四 タヂカラオの礼
拙者は八風山の前に立った。
まずは一礼。
「オオヤマツミ殿。今回はお願いがあって参り申した。ほんの少しだけ南に移動していただきたく……」
「働きたくない!」
オオヤマツミ殿の声をククノチ殿が運ぶ。
「だとさ」
「いや、別に働いて頂きに来たわけでは」
「このまま引きこもっていたい!」
「ひきこもると言っても、どこへ?」
「山」
「だってさ」
「いや、それでは、ご自身がご自身に隠れると言う意味になるかと」
「うるさーーーい」
イヨ殿を彷彿とさせる。
ククノチ殿があきれて言う。
「オオヤマツミも、子供もいるってのにヒッキーっていい加減にしろよ。お前がこんなだから、山がどんどん荒廃してるんじゃ」
「俺が悪いんじゃない! 俺をちゃんと崇めない民が悪い!」
一理ある。
その代表格がイヨ殿だ。
もっとも、イヨ殿は一応中学校に通っているから、完全に引きこもっているオオヤマツミ殿より幾分かましかもしれないが。
「ともかく、オオヤマツミ殿は動かなくて結構。拙者が動かしますので」
「どうすんの?」
ククノチ殿が頭上から訊く。
「こうし申す」
拙者は八風山に手をかけ、ぐっと力を込めた。
もちろん、一気に動かすと山崩れや地震につながるから、ゆっくりと。
山(オオヤマツミ殿の一部)が少し動いた。
「お、おい、俺を追い出そうってのか?」
「いや、体の一部に、少しだけずれていただくのみでござる」
人間で言えば、グラスや人形の飾られたガラス棚を移動するような感じだろうか。
「タヂカラオ、俺にも気を遣ってくれよ?」
ククノチ殿の声が響く。確かに、山の木々にも影響はあると思うが、そこはが多少がまんしていただくしかない。
「もう終わり申した」
手を払いながら振り返ると、運送屋殿の車、紅白の軽自動車が坂道を上って来るのが見えた。
ククノチ 木の神様。木霊の原型と言う話もありますが、このあたりはもう一度よく調べてみます。