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26(9月9日・月)

 悶々としていた。お坊ちゃん高校を卒業間際で中退して、ミュージシャンの道を選んだという尾崎の経歴が頭から離れなかったのだ。二十歳で単身渡米して、薬物で捕まり、俺の持っていたイメージは音もなく崩れた。


 それは彼の言う自由なのだろうか。


 それは彼の本物の夢だったのだろうか。


 歌は確かによかった。俺の心に素直に響いた初めての音楽だったかも知れない。


(知ったことじゃない。俺が聖人君子でもあるまいし)


 眠れぬ夜を過ごしつつ、ヘッドホンを頭につけ、薄れてゆく意識の中で自分というものを考えていた。




 誰もいない朝のリビングでコーヒーを飲む。朝のニュースでは政治家と芸能人の話題ばかりだ。ためになることはひとつもなかった。心にあるはずの俺だけの十七歳の地図が、しかしまったく見えない。俺は何者だろう。そしてその問いを探すためだけに学校へと向かう。


 昼の放送で、思いがけず尾崎の『15の夜』が流れる。由美子の仕業に決まっている。クラスの数人の男子生徒が反応していた。オザキやっか。


 口にするのは揃ってガラの悪い連中で、ガッカリしていた。やはり彼の歌は不良連中の代弁と慰み物なのだろうか。いや違う、と俺は彼の音楽を信じる。そこにはもっと明るい希望があり、俺のようにもがき苦しむ十代へのメッセージが詰まっているはずなのだ。


「何でかけたんだ、昼のCD」


 帰り道に彼女へ訊ねると、やけに暗い顔で答えた。


「ん? いい歌やなあて思うたし……でも、もうかけられんくなった」


「かけられないって、どうしてだよ」


 由美子はなぜかまとめていた髪をほどき、


「あのね、顧問の幸村先生が『あの歌はいけん』って言うてね。盗んだバイク――のところがまずかったごたる」


 淋しそうに答えた。


「横暴だろ。いつも生徒の自主性だなんだって言っておきながら、そんなの検閲に等しいじゃないか」


 しかし彼女は挫けない顔で、


「他にもよか歌あるたい? 私またかけるよ。皆に聴いて欲しかもん」


 そう言うと頑なに口を閉ざした。


 アパートへ着くと四時半で、尾崎豊を流しながら月末に備えて二年のおさらいをしていた。残る試験は九月末と十一月。進路を決める大事な試験だ。それを越えてのセンター試験が本番さながらの顔で一月に待っている。


 二度目の尾崎が途切れた時に、


「お茶にしようか」


 由美子が席を立った。もらいものだと言って、博多銘菓のひよこ饅頭を出してきた。


 ひよこ饅頭で口をパサパサにしながら紅茶を飲む。彼女はCDを入れ替え、日向那由多を流し始める。なぜだか懐かしい気分になった。彼女の歌声は郷愁を誘うのだ。自分の過去にはなかったはずの、大きく広がる田畑や、山の向こうに沈む夕日、そういった日本の原風景を心に染み渡らせてくれる。東京生まれの東京育ちの俺に対してもだ。


「関口君、やっぱ九大行くと?」


 ひよこを頭から齧りついた彼女が訊ねる。


「多分な。けど学部が決まらない」


「先生に言うて資料取り寄せてもらえば」


「ああ……他のとこも含めてそうしてみる」


 お前はどうなんだ、と訊ねたかったが、そこは自ら繋いだ。


「私はね、実は私大狙いさねえ」


 学費は大丈夫なのかと言いそうになったが、他人の事情に口ははさめない。なので、


「福大か」


「まあ、その辺りかな」


 偏差値50でなんとか越えられるハードルだ。今の成績をキープすれば大丈夫だろう。


「でも、メディア系の学校じゃないぜ」


「いいとよ。そのあと専門に通ってもいいし。大学はね、奨学金ば当てにしとるとさ」


「だったら早目に面接もあるぞ」


「うん。だけん今日のごたることはもう無理やね。内申点もつくし」


 淋しそうに笑った。

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