第百話 ダンジョンストア
「なによこの広さ……」
「マルセールの武器屋と防具屋を足してそれより少し広いくらいかと思ってましたね……」
「「うぉぉぉ剣があるぞ!」」
そうだ、まずはその広さに圧倒されることだろう。
町の店と同じと考えてもらっては困るな。
なんとか八時にオープンすることができたが、店内にはまだ数人の冒険者しかいない。
月曜といえど小屋が開いてない八時までに来る人は少ないし、八時に来てもまず朝カフェを利用しようとするからな。
それにダンジョンストアの入り口前には飲食厳禁と書いてあるから礼儀正しいここの冒険者たちはそれを破るようなことはしない。
ダンジョンストアの存在に気付き慌てて入りたがる姿もなかなか面白いな。
「私はローブ見てくるね。ジョアン君は服?」
「はい。でもシステムがまだよくわかりませんね。あっ、お兄さんたちのことは見ておきますからごゆっくりどうぞ」
「うん、ありがとう。女性専用コーナーも見てくるからまた後でね」
システムについてはそこら中に書いてあるからここに通ってくれてる冒険者たちならすぐに理解できると思う。
試着室については一度使ってもらわないことにはわかりづらいかもな。
「ロイス君……挨拶くらいしないと感じ悪いですよ?」
「ん? あぁ、おはようございます……おはようございます」
俺が水晶玉に夢中になってる隣ではカトレアがせっせと受付をこなしてくれている。
ララとユウナはダンジョンストアのバックヤードに行ってしまった。
他の従業員たちと裏からこっそり覗いてるんだろう。
「……みなさん案外気付かないものですね。入り口が一つ増えてるのに」
「正面から見ないとわかりづらいかもしれないからな」
ダンジョンストアに入りたくても朝カフェの時間は九時までだし、でも朝カフェのセットを買うと軽食は鞄に入れれてもドリンクは飲まないといけないしでどうしようか悩んでる人も多いようだ。
ダンジョンストアは逃げないからまずはゆっくり息を整えてほしい。
でもダンジョンストアに長くいられるとその分ダンジョンの中にいる時間が減ってしまうな……。
これは少し盲点だったかもしれない。
でも武器防具の店があると気分的に嬉しくなるから後悔はしていないぞ。
俺は戦わないから必要ないんだけどな。
でも売ってる服を見て良さそうなのがあれば買おうと思ってる。
防具としてではなく服としてな。
昨日のプレオープンはみんな見るだけで買うことは少ないのだろうなぁと思ってたらそうではなく、普段使いの服として買ってる人も多かった。
家族割引ということで二割引きにしたことも関係あるかもしれない。
奥様たちにはアルパッカの毛皮を使ったコートが人気のようだった。
毛皮の割合で価格が違うが、一番安い物でも2000Gとかするのにな。
俺が勝手にコートとか言っちゃってるけど一応防具だからね。
防御力とか凄いらしいよ?
俺にはコートとローブの違いがさっぱりわからん。
ローブのほうが少し丈が長い気もするな。
フランが言うにはローブは魔力を高めるために着るらしいが、このダンジョンの毛皮や綿を使った服は全部魔力も防御力も高くなるんじゃないのか?
そうするとマルセールの奥様連中が魔道士だと勘違いされることもあるんじゃないか?
……でも防御力が高いのは悪いことじゃないよな。
ティアリスさんはローブの種類の多さに驚いてるようだな。
ん? キョロキョロしてどうした?
もしかして店員を探してるのか?
あっ、フランが気付いた。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
「ローブの説明が聞きたくて……これ毛皮って書いてますけど魔物の毛皮ですか?」
「はい。当ダンジョンで育成してる魔物の毛皮です。こちらの商品は毛皮20%ですね。当ダンジョンで栽培してる特殊な綿と混ぜて生地を生成してますのでいい品だと思いますよ。そちらは毛皮50%ですが当然お値段も高くなってしまいます」
「……ちなみになんの魔物の毛皮かお聞きしても?」
「……誰にも言いませんか? オーナーからは内緒にするように言われてるんです」
「え……なら聞かないほうがいいのかな……」
「お客様だけにはお教えしましょう。なにしろ当店の記念すべきお客様第一号ですからね」
「え……いや……内緒にできる自信ありませんし……」
「ふふ、内緒にしてるのは本当ですがお客様から質問があった場合には言ってもいいと言われてるんです。なんの魔物かわからなかったら不安になりますもんね。でもなるべく言わないでいただけるとありがたいです」
「そうなんですか……わかりました。教えてもらえますか?」
「……アルパッカの毛皮です」
「アルパッカ!? ……あっ、大きな声出してすみません。アルパッカって凄く希少で価格ももっと高いように認識してたんですけど」
「えっ!? よくご存じですねお客様! そうなんです! 本来アルパッカはこの価格ではとてもお出しすることはできないんです! しかもこの綿も普通の綿とは違うんです! このダンジョンで栽培すると質が数段良くなるんですよ! とても市場には出せません!」
「……あの、もしかしてあなたがここの裁縫職人さんですか?」
「はい、そうです! ……あっ、失礼しました。防具のことになるとつい……」
「いえ、熱意が伝わってきて好感が持てます。さっきロイス君に特殊な素材を使ってるから高いと聞いてたんですが……普通のローブがこの価格だと確かに高いですが、この素材とローブの出来を見るとこれでも安いように感じてしまいますね」
