
「本来家に帰っても1Gも出ないんだからな」
5万Gでやってくれるのか。
でもいくら家に帰るついでとはいえ一か月で終わるとは考えにくいぞ?
中級レベルの魔物を十種類近く相手にするんだからな。
「おそらく時間がかかると思いますが本当に受けてくれるんですか?」
「えぇもちろんよ! どっちにしろそろそろ初級者は卒業したいと思ってたところだわ!」
「ですね! お金よりも冒険者としての依頼をしてくれたことが嬉しいですし!」
「「任せてくれ!」」
凄いやる気だ。
従業員たちも少し引いてる……かと思ったらもうシャッターが下りていた。
厨房エリアに転送されてしまったんだろう。
「外では本当に死の危険があるかもしれませんからね? セーフティリングはないんですから無理はしないでくださいよ?」
「わかってるわ!」
「修行の成果を見せるときが来ましたね!」
「「鉄の兜も買っていこう」」
ここまでのやる気を見せてくれれば十分だ。
「わかりました。成功報酬は5万Gですが、それとは別に支度金として1万Gをお渡しします」
「「「「えっ!?」」」」
「魔石を買う場合に現金がないと困るでしょう? もちろん魔石代は別でお支払いしますのでご安心を。買ったことや価格は正直に言ってくれると助かりますが」
「誤魔化したりしないわ!」
「もちろん信頼してますとも。だからこの依頼はみなさんにしかしてません」
「期待に応えて見せますよ!」
「それは心強いお言葉ですね。ではさらに何点か武器をお渡しします」
「「「「えっ!?」」」」
「カトレア」
カトレアは買取カウンターの中へ入り、用意してあった武器を持ってくる。
この四人はストアがオープンしてから防具はいっぱい買ってくれたが武器は買ってないようだからな。
そしてカトレアは俺を見ながら武器をテーブルの上に置いた。
……重かったんだね、ごめんなさい。
「「「「なっ!?」」」」
「鋼の剣、鋼の大剣、そしてこれは鋼で作った矢尻です」
「「「「……」」」」
「こちらもお渡しします。ただし、もし依頼が失敗に終わった場合は支度金とこの武器の料金合わせて16000Gをお支払いしていただきます」
「「「「……」」」」
「もちろん依頼成功ならばこちらの武器をどうしようがみなさんの自由です。どうされますか? 支度金も武器もいらなければそれでも構いませんよ?」
「いえ、違うの! やる! お願いやらせて! ビックリしただけだから……」
「鋼の矢尻……こんなの売ってなかったはずですけど、もしかして……」
「「うぉぉぉ鋼だ! やってやるぜ!」」
ティアリスさん用のものがないじゃないかと言われないか少し心配だったが気に入ってくれたようだ。
この依頼を達成してくれなければ俺の地下四階構想が崩れるからな。
そういやティアリスさんもジョアンさんも依頼のことで頭いっぱいで珍しく俺の目的にはなに一つ気付いてないみたいだ……。




