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46・(1993年・5月)

 一年の浪人のあと、遠い父のサポートで大学へ通い始めた。ただし敢えて偏差値は落とし、楽な大学生活にしようと思った。


 母も飲み屋には懲りたらしく昼間のパートを始め、一変した生活の中で、あっという間に恋人と呼べる同級――一歳年下の彼女もできた。思えば俺はずっと、恋人が欲しかったのかも知れない。いつも新しく始めることを苦手にしていた俺としては大きな進歩だった。


「関口君、次の講義どこを取るの?」


「あ? ああ、芹沢教授の――」


「いつも人気講義ばっかり取るのね。じゃあ二コマ落ちたら学食で」


 そこそこ可愛らしい彼女――猪又由美子が気になったのは、むろん名前だけだった。しかし女というのはこちらの視線に敏感で、三回目の授業で声をかけられた。


 ――「学食、一緒に食べない?」


 含むところのある笑顔だったが、俺はそれを断らなかった。理由はたったひとつ、彼女のことを忘れきるためだ。


「関口君って女の扱い慣れてるでしょう」


 大学で初めての合コンで、猪又由美子は酔った様子でしなだれかかってきた。


 俺は吸っていた煙草を消して、


「このあと、どこか抜けようか」


 何とも軽薄な言葉に、だが彼女は乗った。猥雑なビルの谷間を抜け、ホテル街へついて来た。

 驚くほどのこともなかったが、彼女は非処女だった。


「幻滅した?」


 ことが終わったあと、彼女は真顔で口にした。が、別にそんなことはなく、言うなればそれが始まりだった。初めてセックスをしたというだけの、それだけのありきたりの始まりだったのだ。


 彼女はそれから周囲の女どもに予防線を張り、どこへ行くにも一緒につきまとった。正直面倒だったものの、そういうものなのかと思ったりもした。


 しかし女心というのは厄介で、ある日、


 ――「関口君とつき合ってるとぞんざいな感じがするのよ」


 そう言われて関係は終わった。


 するもしないも俺はぞんざいに扱ってきたのだ。今頃気づいたのかと逆に笑えてきた。俺にとって恋はいつか破れるものであり、それこそが恋だった。いつか由美子が言ったようにキレイな別れだけが恋ならば、俺の中での恋は彼女が最初で最後だろう。お互いの心をぶつけ合うこともなく、しがみつくでもなく、キレイに別れたのは彼女をおいて他にはいない。


 今もまだ尾崎を聴くことがある。高校時代ほどではないが、その声を聴きたくなる。その理由を俺は知っているし、きっと彼女も聴いてくれているだろう。ただ、その中で、一方的なわがままがあるのも事実だ。彼女にだけは別れで終らない幸せな恋をして欲しいと。尾崎豊の苦しみや悲しみから遠いところで幸せになって欲しいと。それが、彼女の始まりを奪った俺の願いだ。


 いつも終わるのは簡単だ。


 始めることに比べれば。


 そして今日も俺は始まりを唄い出せずにいる。


                            ――了――


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