太陽の国シャ=ゼリーゼ
遠く遥かから熱い轟音が響き渡る。
727個目の太陽が燃え尽きて大きく弾けた音だ。
ニュイは白く輝くフリルのドレスから覗いた手足に素早く遮光性の布を巻き、さらに分厚く重たい黒い鎧を身に纏った。
頭部を覆うフルフェイス型の兜がニュイは嫌いだった。
単純に、重くて窮屈だ。
それに兜を被ると、貴重な鉄を食べようとそこかしこから蝶が飛んでくる。
害虫対策の青いスプレーは何処だ。
ふんわりと立派な鬣を揺らし、床に寝転んだベッドは大きく欠伸をした。
この中に違いない。ベッドの腹を引き裂いて、中に手を入れる。
鎧の手甲は指が動かし難く、物を探すのに適していない。
ぐちゃぐちゃと中身をぶちまけて漁るが、スプレーは中々見つからない。
…ひょっとして、別の所にあるのだろうか。
ふと考えた時だった。
背後でカランカランとスプレー缶が音を立てる。
ゆっくり振り返れば、ニュイの足元から伸びて動き出した影が青いスプレー缶を手にしていた。
「ありがとう、ノワ。何処にあったの?」
『…………』
ニュイの影、ノワはゆらりと揺れて部屋のクローゼットの中にある鏡台の下を指差した。
主人とは異なる形を作り出す影は、ニュイにしか姿を見せない、彼女の大切な友達だった。
腰を屈めるとギギギ、と鎧が軋む嫌な音。ノワが見つけたスプレーを拾い上げる。
シュッと頭上に一拭き振り撒けば、甘いハニーノートが鼻腔を掠めた。
助かった。これで蝶は寄り付かないはずだ。
「今日も退屈な一日になるわ」
ニュイは兜の中で呟き、遮光性に優れたカーテンを引いた。
流石にカーテンを閉め切れば部屋の中は薄暗い。
しかし、ランプや灯は必要ない。…だって、ほら。
先程弾けた太陽の光が、カッとカーテンの外から照り付ける。
レーザービームの勢いで攻めて来た光はカーテンに突き刺さり、ほんのりとカーテンを朝日の色に染めた。
光の棘を吸い取ったカーテンは肉眼を傷つけない程度の柔らかな光を放ち、部屋を明るく照らした。
ここは、昼夜に渡り数多もの太陽の光が降り注ぐシャ=ゼリーゼ王国。
部屋に飾られたランプもシャンデリアも、ただの洒落たアンティーク。
年がら年中始終明るいこの国で、使われる機会は無であった。
「ついでに月でも落ちてくれば、楽しいのにね」
『……!……!』
ノワはニュイの足に繋がれて、首を横に降った。
月が落ちるのは珍しい事ではないが、墜落先の異国の民は大きな被害を受けるとノワは言う。
『………、…』
「ご、ごめんなさい。知らなくて」
『……』
「ねえ、その国のこと もっと話して」
ノワの説明を受けたニュイは、反省しつつも遠い国へと想いを馳せる。
月が落ちるのは地図の端に載る小さな王国サムサール。
この国とは国交も無く、ニュイの知らない暗い国。
「…ノワが育った異国にも、いつか行ってみたいわ」
数ヶ月ぶりに地図を引っ張り出して広げてみれば、ぶわりと埃が舞い散って。
大きなくしゃみを響かせて、ベッドが走って部屋から出て行った。