39(10月8日・火)
九月の試験も終わり、クラス中がどんよりとしていた。そんな中、またドタバタと教室に走り込んでくるのは由美子だ。今日は三年最後――高校生活最後の昼の放送だと聞いている。チャイムが鳴る。
この時期の授業はどれも淡々と進み、四時間目の体育という面倒な時間を過ごして昼を迎えた。
――皆さん、お昼のひと時こんにちは。供内高校放送部です。今日の放送は先週の予告通り、皆さんからのお便りと共に進めて行きます。担当は三年A組の田口由美子です。まずは日向那由多で『都会の暮らし』から。
曲が始まる。勉強中にすっかり覚えてしまった歌だ。猫を飼えない一人暮らしの女の人がキャットフードばかり買ってしまうという淋しい歌だ。その歌が小さくなる。
――まず最初のお便りは、二年のS・Hさんから。今はとにかく来週の修学旅行しか頭にありません! ディズニー大好き! ということです。学校生活いちばんの思い出作りですもんね。私たちの時はとんでもない集中豪雨で大変でしたが、晴れるようにお祈りしておきます。
日向那由多の曲がフェードアウトすると、流れるように次の曲へ入った。尾崎の『I LOVE YOU』だ。どうやら選曲はすべて彼女がやっているようだ。
――次は一年の女の子です。えー、三年の女子バレー部の先輩たち、お疲れ様でした。最後の県大会ホントに惜しかったですね。来年から私たちも上級生になりますが、先輩たちの教え通り頑張って行きます。あと半年、私たちのことを見守っててください。
彼女の癖のない声が、透き通るように教室を包む。俺はすっかりお馴染みになった彼女の弁当を食べながら、彼女いない席を見つめていた。
時刻は十二時四十分になり、BGMは『夕凪』になった。
――それでは、僭越ながら私事をひとつ。今日の放送で私は校内放送を終えますが、頼もしい後輩たちも育ってくれました。そんな仲間に、私からの最後のメッセージです。ちょっと早いですがこの歌を。尾崎豊で『卒業』」
さすがにそれはまずいだろうと思ったが、今から放送室に乗り込んでも間に合わない。それに、きっと彼女は教師からのお咎めも覚悟でその曲を選んだのだ。校舎の窓ガラスを壊して回る歌に、果たして教師連中はどんな顔を見せるのだろう。
弁当箱とCDを持った彼女がクラスへ戻って来る。
「大丈夫だったのか」
「ん? 何が?」
「その……『卒業』流したろう」
「ああ。別に何ともなかったよ」
そうか、とこちらがため息をついてしまう展開になった。が、事態は放課後へと繋がり、やはり職員室に呼び出されていた。それは最後の放送に力と勇気を振り絞ったあとの名誉の負傷のようなものだろう。ただ、そこまでして尾崎をかけたかった彼女の心情は計れない。
「おい、関口」
あれ以来まったく口もきいてなければ目も合わせてない柿本がカバンを手に近づいてきた。念のため先手を打つ。
「俺は用はないぞ」
「じゃなくて、あの歌知っとうとやろ」
「あの歌って」
「田口が最後にかけた歌さ」
不良学生の心を掴むとは、さすが尾崎豊だ。
「尾崎豊だよ。CD屋に売ってる」
「そげん金のなかけん頼みよるとやっか」
由美子の手にあるが、あれは俺のCDだ。柿本に貸すかどうかは彼女しだいにしよう。
「ああ、関口君がよかなら」
そう言って彼女は柿本にCDを渡した。すでに俺用の歌詞はコピーして、ブックレットは納めてある。
「ありがとな……」
消え入りそうな声で言うと、柿本は教室を出た。
「歌の好きな人に悪か人はおらんけん」
そうとも言えない、と思いはしたが、せっかくの彼女の言葉をムダにしたくなかった。




