第十話 背水の陣
「それじゃあやるわよ?」
「うん! やっちゃって!」
ドラシーはテーブルの上に置かれた水晶玉に両手をかざし魔力を込めはじめた。
時間にして五分ほど、俺とララはそれを固唾を呑んで見守っていた。
「ふぅ~、これで完了よ」
「お疲れ様! もう見てもいいの? お茶でも飲む?」
「えぇもう見れるわよ。自分でコーヒー出すから大丈夫よ、ありがとう」
ララは食い入るように水晶玉を覗き込みはじめた。
ドラシーは愛用のクッションに座り、コーヒーを飲んでいる。
俺はそんな二人をソファに座ってぼーっと眺めていた。
「お兄見て見て! 本当に変わってる!」
「……あぁ、そうだな」
「ちょっとお兄!! なんでそんなテンション低いのよ!」
「いや、そんなことはないぞ。……本当だな。早速入ってみるか」
「うん! 早く行こっ!」
……正直かなり疲れているせいでテンションはどん底だ。
今週のお客は全部で十人。
ということはいつもの倍近くを魔物退治で稼がなければ生活費がままならない。
お客は来なかったが、空いている時間は新しく階層を設けることになった栽培エリアの調整や、地下一階の詳細案、地下二階の構成案などを考えていた(主にララがだが)。
そのため、いつもは金曜や土曜にも魔物の素材集めしていたものを今日日曜の午前中だけで行うことになったんだ。
シルバだけじゃなくピピにも手伝ってもらったからなんとかなったものの、町からは食料品などが入った重い袋を両手に持って走って帰ってきたこともあり、ただただ疲れていた。
シルバも疲れていたのか帰ってきてすぐ寝だし、ピピはどこかへ飛んでいった。
俺も飛べたら楽に違いない。
もっとでかくて飛べる魔物を仲間にできないだろうか。
はぁ~、それにしても疲れた。
明日も誰も来なかったら本気でマズイよな。
そんなことを考えながらグッタリした様子で地下一階へやってきた。
「わぁ、ずいぶん広くなったね!」
「そうだな」
地下一階へ入ってすぐ、今までは五メートルほどしかなかった通路が二十メートルほどにまで広くなっていた。
天井も前より少し高くし、明るさも前よりだいぶ明るくなっており、とても前と同じ洞窟フィールドとは思えない。
「入り口は大事だからね! それだけでだいぶとダンジョンのイメージが変わるの!」
ララは胸を張って誇らしそうに言った。
「じゃあ順番に確認していこうか。まずは敵の配置場所や数だな」
ダンジョンに入ってすぐは敵は単体でしか出現せず、奥へ進むに連れ複数で出現したりダークラビットが出現したりする。
また、敵が出現するポイントも固定の場所とランダムの場所を混在させ、出現頻度は冒険者の数に応じて増減するように設定した。
道中、分かれ道は何本も用意したが、行き止まりはなく、どのルートからでも先で合流するようにしている。
「うん、休憩エリアはなかなかの出来だな」
「ダンジョンの中で敵を気にせず休憩できるっていいよね!」
半分より少し行ったところに休憩エリアを設置。
このエリアには魔物が入ることはできないと誰が見てもわかるような結界を張った。
湧き水を上から下へ流れるように設置したり、ベンチとテーブルをいくつか設置したりと、景観だけでなく体力回復に努めやすくしたつもりだ。
なお、ダンジョンに入った冒険者は体力を徐々に吸収されていくが、この休憩エリアではその吸収を止めることにした。
そして、地味ではあるが冒険者にとってはかなり嬉しいであろう、トイレを設置してみた。
しかも男女別で、洗面スペース付きだ。
そもそも魔物のダンジョンにトイレなんてあるわけない。
この大樹のダンジョンでもこれまでは岩陰や草むらなど一人分のスペースをいくつも設置することにしていた。
排泄物や紙くずなどは一定時間後にダンジョンに吸収されるし、トイレの必要性はそこまで重要なものとは考えていなかった。
だがそこはララの女性目線の意見や、この前訪れた青年の「休憩中もビクビクしていた」という言葉などを思い出し、設置に踏み切ったわけだ。
次に、地下二階へ行くルートからは少し外れたところに薬草エリアを設置した。
まずは薬草のみを配置し、どのくらいの需要があるかを実験してみることになった。
別階層として新設されていた栽培エリアでは既に運用が始まっており、そこで成長し、採集され、タグを付けられた薬草は数百枚にもおよんでいる。
それをこのエリアにある魔力で作った薬草の本体に魔力で取り付けていき、いかにも本物であるかのように見せかけるわけである。
「ララ、設置部隊を呼ぼうか」
「もうすぐ来るわ!」
すぐに壁際から数匹のウサギが現れた。
ピョンピョンと跳ねながら近寄ってきて、俺とララの前で立ち止まった。
「来たわね! じゃあ早速やって見せてくれる?」
ウサギは無言で頷きそれぞれの担当区域へ散らばっていくと、首から下げた袋の中から器用にタグ付き薬草を取り出し、魔力薬草の本体へ取り付け始めた。
ウサギといっても魔物であるアンゴララビットだ。
栽培エリアでは数十匹のアンゴララビットが作業をしている。
なぜアンゴララビットを採用したのかって?
