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【声劇台本】契ーチギリー  作者: 瀧月 狩織
3/4

【一人声劇台本・後編】(比率:女性1)


☆登場人物である【(わたし)】は女性です。

演者の性別は問いません。

声の高めな男性も使用したいというのならば、気楽に演じていただければ幸いです。


本編に【兄様】というのが、出てきます。

読み方は あにさま でも にいさま でも読みやすいほうで大丈夫です。


登場キャラクターの一四~二十代前半までの時を、独白する内容となっています。


※一人称の変更は「あたし」くらいが読みやすいかと思います。

結末が大きく変わるようなアドリブやセリフ変更などはナシでお願いします。


※BGMを流しながらの読みをしてみるのも良きかと。

ただし。BGMが使う場合はその音源の規約を守って使用してください。迷惑をかけないように。


※本編に「」『』の表現を使用しています。

その部分は声を変えて読む、読まないは演者様にお任せします。

…人の記憶って 声 から忘れるといいますでしょ?(By作者)



☆本編読了目安⇒八分~一〇分程度。



【後編】


《題名》契り~少女(おとめ)の願い~



小さな頃から、憧れている方がいました。

兄様と愛称でお呼びする方です。

そんな兄様とお(した)いする方のお嫁さんになるのを望んでいた。


一四歳の初夏。村で、(なが)い時を過ごしている藤の花の下。

ひらひらと舞う藤の花。


ふわりと香る花の匂いに包まれている時。

兄様と(ちぎ)りを交わしました。


「必ず、嫁に迎えよう。」


包み込むように、手を握られる。体温が上がり、(うつむ)くも短く返事を音にしました。

それから、旦那様と呼べる日を夢見て。

期待で胸をふくらませて、日々を過ごしておりました。

苦手な裁縫(さいほう)も、元より得意だった料理もいっそう(はげ)みました。


しかし、時代ときは残酷でした。国の(たたか)いに兄様を含む男性が向かうことになったのです。

他の村では、とうに行なわれていた出兵。

この村に出兵の知らせである【赤紙】が来るはずがない。

私は、非国民と(さげす)まれても可笑(おか)しくない事実を、他所事(よそごと)に思っていたのです。


【赤紙】が村に届いたのは、兄様と(ちぎ)りを交わしてから二年後のこと。


私は、一六歳になっていました。

まさか、初めて思いを込めて縫うものが【千人針の布】になるとは思ってもいませんでした。

兄様との契りの事は、二人だけの秘密としておりました。

だから、他言はしていません。私だけが、胸に秘める想いになっているのです。


『万歳!万歳!』


勇ましい軍歌。

拍手喝采(はくしゅかっさい)

両腕を上げ下げし、張り上げた声に遠ざかる背中を見送る。


私は、一抹(いちまつ)の不安を抱いていた。

兄様に契りの再確認はしていない。


覚えていますか?忘れていませんか?

それだけではない。気持ちも伝えていないのです。


もう、少女(おとめ)というより女性へとなりつつある年。

でも、そんな思いを(たず)ねる相手は村を立ち去ってしまった。


大丈夫、ちゃんと叶えられる。大丈夫。


(間)


ーー出兵から幾日が経った。

兄様も不定期にお手紙をくださった。

元気な様子を伝えてくれる。

検閲で、所々。黒く塗り潰されていても。

兄様の筆跡をなぞるだけで、胸が高鳴る。

それが嬉しくて、心の支えで、厳しい生活も耐えられた。


それから、幾月(いくつき)

食料を求めて、売れるものを風呂敷で包んで、街に出た。

その時、闘いが激化げきかしていると人伝ひとづてに聞いた。

丁度(ちょうど)、兄様からの手紙が届かなくなった頃だった。


手紙が届かない。

それは、問題がないということ。

大丈夫。…そう、信じていた。


兄様が村を離れてから、一年が過ぎる。


桜が散り、葉桜になり、暑い季節が巡ってきた。

不穏(ふおん)な噂が触れ回る。

ついに、とある(しら)せが一通届いた。

それからは、瞬く間に届き続ける。


(間)


ーーとある(しら)せ。

それは、戦死を(つづ)った電報。

村に残された女、子どもは涙を流す。


それでも、大丈夫と。

まだ、兄様の死を伝える報せは来ていない。大丈夫。

私ができることは不安で潰れそうなとこを、気丈(きじょう)に振る舞うこと。


誰かが、呟く。

ーー知らせが届いた家は、まだ良いほうだ。


薄々、感じていた。いや、本当は解っていた。

兄様は、亡くなっている。

骨や遺品が残らないほどに、国へのお役目を果たした。

(ほまれ)(だか)いことではないか。


ついに、闘いが終わり告げた。夏の日でした。


(間)


私は、待とうと思いました。

兄様の事だ。ひょっこりと生きて戻ってくる。

一度は、絶望した。

しかし、復員船(ふくいんせん)から降りてくる人たちを見る度に。そう、願わずに入られなかった。


ーー長くは続かないものですね。


嫁に()(そこ)ねるぞ。

生きているかも分からん相手など、忘れてしまえ。


その言葉に。

元より曖昧(あいまい)だった気持ちが、傾いてしまった。

そうだ。忘れよう。

手紙も返してくれない人など、忘れてしまおう。

薄情だろうか。

でも、もう疲れてしまったから。


その決断に。どうしてか、涙は溢れなかった。


ーー終戦から一年後。

両家の親同士での話し合いの末。

私は名前と顔だけ知らされた殿方(とのがた)に嫁ぐことになりました。


村を離れる夜。兄様への想いは、村の川に雛人形(ひなにんぎょう)と共に流すことにしました。

穏やかに流れる澄みきった水面に、兄様の名前を書いた和紙を(くく)りつけた雛人形を手放す。


遠ざかっていく、流れていく雛人形。


さようなら、私の夢。

さようなら、愛しい(かた)


これで、私は思い残すことなく。

嫁ぐことが出来る。


(間)


ーー終戦から三年後。

さとから手紙が届きました。

内容としては、体調はどうですか。仲良くしてますか。といったことで。なんだ、いつも通りか…と思い。


文を読み進めていた。


しかし、唯一違う内容が混じっていたのです。


忘れた想い人が、生きて村に帰ってきたと書かれており。


『ここでなら、(しら)せられると思ったので、書きます。実は、あなたと仲良くしていた…』


今更だと、手紙を丸めます。

まだ火をかけていない釜戸(かまど)の灰にくべる。

夕飯をつくるときに燃やしてしまおう。


もっと、何か感情が動くものかと思っていた。

実家からの文に、どんな意図があったのかも分からない。


ただ、ここまで冷静いられるのは。


私のお腹の中には "旦那様" との子供がいるから。


目を閉じれば、鮮明に思い出せる。


強く深く香る藤の花。

そして、真剣な眼差しと裏腹に優しい(てのひら)

力強い告白。契り。



蝉時雨(せみしぐれ)に混じって、風鈴が鳴く。

ただ。ただ。

音もなく。ツーーッ…と雫が溢れて、止まらなかった。


よりいっそう、風鈴が強く鳴った。

そんな、夏の盛り。


『ああ。初恋は実らない。』




契り~少女(おとめ)の願い~ おしまい。




投稿日⇒2019/04/03(水)

台本の一部変更 修正 2020/04/02(木)


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