18(7月23日・火)
ヒュウガナユタのCDができたとかで、由美子はご機嫌だ。
「でね、ポスターももらってきたと!」
「分かったから、そろそろ始めるぞ」
勉強会の初めには三十分の雑談がある。しかし今日はもうそれを過ぎていた。
「ねえねえ、CD流しながらでいい?」
「いいけど脱線するなよ」
しかしそれは無理だったようで、
「ここ、ここ! 杉内さんのハーモニカがね、すっごいよかと」
「それはいいから、次の問題」
「えー、ちょっと休憩しよう。お茶淹れるけん」
すっかり彼女のペースだ。
しかし俺は俺で、キッチンに立つ彼女を盗み見ていた。身長は155、胸はどうだろう。平均的といえば全体に平均的だ。9ARと言われる日本人女性の平均が当てはまるとは思うのだが。
「はい、紅茶」
俺は無言でひと口を啜り、
「田口、9ARって分かるか」
しかし彼女は、
「えー、古典の宿題中に公式とか出さんでー」
耳を塞いでいた。Tシャツの下の胸のふくらみを想像しかけて頭を振ったが、どうやらサイズに問題はなさそうだった。
七時になると宿題を終えて、今日三杯目の紅茶が出された。
「今日も手伝いか」
「うん。公務員さんも給料の出て忙しかけん」
公務員と聞いて、父のことを思い出す。はっきり言えば父に落ち度はなかった。すべては母のわがままなのだ。俺はできれば父について行きたかったのだ。というより、東京を離れたくなかった。福岡の人間は博多や天神を大都会だと思っているが、きっと渋谷や新宿を知らないからなのだ。福岡はど田舎だ。根性が田舎者なのだ。クラスメイトを見ていればよく分かる。
彼女がまたCDを再生する。いい加減、俺も覚えてしまっていた。人の琴線に触れる声、という意味でヒュウガナユタは成功しているが、いかんせん好みの問題だ。ビブラートが効き過ぎて耳障りな部分も多かった。が、由美子には言わない。
紅茶を啜りながら、彼女が何気なく語り出した。
「あのね、この前お店にNTTの人が来とってね、電話ってこれからひとりに一台になるとって」
「電話?」
「うん。手のひらに乗るくらい小さくて、どこにおっても話ができるようになるって」
「へえ」
俺にはそう答えるしかない。
「でもさ、それって便利過ぎるよね。いつでもどこでも電話が出来るって、人づきあいが蔑ろになる気がする。私はやっぱり公衆電話って好きやけん。まだ話したいけど十円玉がなくってバイバイ、って感じがいいな」
俺には何のことだか分からない。
やがて取り留めのない話は終わり、ふたりで表へ出た。それから中央通を避けて、彼女の好きな那珂川沿いを歩いていた。先日買っていた青いTシャツはお気に入りになったようで、その下には短いデニムスカートを履いていた。




