三 ウズメの散歩
そしてあたしは、イヨっちの言う抜け道に来た。確かに、隣が藪で、タニグっちにはちょうどいい感じの場所。
「あ、いた」
早速地面をのそのそと歩いてるヒキガエルを見つけた。
あたしはしゃがみ込んで、訊いた。
「ねえ、タニグッチ。イヨっちのママの彼氏って、今どこにいるの?」
木々のざわめきが止まる。辺りが静寂に包まれる。
「なぜその眼力を使う? シナツヒコやカヤノヒメがビビって動けなくなっただろ?」
「その言い方は誤解を生むよ」
一瞬であたしの後ろに回ったシナツヒコが笑う。
「僕はビビったわけじゃないさ」
「じゃあ、あたしを後ろからどうするつもりだったの?」
あたしがそっちに流し目を送ると、また反対側に回る。
「僕は常に、来なくていい方と思う方に回るようにしてるだけだよ」
「私はもともと動けないからビビるも何もないわ」
カヤノヒメが囁く。
「それよりウズメ。あんまり調子に乗ると、旦那と申し合わせてストライキするよ? 地上から酸素がなくなってもいいの?」
「そのはったりは通用しないし。酸素の2/3はオオワタツミっちんところで作ってるらしいし」
「クッ! 殺せ!」
「いや殺さないけど。そもそそも酸素なんてなくたってあたしは構わないけど、イヨっちが困るかも。まあ、それよりタニグッチ、あんた、堂々とあたしの目の前にいるのに、あたしの命令に従わないわけ?」
タニグっちは口をもぐもぐさせながら答えた。
「俺様は日本のどこにでもいるからな。まあ、一匹一匹は細胞の一つ一つみたいなもんだ」
「そう」
あたしは乾いた唇を舌で舐めながら言った。
「じゃあ、一個の細胞のモノ言わない口なんて要らないよね(暗黒微笑)」
「ま、待て! 答えないとは言ってないだろ?」
「じゃあ、どこ?」
「運送屋は現在、群馬県甘楽郡下仁田町西野牧。県道下仁田軽井沢線〈43号〉を軽井沢方面に走行中だ」
「もう、最初から素直に言ってくれればいいのに」
「言わないとは言ってないだろ? お前が強引に眼力を使おうとしただけで」
「あら、そうでもしないと、あたし、ただの御用聞きみたいじゃない。ね?」
あたしはカヤノヒメに、それからシナツヒコにウインクした。それからタニグッチにキスを投げてから、またイヨッちの部屋に戻った。
タニグッチが「こええ」とか言ってたのが聴こえたけど、気にしない。
イヨっちの部屋に戻ると、オモイカネっちに報告。
「ふむ」
「何が『ふむ』だよ。そんなセリフ、異世界転生して調子に乗ったバカしか使わないわ!」
「まあまあ、イヨっち」
「あんたもキャラ付のために何でもかんでも『っち』ってつけるな! これで語尾まで統一したらマジ殺すかんな」
「イヨ殿、それはいくら何でもむちゃくちゃでは」
「だまれデブ」
「いや、少なくとも今の拙者は顔しかないし、体形はわからないと思うが」
「顔がデブの顔だ!」
「こういうのはどうじゃろ?」
タブレットの画面が地図に切り替わる。
「現在運送屋がいるのはこのあたり。ここいらはもともとアンテナが遠く、電波が弱いところじゃ。そして、この山、八風山が、現代の単位で五メートル程北にあれば、多分、後三十分は、運送屋の電話は圏外になる」
「で?」
「というわけで、タヂカラオの出番じゃ。この山、八風山を少し動かすのじゃ」
「し、しかし」
タヂカラっちがひるむ。
まあ、確かに、山一つ動かせってのは、いくら何でも、
「『じゃ』が二回連続。はい死刑」とか言ってるイヨっちを無視して、タヂカラっちが呟く。
「オオヤマツミ殿は怒らんだろうか?」
そうだよね。一番心配だよね。
「奴はもう引きこもって長い。それより、早くいかんと、もう一分になるぞよ」
「死刑の上に死刑」
「分かり申した」
お面が壁から浮き上がり、同時にタヂカラッチの体も現れた。
やっぱデブだった。
オオヤマツミ 山の神様です。