30(9月14日・土)
翌日はいつも通りに学校へ向かい、席へ着いた。後方の角の席から鋭い目線が飛んでいる。柿本靖と取り巻きだ。
「あいつヒョロヒョロのボンボンやけん、パンチ一発で呻いて終わりやったとさ」
小バカにしたような笑いが起きる。それをスタート合図にして立ち上がった。すると笑いは止む。その緊張感の中、ゆっくりと集団に近づいた。
「何やきさん。文句あっとや」柿本が言う。
こういう連中は弱者の反抗に慣れていないので、身動きも取れず焦っている。俺は相手が竦んで笑っている間に、手近にあった椅子を持ち上げ、渾身の力で容赦なく振り下ろした。もちろん柿本にだ。
ぐわあっ、と言ったかどうかは問題ではなく、柿本が椅子から転げ落ちたのを逃さず、馬乗りになってその顔を滅茶苦茶に殴った。中学の時、転校になった理由と同じ方法だ。
取り巻きは十秒経った辺りでようやく俺を引き剥がし始めたが、時すでに遅しだ。このクラスでリーダーは柿本ではなくなった。そして俺も大人しい転校生ではなくなった訳だ。
「何ばしよっか!」
担任が駆け付けた時には息も荒く立ち尽くす俺と、這いつくばっている柿本がいた。
午後の職員室での話は面倒で、やられたからやり返した、で通した。なのに謹慎は俺だけだ。「親を呼ぶ」と言われたが、「今頃酔って寝てますよ」と答えた通り電話には出なかった。
靴箱で靴を履き替えて自転車置き場に向かった。由美子が部活でよかったと思っていた。
家に帰ると母は起きていた。ただ謹慎処分の話はせず、そのまま自室へ向かった。もちろん尾崎を聴いてベッドに寝そべるだけだ。気分的にはスッキリしていたし、これでもう舐められないだろうとほくそ笑んだ。なのにどこかで晴れない思いもある。その思いはある行動を招いた。
母の出勤あと、午後八時に向かったのは中州だ。いつか由美子と通ったその場所に彼はいた。杉内直己だ。
彼はスーツ姿の二人組と話をしている。やがて演奏が始まり、その姿を電柱の陰から見ているとギターケースにチップをもらい、愛想よく手を振っていた。こういうことで本当に金が入ると思っていなかった俺は小さく驚いた。
彼はギターのつまみをいじりながら煙草を吹かしている。俺は手にさげたコンビニの袋を揺らしてその場へ近づいた。そこにいるのはあの大舞台で唄っていた杉内直己だ。
「こんばんは」
明るく挨拶をくれたのは彼だ。俺は由美子の情報で聞いていた通り、缶ビールを手渡した。二本のうち一本は自分のものだ。
「ありがとうございます。何かお望みの歌があれば唄いますが」
俺は缶ビールを開けてひと口飲む。彼も軽く缶を掲げてそれに続く。
「尾崎豊……唄えますか」
彼は、
「意外とマニアックなとこも唄えますよ。この譜面にレパートリー書いてますんで」
そして不必要なほどの笑顔をこちらへ向けた。彼女に向けられるのと同じくらいの、混じりもののない眩しい笑顔に見えた。
「リクエストは……」
ここに来ることは決めていたが、その先を考えてなかった。すると彼は言う。
「高校生でしょ? 『卒業』とかどうですか?」
見抜かれていた。普段から私服でいると大学生と間違われることは自認していたし、今日は特に念を入れて父からもらったスーツで来ていたのにだ。
俺は素直に頷いた。




