22(8月11日・日)
いつの間にかビールが減っていた。たかだか一杯だが、心地よく酔いが回っていた。
「関口君、那由多さん次ばい」
気がつくと舞台転換の間に由美子が追加のビールを持って来ていた。彼女にビールを売ったスタッフに驚きつつ、控え目にそれを飲んだ。
しかし、さらに驚いたのはステージの光景だった。中央に、極端に低いマイクが二本セットされた。観客も少しざわついている。あの日、ストリートで見たままのスタイルで演奏するというのだろうか。
そんな中、ヒュウガナユタはマントのようなものを纏い、ギターとバスマットとを手にステージへ素足で上がる。スポットライトが一本きり、彼女へ当たる。彼女は無口にマットを敷き、その上へ正座してギターを構えた。誰も声を上げられない。そしてそれは急だった。
――いつも夢を見てた 許されぬままに
――永き時よすべて 今 空に消え去れ
『夕凪』だ。しかし、何度となく由美子と聴いたはずの歌が違う曲に聴こえる。それもそのはずで、彼女はギターを弾いていないのだ。アカペラからスタートした。
彼女がギターを弾き始めると、安堵の色が客席に広がった。息が詰まりそうだったのだ。
それから彼女は他人のカバー曲を唄った。が、聴き覚えのある歌たちが彼女を通すと別物に変わった。観客は周知の歌を聴かされて安心している。と――。
「墓標」
と日向那由多が呟いた。瞬間、マイナーな曲調に変わり、激しいリズムへと突入した。
――暁の空に風を睨み 君よ ひとり往け
歌詞のすべてがしっかりと聴こえる。俺の思っていたライブとは違う。いつしか足でリズムを取っている自分にも気づかず。俺は苦いビールを飲み干した。
そこから先は完全に彼女の世界で、観客は息を飲んでいた。まさかと思ったが、ハンカチで涙を拭う若い女性の姿まで見えた。
あっという間で三曲が終わり、由美子の好きな『都会の暮らし』が演奏された。ただしCDとは全く違う優しい声色だった。そして次が最後の曲だという。『翼なき者』と題されたその曲は由美子が言うに、「杉内さんが作んなった歌詞ばい」ということだ。
――憎しみをひとつ この手に乗せ
――悲しみをひとつ忘れ
――営みは今日も ささやかに続く
――生まれ落ちた者たちに
日向那由多の声は耳に刺さった。今まさに十七歳をもがきながら生きる俺に、その答えもなく寄り添うだけの歌は胸の奥へ流れ込んでくる。
――ああ いつか 雲になろう
――流れゆく先も知らぬまま
――ああ いつか 君の下へ
――翼なき人として
演奏は静かに終わった。盛大な拍手はなかったが、それは誰もが彼女の歌声に圧倒されていた証拠だ。俺とて、同じことだ。初めてのライブ。轟音の余韻。ミュージシャンの魂の余韻。そんなものを反芻していると、自分が自分でいることに恥ずかしくなった。いったい俺は何を粋がって生きてきたのだろう。その矮小さが恥ずかしさを連れて来た。どことなく見下していたミュージシャンというものに小さな敬意を抱いたのだった。




