34(9月21日・土)
「で! 明日、川端通りでイベントのあるっちゃん! 那由多さんも杉内さんも出るって!」
朝からテンションマックスの由美子が机の前で熱弁している。
最近はもう、柿本靖一派の嫌がらせもなく過ごしている。目が合えば睨み返していた。その分、他の生徒からも恐れられているのか、俺が学校で絡むのは彼女だけになっていた。そして同じく彼女も変わり者の扱いを受けているようだ。それだけが申し訳ない。
しかし彼女はそんなことに構わず、
「お母さんも来るけんさあ。一緒に行かん?」
日曜なら、と難しく考えず答えた。
「何時になるか分かんないけど、まあ行くよ」
杉内直己の歌が聴けるなら行ってもいい、というのが最大の理由だ。
放課後は家へ一旦帰り、荷物を軽くした。秋晴れの下、自転車も軽快だ。
家へ戻るとテーブルにはグラスとワインと食べかけのチーズが散乱していて、いきなり気を重くした。俺は心を消してそれを片づける。毎日の五百円もなかった。
まあ、それは特に構わないと部屋に戻って着替え、尾崎の『壊れた扉から』を途中から流し始めた。『米軍キャンプ』という、このアルバムでもっとも重苦しい歌だった。夜の商売女を朝まで待っている男の淋しい歌で、ふたりは狭い車内で抱き合って眠る。女は妊娠していて相手は別の男だ。二枚目のアルバムの『ダンスホール』と比べると、どこにも救いようのない重いだけの歌だった。尾崎自身の体験だったとしてもだ。
父と母にももしかして同じようなエピソードがあったのかも知れない。二十歳で結婚した母は一時期夜の仕事をやめたが、派手好きの性格がそれを選ばせたのか、俺が五歳の頃には夜の世界に舞い戻った。父はレンジで温めた夕食を俺に与え、背中を丸めながら食器を洗った。それが俺のずっと見ていた父の姿だ。
父母の別れた理由を、俺は知らない。母が喚き散らす別の女の影は妄想だったかも知れず、それでも離婚は調停もなく母の言い分で進んだことを思えば、実際に父には別の女がいたのかも知れない。俺がよその家庭に憧れたように。
俺は本当のところ父の方へついて行きたかったが、父の「母さんを助けてやってくれ」という言葉で渋々そちらを選んだのだ。その挙句が今の惨状だ。博多で単身店を出した母は、素面で帰ってくることがない。もちろん料理もしない。俺がそこにない温もりを求めて彼女のアパートへ通うのも当然なのだ。温かな料理と笑顔。それはどこまでいっても人の幸せの最低条件ではないだろうか。
カセットはA面が終わりB面へリバースした。『Freeze Moon』の叫びに近い歌声はいつも鳥肌を呼ぶ。十代の切なさ、退屈さ、息苦しさ、そういったものが詰め込まれており、聴いている方も苦しくなった。
目覚ましを見ると午後二時半だ。そろそろ由美子のアパートへ向かおう。




