第百二話 売れ行き状況
「お疲れ様です」
「あら、お疲れ様」
「少しは落ち着いたみたいですね。大変だったでしょう?」
「そうねぇ~、ウチの防具屋では経験できない人の多さね。でも大変というよりも楽しいわ。それに全部フランの作ったものだから売れると嬉しいわね!」
「それなら良かったです。休憩は好きなときに取ってくださいね。昼間はお客もいなくなるでしょうし空き時間は休んでもらっても素材使ってもらっても構いませんから」
「わかったわ、ありがとう」
おばさんに助っ人を頼んでおいて正解だった。
商品の説明から試着システムや販売システムの説明、それに裾直しなど、フランとホルンの二人だけじゃとても手が足りなかっただろう。
経験のある人はやはりこういう場での落ち着きが違うな。
決して年齢のことを言ってるわけではないからな?
「ホルン、お疲れ」
「お疲れ様です。本当に疲れました。まだ終わってないんですけどね」
「みんな昼食食べたらダンジョンへ行くだろうし、次は夕方だな」
「そうだといいんですけど。さすがにこの忙しさは今日だけであってほしいです」
「ははっ、まぁ気楽にな。で、武器はなにが一番売れてるんだ?」
「やはり鉄の剣ですね。十本出てます。次は意外にも爪です。鉄の爪が四本出ました」
「おぉ、みんなまだ見てるだけかと思ったらもうそんなに売れてるのか。さすがに鋼はまだ買えないみたいだな。でも本当に爪が売れるんだな」
「アイリスちゃんの見立て通りでしたね。それと聞かれることが多かったのが盾ですね。やはり作るべきでしょうか……」
「エルルは作ったことないんだろ? それなら今は焦って作らなくてもいい。どうせ杖や弓もないんだ」
「そうですね……。盾は町で買ってもらいましょう」
「あぁ、それでいいと思う。そういやフランは?」
「試着室でアドバイスしてます。サイズが色々ありますので」
「そうか」
ウチの裁縫職人が女性で良かった。
当ダンジョンは女性にも優しいですってアピールできるな。
「防具の売れ行きはどうなんだ?」
「フランちゃんが最初に持ってきた服が結構売れてますね。やはり価格が安いからだと。鎧は鉄の鎧が五着売れてます。あとは男性も女性も中に着るインナーを購入される方が多いです。ダンジョンの特殊綿とカイッコの合成素材というのが耳に入ってるようですね。涼しい物から暖かい物まで幅広く売れてます。外はひんやりしますがダンジョン内では暑くなることもありますからね」
「あの暖かいやついいよな。俺も今着てるもん。夏には涼しいやつを着たいな」
生地は薄くて触ってもそんなに暖かく感じないのに着てるとなぜか暖かいんだよな。
この手のインナー類は元々おばさんが得意としていたようだ。
だからフランも負けじと作れるようになり、色々生地を変えて試作を繰り返したことがあるそうだ。
それをウチの素材で作ったら素晴らしい物ができあがったんだとさ。
「アルパッカを使った物はまだ売れてないですね。さすがに値が張りますからこれは仕方ないでしょう」
「ティアリスさんはなんのローブを買ったんだ?」
「確か綿とダークラビットのローブだったと思います。白を買われてましたね」
「あぁ、あれね。いいやつ買ったんだな。1000Gじゃなかったか?」
「はい。パーティの方の分もまとめて買われたので計3000Gは使われたんじゃないかと……。その後また一人で買い物されてるようでしたし……」
「それはまた改めてお礼言っとかないとな。用事があったしちょうどいい」
鉄の鎧は800Gだからそれが二つで1600Gか。
うん、確実に3000Gどころじゃないな。
おそらくまだまだ貯めてるんだろうな。
ヒーラーおそるべし。
「武器も防具も在庫は大丈夫か?」
「ちょっとお待ちください……鉄の剣だけもう少し作っておいたほうがいいかもしれませんね。あとでアイリスちゃんに言っておきます。防具は……やはりインナー類を追加するべきでしょうね。これはおばさんに作ってもらいましょう」
「フランが作るんじゃないのか?」
「それが……ついさっきのことなんですけど、ママが空いてたらインナーは全部ママに任せるってフランちゃんがおばさんに言ったんです。インナーは素材勝負でデザインはシンプルでもいいからそれならおばさんのほうが向いてるってことらしいんです。下着はフランちゃんが作るみたいですけど」
