いつもの日常 1
よろしくお願いします。
朝の出来事から数時間後、昼食も終え今日最後の授業。四月も半ばを過ぎ心地良い陽気のおかげか、教室では船を漕いでいる者や完全に寝入っている者が多く居た。
まあ何を隠そう、俺自身も船を漕いでいる一人なのだが。
ーーもうゴールしてもいいよね?
意識という手綱をまさに手放そうとしたとき、頬に軽い衝撃を感じる。目を開くと机の上に折りたたまれた紙片があった。
『ね る な ! 美咲より』
隣に座る美咲に見張られているようだ。どうやらゴールはさせてもらえないらしい。仕方なく教壇に立つ先生の話に耳を傾ける。
「えー、近年各分野の技術発展にはめざましいものがあります。その要因となっている物は皆さんの記憶にも新しいと思いますが、五年前に地球外から飛来した機動外装です! ちなみに通称イクスティリアと呼ばれ、さらに飛来してきた計四機はアーキタイプと呼ばれていますね!」
何やら先生のテンションが上がってきた。そういえばこの先生この話が大好きだったな。一度この話を始めると長いんだよな……。
にしてもイクスティリアか。今じゃ地球の技術で量産された物が当たり前のようにあるが、五年前に落ちてきたときはかなり騒がれたな。
落ちたのは四カ所、その内の一つが日本。当初はただの隕石だと思われてたのが調べに行くと想像していた物とは違う物がでてきて驚いたって話だ。
「このイクスティリアですが、簡単に言うと人が乗り込んで操縦する大きなロボットですね! 自分で操縦できるロボット! ロマンですよね~」
先生は目を閉じ、待ち望んでいた物がようやく来た、といった感じで感動しているようだ。まあ男なら誰しもそういったロボットにはロマンがあるだろう。俺も少なからずあるしな。
「こほん……。地球外から飛来した事からもわかるとおり、地球外の技術で造られているのです。その技術を解析し応用することで技術を発展させてきました。さらにーー」
確かにここ数年、技術の発展はすごい。数年前に軌道エレベータはできるし、それに最近とうとう月面に基地を作ったらしい。そのうちコロニーなんかもできてしまうのだろうか?
「ーーそして使用用途ですが、これは多岐に渡りますが特に軍事関係で用いられていることが多いですね! ……さて、ここまでいろいろ話してきましたが、皆さん気になる点がありますよね? そう、こんなオーバーテクノロジーの物が地球外から飛来したという点です! この事から人類以外にーー」
一度下がったかに見えた先生のテンションは、再び上がっていく。だがそれに反比例して俺の意識はどんどん夢の世界へと近づいていく。
「話は少し変わるのですが、飛来して少ししてから世界に大きな変化がありましたね? そうです地球連邦の樹立です。樹立の際に様々な争いがありましたね。さて、何故こんな話をするかというと、この件にイクスティリアが関係しているのではないか、と言われているからです。詳しく説明しますとーー」
いかん、もう限界だ。さっきから美咲から消しカスが飛んでくるが気にしない。
おやすみ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
授業の終わりを告げる祝福の鐘を目覚ましに、夢の世界から帰還した俺は両親の元へ向かう為にバス停を目指していた。
「もう! 結局授業終わっても寝続けるなんて! そうちゃん、ちゃんと寝てるの?」
そんな道すがら、美咲からお小言を頂いていた。
「寝てる寝てる。今日も熟睡だったぞ」
「ならなんで居眠りしちゃうのよ!」
「なぜ……か。その理由を探すために眠っているのかもしれない」
「ばかっ!」
適当に返事を返したら、美咲は教科書などで重い鞄を遠心力をプラスして振るい必殺のツッコミを放ってきた。
「うおっ!?」
俺は体を反らせぎりぎりで交わすことに成功する。あれは当たると相当痛い、俺は知ってるんだ。……昔くらったからな。
