1-7「村からの脱出」
君を助けに来た、なんて少しベタだっただろうか? これで俺が人間の姿だったら少しは絵になっただろうが、残念ながら俺はゴブリンだった。絵になるどころか何も知らなければゴブリン同士の獲物を狙うが故の仲間割れ──────みたいに捉えられるかもしれない。
しかし、幸いにも目の前にいるのはあの『助けて』という声の主だ! 今ので事情は伝わるだろう。
安心しながら彼女を見つめていると
「ひっ………………きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 助けてええええええええええええええええええええええ! ! ! 」
意外にも彼女は助けを求め叫んだ。
どういうことだ………………? 彼女が俺を呼んだんじゃないのか! ? いやこの叫び声を聞いてもあの声に似ている! 間違いのはずがない! !
予想外の彼女の反応に戸惑っていたその時──────
「ギギギギギギ……ギギギギギギギギギギェェェェェェェェェェェェェ! 」
【おい新入り……どういうつもりだてめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 】
吹き飛ばされたボスが男の後ろから粉砕された血でぬれた右腕を左手で押さえながら丘を登ってくる。
冷静になれば、頭を狙えば咄嗟に頭を下げられたら空ぶるだけだ………………と判断し横振りながら避けにくい胴体を狙ったのが裏目に出たのか────────────仕留めきれなかった!
「ギギギ!ギギギ! ギギギァ! ギギギギギギャギギギギギォ! ! ! 」
【クソが!クソが! クソがァ! お前タダじゃおかねえぞぉ! ! ! 】
ボスと俺の位置が変わったとはいえ状況は変わらない、依然彼女は人質に取られている! そう考えたのだろうか、ボスは男の横を何事もなく通り過ぎようとしたそのとき………………
スパッ………………ドスン!
ボスの首が男の振られた剣により一閃────────ボスは声を上げる暇もなく仕留められてしまった。
ドサッ! と首のなくなった胴体も崩れる。
「まさかゴブリンがゴブリンを襲うとは………………ここにきて仲間割れか? いいか? 娘に変なことをしてみろ! こいつのように首を切り落としてやるぞ! 」
男がこちらに剣を向ける。とはいえ、こちらは男と戦う気はない。彼女のほうを盗み見ると恐怖で気絶してしまったようだ。予想外のこととはいえ申し訳なくなった。
でも、少なくとも俺が異世界に来ることになった理由を探らなくては………………!
そのためにはここでは落ち着いて話ができない………………ならば!
「すみません、彼女をお借りします! 」
「……………………ゴブリンが人間の言葉を喋るだとっ! ? 」
ゴブリンが人の言葉を話している様に男は動揺したようだ、思わぬ隙ができた!
「しまった! 」
俺は女性を抱え丘に上り丘から一気に飛び降りた!
ダンッ! と勢いよく着地をするがこの点は流石ゴブリンというべきか何ともない! 俺は男との距離を離すように一気に走り出した!
先ほどきた道をひたすら走って戻る! 先ほどとは違い、明かりは消えていた。月明かり以外の明かりがほとんどなく大人しくしていれば無人とは分からないだろうという判断だろうか? 残念なことに尖った鼻は伊達じゃなく先ほどから何とも言えない人の匂いというやつがプンプンしているのだが、良すぎるというのも考えものでそこらからするので1人1人の詳しい場所まで見分けるのは至難の業に思えた。
そのことと皆大人しく家に籠っていたのに加えゴブリンが民家に現れたという様子もなく村は静かだった。
静かな村を片手に棍棒、片手に女性を担ぎ走る一匹のゴブリン、誰かに目撃されたのだろうか? 壁に囲まれている村なので人々の交流も相当深いことだろう。皆一目で誰が担がれているのか分かるはずだ。
彼女を助けようと思うものもいるかもしれない、だが変に音を立ててゴブリンに家族もろ共襲われたら………………それ以前にゴブリンの気を損ねると人質の彼女が殺されてしまうのでは………………そう考えて飛び出そうにも飛び出せない人もいるのだろうか?
しかし、彼ら村人には1つだけ希望があった。
それが武装した兵士たちだ。この村は出るための門は幾つも存在するが現在開いているのは先ほど侵入の際に壊した扉しかない。向こうもそのことを読んでいるか読んでいないかはともかくとしてゴブリンと交戦中で留まっていることだろう。
さて、どう切り抜けようか
俺は走りながら思考を巡らせた。
それから数分走り、ついに門が正面にみえた! 周りには何人もの兵士と無残にも切り刻まれたゴブリンの死骸が転がっていた。
恐らく空腹もありこの場を突破できたのは俺とボスとボスについていたもう1体だけだったのだろう………………
俺は人間として生きると決めた以上、人間に手は出せない! つまり今現在俺が取れる行動は3つ!
「おい、ゴブリンがいたぞ! ! ! やれーーーーーー! ! ! 」
「おい待て! あいつが担いでいるのは………………」
1つ! これ見よがしに人質の存在をアピールし向こうの戦意を削ぐ!
とはいえ、人質を取る………………女性を担いでいる時点で人間としてはアウトな気もする………………
「ゴブリンめ………………卑怯な! 」
兵士の言葉が胸に突き刺さるが気にしている場合ではない!
そのときだった! 門の前で十数人の兵士が綺麗に左右に分かれ剣を天に掲げアーチを作った! 間を通れということだろう。
懐かしい、小学校の卒業式を思い出す。もしや人質の存在から観念したのだろうか? いや、よくみると剣の長さと角度からして右のやつが剣を振り下ろせば綺麗に俺が左に担いでいる女性には剣が届かないように計算されて剣を上げている!
通ったら俺だけを斬るつもりだ! ! ! 恐らく数人分進ませ良い気になったところで前後から斬りかかる寸断だろう………………ならばこちらがあえてそこに乗った振りをして!
俺は兵士たちのアーチに向かい潜る。1つ……2つ……3つ………………今だ! ! !
「どけええええええええええ! ! ! ! 道を開けろおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ! ! ! ! 」
俺は勢いよく叫んだ! ! ! これが2つ目! ! !
「へぇ! ? ! ? ! ? ! ! ? ! ? ! なんで? ? ? ? ? ? ? 」
先ほどの男の反応からゴブリンはこの世界では人の言葉を喋らないので隙をつけるだろうと──────狙い通り兵士たちはゴブリンが人間の言葉を喋ったことに動揺し隙ができた! ! ! !
今だ!間髪入れずに3つ目! ! ! !
俺は全力で地面を蹴り全速力で走り出した! 兵士たちが見える前はあえてゆっくり走っていた! 隙をつかれた突然のスピードアップには対応できないだろう。
「くそっ! 」
「やられた………………」
「オパールさんに何と言えば………………」
案の定、彼らは突然の予想外の加速に対応できず門を抜け段々と遠ざかっていく俺の遥か後ろで口々にある者は悔しがり、あるものは嘆いていた。