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31(9月14日・土)


「じゃあ、謹慎処分なんだ」


 彼の隣に座らせてもらい、缶ビールを飲んだ。


「はい。なんていうか理不尽で」


 彼の唄う『卒業』は生の迫力もあり、俺の心を素直にさせた。


「世の中は半分が理不尽で出来てるからね。学校なんて特にだよ。俺もそれが嫌で辞めた口なんだけど」


「高校、辞めたんですか?」


 尾崎と同じだ。


「うん。部活は楽しかったけど教師と合わなくて一年で辞めた」


「それは、音楽をやりたかったんですか」


「いや、音楽は二十歳になってからだった。家出したんだ、俺」


 家出という言葉に『15の夜』を思い浮かべる。


「その、どうして俺が高校生って分かったんですか」


 俺の質問ばかりだ。が、彼は澄ました顔で答える。


「社会人ならまず腕時計をしてるんだ。それから靴がスーツと合ってない。高校や中学指定の靴っぽいからね」


 その観察眼には恐れ入った。今夜は素直に彼へ甘えてみよう。


「もう一回『卒業』唄ってもらっていいですか」


「いいよ。今日は土曜日だけどあんまり人もいないしね。で、君は煙草吸うの?」


「えと……たまに」


「じゃあ一本」


 言うと彼は煙草をこちらへ向けた。世間の大人ではあり得ない行動に衝撃を受けながらも火をつけてもらった。


「この街じゃね。それをどうこう言う大人はいない」


 そう言って唄ってくれた『卒業』は臨場感も迫力も圧巻で、どうして福岡なんていう片田舎で唄っているのか分からなかった。そして、俺は精一杯の拍手で応えるだけだ。


 そうこうしている間に新たな客が来た。ジャマにならないかと思って立つと、


「ああ、君は座ってていいから」


 そう言うと彼は客のリクエストに応えてゆく。客は皆、笑顔でチップを落として帰ってゆく。世間というのは、こういう優しい顔も持っているのかと思えば、毎晩酔って帰ってくる母のことに思い至った。


「尾崎は詳しいの?」


 不意に彼が言う。


「まだアルバムの二枚目までしか持ってなくて」


「そうか。で、ホントはいくつ?」


 隠しきれる気がせず、素直に答えた。


「十七です」


「じゃあ『十七歳の地図』っていう手もあるんだけど、ここはあえて『はじまりさえ歌えない』っていう曲を送ろう。好きな歌なんだ。そして、それが終わったらそろそろと子供の時間じゃなくなるんで、君は帰ることにしよう。もちろんそうするかどうかは君が決めればいい」


「はい」


 軽快なギターで始まった歌は、まるで尾崎そのままだった。相当に聴き込んだ人間の唄い方だと思った。声がかすれる一瞬、高音で裏返る声。どれをとっても非の打ちどころがなかった。


 ビールも空いて立ち上がった俺は、財布を取り出してチップの用意をする。しかし、彼がそれを止めた。


「ビール代でOKだよ。何にせよ高校生にビールも煙草も売ってくれる世の中に乾杯だ」


 言われると、世間というのも悪いことばかりじゃないなと、自分でも久しぶりに思える笑みが出た。


「高校で友人が昼休みにラジオを流してくれてるんです。応援してます」


「ありがとう。自転車気をつけて」


 自転車にまたがると秋の風が心地よかった。帰ったらまず、『はじまりさえ歌えない』を聴こう。そして彼女に話そう。杉内直己のストリート演奏を。

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