「へぇ~、あれだけ自分で作ることに拘ってたのになぁ」
「そうなんです。おばさんは服やローブのデザインとか色使いに悩んでいたようですしね。それならインナーは任せなさいと張り切ってました」
「ふ~ん、フランがそう言うんなら任せるか。一人じゃ大変だからな。おばさんは家でも作業できるんだよな? フランが土曜帰るときに一週間で作れる数の素材を持っていって、一週間後の月曜に納品してもらう形にしようか。今週は泊まっていくんだよな? 一度三人で話し合ってもらえるか? お金のことも含めてさ。おばさんがここで作業したいって言うのならそれでも構わないから」
「わかりました。おばさんに作業を任せられる分、フランちゃんには別の物も作ってもらえますしね」
「あぁ。それとホルンもだが給料は多少高くてもいいんだぞ? 朝から晩まで営業時間は長いんだし、その間にやってもらってることもいっぱいあるんだしさ」
「いえ、貰いすぎだと思ってるくらいですから。というか本当に貰いすぎなんです。それに私は三人とは違ってなにも作っていませんし」
「それは関係ないって言っただろ。ほら、少し休憩するといい」
アイリス、エルル、フランには売り上げで賃金が変わる歩合制を提案したんだがあっさり拒否された。
そうしたほうがいっぱい稼げるのは間違いないんだが、ダンジョンの素材でダンジョンストアの営業時間中に武器や防具を作成してるのだからみんなと同じにしてほしいとのことであった。
確かにウチの従業員なんだからそれもそうかと思い直したが、もし歩合制にした場合のホルンの立場のことも考えていたのであろう。
色々考えた結果、ホルンにはダンジョンストアの店長を任せることにした。
ホルンが店全体の在庫を管理し、客のリサーチを行うことで、三人が自分の仕事に専念できるようになることを期待してのことだ。
フランには防具作成だけじゃなくお客が多い時間帯には冒険者へのアドバイザーとして店にも顔を出してもらうようにお願いしている。
アイリスとエルルは……うん、店のことはホルンに任せて二人には自分の仕事に集中してもらいたい。
給料は飲食店の従業員たちよりは多い。
これは単純に八時~十九時過ぎまで働くことになるからだ。
ただしエルルは十時半からだから他の従業員と同じだ。
ゲルマンさんやおじさんも心配してたアイリスが給料を受け取らない問題も発生することなく、働いた分はきちんと受け取ってくれている。
エルルも小遣い程度しかもらっていなかったらしく、一週間分の給料に最初は凄く驚いていたのが印象的だ。
まぁそれはエルルに限らずほとんどの従業員がそうなんだが。
五月から働いている四人は時給にして120G、一日八時間計算(実際は八時間も働いていないが)で960G、六日間で5760Gのところを各種手当込みで6000Gの週給としている。
アイリスとフランとホルンも同じ時給で、一日九時間半計算で1140G、六日間でキリがいい7000Gとした。
リョウカとハナとアンとエルルはまだ時給100Gで、六日間で5000Gだが、一月からはみんなと同じ時給120Gにしようとララとは話している。
ここでは食費もかからないから従業員たちはお金がどんどん貯まっていってるらしい。
週六で働いてるから使う暇もないしな。
さすがに冒険者たちもここまで安定して多くは稼げないだろう。
しかも冒険者たちはダンジョンのお客としてお金もいっぱい使ってくれてるし。
…………ん?
「下着を作るって言ったか?」
「はい。女性用だけじゃなく男性用もですよ」
「男性用も作れるのか。それはいいな。でもそれは防具って言えるのか?」
「それは……。でもここの素材で作るんですしギリギリセーフじゃないですか?」
「まぁいいか。それを言ったらインナーの時点でおかしくなるしな。とにかく忙しくても食事はしっかりとれよ。店に誰もいなくてもウサギたちがいるんだからさ。じゃあまた後で見にくるからしっかりな。ホルン店長」
「店長……。はい、フランちゃんやアイリスちゃん、エルルちゃんにもしっかり休むよう言っときます。店長として」
……嬉しそうだな。