4(3月8日・金)
「じゃあ私、お店行ってくるけん」
彼女は週末になると母親の店を手伝っているらしい。それは頼まれた訳ではなく、いつからか自発的にやっているという。理由を訊くと、
――「だってお母さんひとりじゃ回らんとやもん」
らしい。親孝行というありふれた言葉が浮かび、それはそれで今どきの高校生には珍しく感じた。
「暗いから途中まで送るよ」
そう言う俺に、
「だって関口君、反対側やん。大丈夫よ、いつもの道やけん。じゃあね! 明日ね!」
そう言って夜の街へ駆けだしてゆく。今日もまた言えないことばかりが増えた一日だったと、自転車の鍵を開けて家路をたどった。
マンションへ帰るともちろん真っ暗だ。玄関で灯りをつけ、居間に入り、ソファーの上に脱ぎ散らかした母親の服をまとめて部屋の隅のカゴに投げてテレビをつける。
――田口って好きな奴がいるのか
その言葉を胸に抱えてもう二カ月が経つ。
壁のボトル棚のブランデーを取り、グラスに注いで一気に飲んだ。熱い液体が喉を焼きながら胃に落ちてゆく。高校に入ってからの悪癖だった。胸の奥にこなれない何かを抱える度、こうしてグラスを空ける。それを止めるべき人間は、どこにもいない。
テーブルにはいつもの五百円玉ではなく、何の手違いか五千円札が一枚置いてある。それを構わずポケットに入れた。財布に仕舞い忘れたのかも知れないが、帰ってくる頃にはどうせそのこと自体を忘れているのだ。ラッキーだった、とまたブランデーを注ぐ。夕食も食べていない胃にはかなりの負担だった。
「ヒュウガナユタか……」
由美子が熱を込めて話した歌手の名前を無意識に呟いた。声はテレビのノイズと混ざり、一人きりのこの身を震わせる。どうして俺は一人なのだろうという、薄っぺらではあっても根源的な問いを繰り返した。そして当然、その答えはどこからもやって来ない。ここに母と離婚した父がいればそれでよかったろうか。そう思うと、いつも寡黙で母の言葉を無口に聞いていた父の姿が目によみがえり、それも違う、と頭を振った。
無意味な空想が終わる頃には頭が重くなり、高校生なりに酒に酔うと、自室のベッドへ倒れ込むようにその身を横たえた。明日ね、そう言った彼女の言葉だけを救いに感じ、感じることに戸惑いつつ、目を閉じた。
重い頭はそのままに、この身の不幸を数えてはその理由を考えていた。
(俺が不幸なのは十七歳という歳のせいだ)
いつもの答えへ辿り着くと、虚無感と絶対的な無力感を味わう羽目になる。十七歳であるということは、いったいこの身に何をもたらしてくれているのか、よいことなど何もないと感じるのだ。だからといって早く大人になりたいという思いもない。俺には自分というものが気がつけばないのだ。いったい、いつが自分の始まりで、それは何を標にすればいいのだろう。
悩みというには漠然とした心の中の渦を消し去りたい。そして願わくば穏やかな心になってみたい。そう願うのはわがままだろうか。




