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37(9月22日・日)

『がんにゃ』というのが彼女のお母さんのお店だった。


 急な招待へ素直に頷いたのは、まだ開店前だったという理由に落ち着く。


「まあ、準備しながらやけん。何か飲んで待っとかんね。ビールでも何でも」


 お母さんが平然と言う。


「私レモンハイね。叫び過ぎて声の嗄れた」


 お母さんは何の問題もないと言う素の顔でジョッキを手にする。


「彼はどうするね」


「いいんですか」


「よかとよかと。お客さんもおらんし。私たちの頃は十八歳は大人やったばい」


 一瞬迷ったが、由美子も飲むのならと思い、


「ビールでお願いします」


 そう答えた。


 クツクツと煮える鍋の匂いの中、シャッターを下ろした店でビールを飲んだ。


「那由多さんのアンコールの歌、前にライブで唄うただけやけんね。すごいレアよ」


「何かすごい歌だったな。『君という……』」


「『君という名の愛を殺して』ね。殺したいくらい好きって、どげん感じやろ」


 俺は思う。日向那由多という女性は、そう思えるまでに人を愛したことがあるのだろうかと。由美子の話では彼女は杉内さんと暮らしているらしい。ならば、それを聴かされる杉内さんはどんな思いだろう。それが見知らぬ他人であれ自分のことであれ、重く冷たい歌詞とメロディーは心を刺すだろう。


「関口君は誰がよかったあ?」


 レモンハイをスイスイと減らし、彼女が問いかけてくる。


「俺は……杉内さんがよかった。どこか尾崎に似てる……声とかそういうのじゃないけど、歌詞の真面目な感じとか、メロディーとか」


 ウンウンと由美子はジョッキを口に頷く。その隙を縫って、


「実はこの間、杉内さんのストリートを聴いたんだ。尾崎を唄ってもらった。俺は自分の人生にそうそう楽しいことも嬉しいこともないってあきらめてたけど、彼のお蔭で何か分からないけど希望を貰った気がした。だから……」


「だから?」


「俺は俺でいいんだなって、そう思った」


 言いたいことはもっとあったが、心のさざ波が言葉を少なくしていた。たとえばそれは、この店でお母さんの仕込みを見ながら由美子と話せることだったり、そして彼女が俺のことだけを見ていてくれることだったりした。それは彼女と出会ったからこそ生まれた、不意に訪れる小さな幸せだった。


「で、関口君。由美子の勉強の方はどげんですか」


 軽く動揺しつつも、


「今は重点的に一年の復習をしてるとこなんですけど。まあ、偏差値55くらいのとこには楽に入れるかと――」


 言葉を濁したが、彼女は瞬発力があるのでセンター試験でも一夜漬けで乗り越えられるだろう。


「アンタも関口君に迷惑かけんように頑張るとよ」


「はあい」


 彼女はジョッキを逆さにして氷を鳴らした。俺もビールを飲み干した。

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