5.ファーストキス
前回の続きから。
実は野菜の家を建ててから2年が経ったと思っていたが、外の世界だと20年以上経過していた。
「..えっ」
突然の浦島太郎現象に二の句を告げられなかったが、何とか現実に戻ってきた私はその後簡単に説明してもらう下りとなったのである。
私はいまだ理解できていないのだが、魔法使いさんによると野菜の家があるこの空間と、外の世界とでは進む時間の長さが違うらしい。
「だから外の世界で換算すると
あんたが前言ってたアラサーだったか?
そこらの年齢のはず。
精神年齢も変わらないし、何ら問題はないな。」
「問題大有りだよっ!待ってちゃんと私が理解できるように説明して」
「だが約束は..」
「守るからっ!」
魔法使いさんは渋々立ち上がり物置に姿を消すと、少しガサゴソ音を立て、その後何か巨大な黒い棒のようなものを軽々と持って、戻ってきた。所々白い傷がついている。
「これは唯一残ったお菓子の家の残骸だ」
「全部腐ったんじゃ」
「このお菓子は東洋の魔女から新築の相談をしたときに頂いたふ菓子だそうだ」
「ふ菓子」
「知っているのか?」
「まぁ、前世でね」
私は大黒柱という商品名のふ菓子を思い出す。
「師匠は大黒柱の代わりになるようなお菓子を探したがが、見つからなかったらしい。そこで遠い異国の地にいる友人なら知っているかもと東洋の魔女に連絡したそうだ。そうしたらこのお菓子を寄越したんだと言っていた。」
「へー」
「しかもこのお菓子には東洋の魔女から魔法が付与されていて、俺でも解くことはできない」
「魔法使いさんでも解けないなんて、かなり強力な魔法なんだ」
「あぁ、そのためあの中でも唯一腐らずに残ったわけだが、ここ、長く線が引っ張てあるだろ」
確かにそこには4,5本適当な間隔を開けて引っ掻いたような白い線がある。
「これがどうしたの?」
「これは俺が師匠が出て行ってから数年間だけあの家で書き足していった線何だが」
よめた
「身長を測ったの?」
「よくわかったな、そうだ」
大黒柱を見ると身長を測りたくなるのは異世界でも共通らしい。
今魔法使いさんをは測れば一番高いところにある線から、優に50cmは伸びていそうである。
「師匠は、家を出ていく前にこの空間がお前にとって地獄になることを願うと言った。だから俺にとっての地獄を考えた場合簡単に答えに行き着いた。」
「?」
「これはその検証結果の裏付けのために着けた跡だ」
大黒柱に記した身長が彼の地獄とどう関係するのだろう。
私はあまり触れてほしくないことだろうと恐る恐る問いかける。
「その、出来ればでいいんだけど、地獄っていうのは」
だが、予想と違って魔法使いさんはあっけらかんと答えた。
「あぁ、孤独だ」
「孤独?」
「言っただろう、この空間と外では流れる時が違うと。
始め俺は先程の仮説をたてると、裏付けのために身長を測ってこの大黒柱に刻み込んでは町に出かけた。
それを1年ごとに繰り返したんだ。その中で親しい友人も出来た。
そして俺が予想した通り、彼らはあっという間に成長して死んでいった。
俺が外に大切な人が出来ても、彼らは直ぐに死んでいくんだ。
だから、俺は永遠にここで一人孤独に耐えながら長い時間を過ごすはずだった。」
あまりにも感情のない声で無表情に語るから、きっと彼は悲しみを通り越して無になったんだと思った。
気が付けば私は出来ることがあったはずだと、今になっては何の意味もない解決策をあげ連ねていた。
「今の私たちみたいに誰かと住むとか」
「ここに来れるのは、選ばれた人間だけなんだ」
「選ばれた人間?」
「俺が望んだ相手か俺のことを強く思った者
もしくは生きたいと強く願った人だ」
「魔法使いさんは...」
「あんたが来る前、俺はずっと一緒に生きてくれる人を求めていた
俺が誰かを望むようになってから、誰一人この家に来なくなった
だから、あんたが来たとき夢かと思った」
「....じゃあ、じゃあこの家を出ていくのは」
「俺はこの空間に縛られている」
「でも、一緒に旅出来たし」
「あれは溜まりたまった解放日を一気に使ったんだ」
彼は私の解決策を次々に論破していく。彼も今の私のように希望をもって同じ行動に出たのかもしれない、そして目の前の残酷な現実に打ちひしがれたのだ。
お菓子の家に維持魔法をかけたときから、この土地の管理者になる契約を結んでいる。それはこの空間を管理することで管理者は囚われの身となり、代わりに永い時間(世界に取り残される)と枯れることの無い食料を手にすることが出来るという内容だ。
それを魔法使いさんは知らずに結んでしまった。
そして思い出した。確かにあの童話の魔女は、自分から家を出てお菓子を餌に子どもを拐う方が簡単なはずなのに、あくまで迷いこんだ子どもをおびき寄せていた。
もしかしたら魔女もこの家に囚われていたのかもしれない。