「その攻撃やめろって前から言ってるだろ! 今も当たりそうだったぞ!」
「そうちゃんが馬鹿なこと言うからいけないんでしょ!」
擬音で表すなら『ぷんすか』といった感じで、私は怒っています、と示している美咲。このままだと二発目、三発目も飛んできそうだな。
仕方ない、とりあえずここは謝っておくか。俺は暇をつぶすために美咲を連れてきたわけで、別にスリルは求めていないからな。
「はあ、すまんすまん。……でもさ、今日のは仕方ないだろ、あの話もう五回目だぜ?」
そう、三年になり新しく授業を担当するようになったあの先生は、同じ話をすでに五回も話しているのだ。そんだけ同じ話をさらたら、そりゃ眠くもなるだろう。
「まあ私もあの話は飽きてきたけど……。でも、そうちゃんはイクス……なんちゃらに興味ないの? おばさんたちが研究してるのって……」
「イクスティリアな。確かにうちの両親が研究してるけど、別に俺も研究したいとは思わないしなー。動かす方には興味あるけど」
「動かす方? え、そうちゃん軍隊に入りたいの? 危ないよ……」
急に美咲が顔を曇らせ、制服の袖を掴んでくる。どうやら不安にさせてしまったらしい。
「いやいや、先生も言ってたけど別に軍じゃなくてもイクスティリアは使われてるだろ? だから別に軍に入るつもりは無いって」
「なら、いいけど……。昔みたいに無茶なこととか、危ないことだけはしないでね?」
「わかってるって」
俺の言葉を聞き、美咲はとりあえず納得したようだ。それからしばらく歩いて行くと、ようやくバス停が見えてきた。ちょうどバスが止まっていてラッキーだったな。
一番後ろに並んで座る。ちなみに未だに袖は掴まれたままだ。たぶん昔あったとある事件を思い出してしまったのだろう。
まあ事件といっても大したことは無い。小学生の頃に山で遊んでいた時、走っていたら先がちょっとした崖になっているのに気付かず美咲が落ちそうになった。それを庇って俺が落ちたっていうだけだ。それなりに怪我はしたが。
美咲には怪我も無く、庇ったことはまったく後悔していない。だがそれ以来、美咲は俺が無茶や危ないことをしようとすると、猛反対したりすごく心配するようになった。
だから今回も俺が軍に入って危ないことをするんじゃないかと不安になったんだろう。とりあえず美咲の気が済むまでこのままにしておくことにした。
その後特に会話も無くバスに揺られること十数分。目的地が見えてきた。
「ふぁ~、やっぱり広いね」
窓側の席で外を眺めていた美咲がぽつりと呟く。
「まあ国の研究所だしな。あと……軍の駐屯地も併設されてるってのもあるか」
「ふぅーん、そうなんだ……」
気のない返事をする美咲。袖を掴んでいる彼女の手に力が入るのが感じられた。しまったな、駐屯地があるなんて言うじゃなかったか。……とは言え今更悔やんでも仕方ない。それに考えてみれば研究所に行ったら嫌でも目に入るしな。
考え事をしているうちに到着したのでバスを降り研究所の入り口へ。ここに来てふとあることに思い当たる。
「あ、そういえば美咲の許可証ないじゃん……」
いくら両親が勤めているとはいえ、研究所なのである。その出入りには相応のセキュリティがある。その最たる物が入館許可証だ。これが無いとそもそも研究所に入れない。さてどうしたものか……。
「許可証持ってるよ?」
「……え、なんだって?」
ちゃんと聞こえたが、大事なことなのでもう一度確認してみることにした。
「入館許可証、持ってるよ」
もちろん答えは変わらず。
「……母さんか」
「うん、そうちゃんのことで何か困ったことが何時でも来られるようにって」
母よ……。いや、もう何も言うまい。許可証があったのだ、これで美咲も問題なく入れる。ラッキーだったと思うことにしよう、うん。
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