「素材だけじゃなくローブの出来も見てもらえてるんですか? ありがとうございます。オーナーはもっと安くと言ったんですが、さすがにこれ以上安くすると色々と問題が発生しますからね」
「転売されるかもしれませんしね」
「私もそれは言ったんですが、ここの冒険者たちに限ってそんなことはないとか、もしあっても出禁にするから問題ないとかしか言わないんです」
「ロイス君らしいですね。確かにこのダンジョンを敵に回すようなことはここを知ってる人なら誰もしませんもんね」
「ふふっ、さすがティアリスさんですね。オーナーのことをよくご存じのようで」
「えっ!? 私のことを知ってるんですか!?」
「もちろんです。リサーチも私たちの仕事の一つですよ? といいましてもティアリスさんパーティを見るように言ったのはオーナーなんですけどね」
「ロイス君がですか?」
「はい。武器も防具も戦い方もバランスのとれたパーティだからって。お気に入りのようですね」
「ロイス君がそう思ってくれてたなんてなんだか嬉しくなりますね。でも戦い方なんて見たことあるのかな……」
「……よろしければ他のローブもご案内いたしますよ? 町の防具屋よりはずっと素材もいいのでぜひご覧ください」
……まぁ許してやるか。
急に話題をローブに戻したのは自分が口を滑らしたことに気付いたからだろうからな。
だって俺が戦い方まで見てたらおかしいに決まってる。
ずっと管理人室にいるんだから。
それなのに戦い方を知ってるとなるとなんらかの方法でダンジョン内を見てることがバレてしまう。
勘の鋭いティアリスさんなら気付くかもしれないが、そういったときのためにララとユウナを普段からダンジョンに入らせてるんだ。
二人から聞いたと言えばなんとでもなるからな。
「……みなさん楽しそうですね」
「あぁ、冒険者にとって装備は自分の体の一部だからな」
「……あの、さっきティアリスさんが言ってたことなんですけど」
「ん? アルパッカのこと?」
「……いえ……防具への魔法付与や……ユウナちゃんの杖のことです」
「……そのことか。気にすることないぞ」
「……」
聞こえてたのか。
気にするなって言っても気にするんだろうな。
みんなから期待されてるのにそれができないってことは相当こたえるだろう。
本人にしかわからない苦悩だな。
この前勉強するって言ってたのもおそらくそのことだろう。
あえて俺はなにもわかってないふりをしたがそれが魔法付与のことだとは気付いていた。
武器や防具に魔法付与できる錬金術師なんてほんの一握りらしいからできなくても仕方がないのに、カトレアはそれを自分の力不足としか感じないらしい。
四月に向けて色々とやってほしいことはあるが、今は少しくらいゆっくりしてくれてもいいのに。
「魔法付与のことはしばらく考えなくてもいいんじゃないか? あれは錬金する本人が付与する魔法も使えないとダメなんじゃないの?」
「……詳しいことはわかりませんが、たぶんそうだと思います」
「それだとカトレアは魔法の勉強からすることになるだろ? 確か初級の攻撃魔法は少し使えるんだっけ?」
「……少しだけですが……あまりそっち方面は興味がなかったもので」
「それなら今から魔法を勉強するより他の錬金術を勉強したほうが良くないか? それこそダンジョンコアみたいなものが作れるようになるかもしれないだろ?」
「……それはそうかもしれませんが」
「納得できないか。ならこういうのはどうだ? カトレアが魔法を覚えるんじゃなくて魔法付与はララとかユウナにやってもらうってのは? カトレアは錬金釜にまず武器や防具を入れて魔法付与可能な状態にするんだ。その状態のままララやユウナが付与する魔法を錬金釜の中に放つ。カトレアはその魔法を錬金術で操作して武器や防具に上手く取り込むんだ」
「……」
「錬金も魔法もできない素人が適当に思ったことを言ってるだけだから参考にはならないだろうけどさ。あの杖だって杖の先についてる魔石? 鉱石か? そこから火魔法が出るんだろ? ということは魔石か鉱石に火魔法が込められてるんだよな? でもユウナはどうやって自分の魔法と火魔法を区別してるんだ? そう考えると魔法剣ってやつのほうが単純で簡単に思えるんだけどな。例えばミスリルなら媒体としても使えるんじゃないのか? 剣に魔力を込めるだけで特定の魔法を纏わせることができたらいいんだろうけど、錬金術で魔法付与がしやすい状態のままで完成させて、剣には使用者本人が都度魔法を込めるようにするとかだったらまだ錬金術としては簡単なんじゃないか? ララだと右手に剣持って左手で魔法放ったりしてるんだからさ。でもその魔法付与可能な状態にするのが難しいんだよな。適当なこと言ってすまん」
「……」
「要するにカトレアにやってほしいことはもっとたくさんあるんだから、そこまで魔法付与に拘って欲しくないんだよ。中級者向け階層ではもっと新しいこともしてみたいしさ」
「……」
余計なことを言ってしまったかもしれない。
俺に錬金術のことで口出されたくないよな。
「……ロイス君……ありがとうございます」
「え? なにが? 怒ってない?」
「……はい、きっかけが掴めそうです」
「そうなの? なら良かったけど、無理はするなよ?」
「……はい」
魔法付与ができそうってこと?
もし本当にできるのならダンジョンストアの商品も格段に幅が広がるな。