29(9月13日・金)
昨日の雨を引きずりながら午前中の授業が終わり、今日は掃除もなしに下校だ。由美子は放送部の打ち合わせがあると言い、帰りは久しぶりにひとりになった。なんでも十月に放送部の福岡大会があるという。どんな内容かは分からないが、応援はしてやるつもりだ。
いつもの靴箱で、いないと分かっていながらしばらく立ち尽くし、靴を履き替えて自転車置き場に向かった。するとクラスメイトの三人が待ち構えるように立っていた。
俺は長年の経験から何が起こるか察していたが、無視して自転車へ向かった。
「待てさ」
振り向いたのが運の尽きで、
「何か用か」
その応対も荒事を呼ぶと知ってはいたが口は閉じられなかった。つい言っただけだ。
「きさん、生意気かっちゃん! 女と弁当食うて楽しかか!」
お前と食うよりはな、と言いかけてやめた。
「で、用事は?」
俺が言うと三人はヒソヒソと相談を始め、リーダー格の柿本靖が、
「田口に近づくなさ」
「田口が近づくんだよ」
そう答えるとしばらく悩んだが、特に返事はない。話は終わりかと思った時、
「粋がるなってことさ!」
近寄ってきて腹へ一発パンチを食らった。そういうことには慣れていたし腹筋に思い切り力を入れていたため大した痛手ではなかった。その代り、面倒なのでさも痛かったフリでうずくまった。
「分かったな!」
なぜ三人で来たのかも分からず、俺は柿本の陰が消えると自転車に乗って帰った。
家へ帰ると母はいない。昨日から帰って来ていない。部活の時間を見計らって彼女のアパートへ行ってみようとも考えたが、さっきの理不尽な暴力に苛立ちが収まらず、自室へ行くと大音量で尾崎豊を聴いた。殴られたままも嫌なので、明日は柿本へ反抗してみることにする。こういう時は迅速な対応が必要だ。それを先延ばしにすると、「アイツは殴っても文句の言えないヤツ」という烙印が押される。まだ半年を残した高校生活の中で、それだけは避けたかった。
尾崎は唄う。自由になりたくないかと。彼自身が不自由に絡め取られた若者のひとりであると叫びながら。
俺は少しだけ痛む腹を横にして、尾崎豊を聴き続けた。




