13(6月29日・土)
六月は梅雨の気分も控え目に過ぎた。その分、これからしばらく悪天候が続くらしい。梅雨の最後のひとあがきだ。
明後日から七月という土曜日の午後、由美子の話題はヒュウガナユタのことばかりだ。最近では俺が熱弁をふるうことはなくなっていた。親への不満や進路のことばかり語り続けている自分がバカバカしくなったからだ。
「あ、忘れとった」
紅茶を淹れたあと急に立ち上がった彼女は冷蔵庫を開けて、
「レアチーズケーキ。昨日、作ってみたとけどね」
素人の作るケーキは怖いと母で経験していた俺だが、皿に置かれたそれは見た目も悪くない。恐る恐るフォークを口に入れると美味かった。
「やっぱ親の血なのか。美味しいよ」
「ホント? よかったあ。バレンタインにチョコやれんかったけんさ。遅うなったけど」
すでに四か月以上前の話だ。
バレンタインといえば、靴箱に一個だけチョコレートがあった。C・Sとイニシャルだけのメッセージが添えられていたが、思えばあれが斉藤知恵だったのだ。どこの誰だか分からないので対応を放置していた。何よりクラスも違うのにどうやって俺のことを知ったのか、謎だ。チョコレートはその後、ブランデーの相方になって消えた。
それから紅茶が二杯目になり、ケーキも腹に落ちた。
「関口君さあ、斉藤さんとつき合えばいいとに」
女の話は本当に脈絡がない。
「ちょっと買い物につき合っただけだろ。何でそうなるんだよ」
「えー、似合うと思うよ。秀才ふたり」
その言葉に棘はない。だから余計に居心地が悪くなる。
「じゃあ俺行くから。また来週な」
「いつかお店に遊びに来てね」
「行けるかよ。十七だぜ」
「ふーん。そういうとこ真面目やね。じゃあ私も手伝いに出るけん、途中まで一緒に行こう」
思い切り中州の中央通を二人で歩くと、時刻は午後九時だ。そこに、
「あ、那由多さんおらす!」
駆け出す彼女がいた。地面に座ってギターを抱えているのは確かに先日見たヒュウガナユタだった。バスマットのようなものの上に正座している。
二人の会話が始まる。俺はそれを避けて自転車を街路樹のそばに寄せた。
「由美子ちゃん、お手伝い?」
「はい。週末は手伝いなんです。それより、テープありがとうございました! 毎日聴きよるとです!」
ヒュウガナユタは淡々と、
「今度レコーディングなんで、期待しといてください」
「わあ、出来たら教えてくださいね! じゃ、私お店に行きます」
歩き出した彼女に続くと、ヒュウガナユタがチラリとこちらを見た。まるで睨まれた気分だった。
あとは店に向かうだけ、と思っていると彼女はまた男性のストリートミュージシャンに声をかける。
「杉内さん、こんばんは」
「ああ、こんばんは。お店?」
「はい」
「じゃあ、頑張って」
「はい!」
一連の挨拶が終わったのか、彼女は満足そうに歩きだした。黒いスカートが歩く度に揺れていた。