ララの「真っ白でフワフワな毛が可愛い!」って鶴の一声で決まっただけだよ。
「凄い凄い! よくできたね~じゃあ帰って食事にしていいよ!」
「……ここの魔物は食事を取る必要はないんだけど」
「可愛いからいいの!」
完全にペット扱いだ。
ウサギたちは来た道と同じ道を帰っていった。
実は地下一階を見回り巡回する魔物もこのアンゴララビットだ。
栽培エリアがある階層と各階層の移動は転移魔法陣を用いて行っている。
ちなみにダンジョンの入り口から地下一階に行くときは階段を下りているが実際には途中で転移魔法陣を通っている。
各階層の最奥には次の階層と行き来できる双方向の転移魔法陣と、地上へと戻る一方通行の転移魔法陣を設置してある。
これによって冒険者はどの階層からでもすぐ地上に戻れるようになる。
この薬草エリアにも権限を持つ魔物だけが通ることができる転移魔法陣を設置していた。
ただし、ダンジョンコアであるドラシーは転移魔法陣を使用しなくてもどこにでも転移させることができる能力を持っている。
薬草エリアの確認を終えると、そのまま最奥まで進んだ。
「問題はなさそうだな。じゃあ戻るか」
「ちょっと待って! 地下二階も見てくから」
「地下二階も? 来週に備えての下見か?」
「元々地下二階で出ていたダークラビットを地下一階に配置したでしょ? だから同じ魔物が出るのも味気ないなぁと思って少し変更したの」
「へぇ~そうなのか」
ララは色々考えてやってくれているようだ。
うん、ララに任せとけば安心してのんびりできるな!
地下二階へやってきた。
少し進むとここでは見慣れない動物たちがそこにはいた。
「ララ、これはなんだ?」
「きゃーっ、可愛い!! お兄、触ってみてよ! ほら? 凄いモフモフだよ!」
むりやり触らせられたが、確かにこれは気持ちいい!
シルバの毛と甲乙つけがたいな!
どうやらここは犬と猫の動物と触れ合おうエリアかな?
名前はわからないが凄く可愛くてとても魔物とは思えない!
このエリアはいいな!
「……ララ」
「なぁに? この子家に連れて帰ろうかなぁ」
「却下で」
「え、ダメ? 可愛いよ? あっ、魔物は地上へは行けないか……」
「そうじゃなくて、この魔物たち全部撤収ね」
「なんでよ!?」
「帰るぞ。ドラシー頼む」
ドラシーの強制転移でダンジョンから出た。
ララは怒っているのか、俺を睨んでいる。
ダンジョンの出入り口であった洞窟付近も少し改装した。
洞窟は管理人室から見て左斜め前方約五メートルの場所にある。
ここは今までと同じで地下一階へと通じる双方向の階段(転移魔法陣)となっている。
その洞窟から約五メートル離れた場所、管理人室から見て真正面に当たる場所に十人程度が入れる休憩小屋を新しく設置した。
小屋への入り口も管理人室の真正面にある。
中にはベンチ、テーブル、トイレを設置。
また、小屋の外の洞窟側の壁際には水道を設置、小屋の入り口横の壁際には回収箱を設置しそこに採集袋を返却してもらうようにした。
「なんとか大きな問題もなく明日を迎えられそうだな」
「……お兄、今日ご飯作らないから」
「なっ!?」
今日は楽しみにしてたカレーのはずだったのに……。