だが、今はそんなことより私の希望的観測によりさらに彼を傷つけたこと、私の自己満でしかないあの旅に彼の自由な日々を奪ってしまったことにたいしての申し訳なさで一杯だった。
「ごめんなさい」
「謝らないでくれ」
「でも」
「あんたとの旅は本当に楽しかった。
それに、洗濯干しや畑とか家から見える範囲なら、自由に行き来は出来たんだ。
だからこの家に残ったのは俺の判断なんだ。
それにあんたに会えた。
それだけでもあんな日々にも意味があったと思う。」
魔法使いさんはたくさんの人たちと出会いたくても、きっと自分には意味がないと感じていたんだろう。
だが、初めて一緒に生活できる私という存在を見つけたことで、今の現状を受け入れられるようになったのだ。
「わかった。でも、これだけは言わせてほしいの。ありがとう、魔法使いさん。」
だが、魔法使いさんは困って泣き出しそうな、でもどこか安心したような顔をしていた。
「俺の方こそ本当は謝らなければならないんだ。実はあの家を作り直したとき、あんたにも手伝ってもらっただろう?」
「うん、玄関のドアだよね」
「あのときあんたも管理者の一人になったんだ」
時間が止まった。自分の手が微かに震えている。
「どういうこと?」
「勘違いだけはしないでほしい。俺はすべてわかっていた上で、あんたを巻き込んだ。
もうあんたなしでは生きていけない、
逃げられるわけにはいかないと思った。
だから、管理者という形で俺のそばに縛り付けた。」
魔法使いさんが、彼が、何をいっているのかわからなかった。
「....」
「あんたは怒っていい。いや、怒る権利がある。だから、なぐってぶっ!「ていやあああああああ」」
先手必勝とばかりに、気づけば私は魔法使いさんを震える拳でぶん殴っていた。
「信じられないっ!私がそんなに柔に見えるの?あなたの寂しさを受け止められないほど頼りない存在だと、逃げていってしまうほど薄情な人間だと思われていたのっ!?」
「違うっ」
彼は直ぐに否定したけど、続く言葉を紡げないようだ。
つまりはそういうことなのだ。
「違わないでしょ。
私のことをどこかで信じていないから
言っても無駄だと決めつけているから
相談もなしに勝手に私を巻き込んだんでしょ?」
彼も今度は反論しなかった。
それが、余計哀しみを煽った。
「ねぇ、わかってる?今私がどれだけ惨めに感じているか。
縛りがなければ苦しみを打ち明けてもらえなかった、
願いを聞きだすこともしてあげることも、
何も出来なかったの。」
「俺は十分あんたに救われたんだ!
だからこそ不相応にもあんたと幸せな人生を歩みたいなんて夢を持ってしまったんだ」
「分不相応かなんて勝手に決めつけないで!私の夢は私にしかわからないでしょ」
「ああ、だから断られる前に独断で行動した」
「そういうことじゃない!」
思わず髪をかき回してしまう。
魔法使いさんは魔女ほどではないにしても、もっと私の言葉を素直に受け取るべきだ。
「聞かなきゃわからないでしょ!
いきなりのプロポーズをokしちゃうくらいには、
私だって魔法使いさんのこと思ってるんだよ」
魔法使いさんはいまだに手を固く握りしめ俯いている。
鈍感だから、もっとストレートな言葉でないと通じないようだ。
「私は魔法使いさんとなら
例え世界に私のことを知っている人がいなくなっても
二人ボッチになったとしても
これからの人生も楽しみにできるほど
大好きだって言ってるの!」
声を張り上げたせいで息が整わない。心臓が恐ろしいくらいバクバク鳴っているのも、絶対、絶対息切れのせいだから。
「ゆめ.か..」
他に言う言葉があるだろうに、ポカーンとしていまだ動く気配のない彼の手を、仕方がないので私から掴む。
それでもこちらを見ずに空を見つめ、ここが天国かなんてふざけたことをほざいてる魔法使いさんに、いい加減しびれを切らした。
彼の頭を両手でわしづかむと、私の方に向け
キスをした。
魔法使いさんの顔がだんだんと真っ赤に熱を帯びてくる。
だが、きっと私の顔は彼の比じゃないくらい真っ赤に熟れてトマトのようになっていることだろう。
すぐに踵を返し私を呼ぶ魔法使いさんの声を無視して自分の部屋に逃げ込むと、悶々としながらも幸せな気持ちで胸をいっぱいに、眠れない夜を過ごした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次の日
ガチャ
「魔法使いさん...おはょ「あんた!キス逃げなんて卑怯だ」
「当て逃げみたいに言わないでよ、失礼ね」
「うっ。俺が言いたいのはそう言うことじゃなくて」
「だいたい魔法使いさんがウジウジしてるから『チュッ』....えっ」
「初めては俺からしたかった」
プシューー..ボフンッ
「おいっ!おいっ、大丈夫か!」
最後まで読んでいただきありがとうございました