覚醒
さ・・・・・・
目を開け、滝から出ると、紫紺がバスタオルを持って走り寄ってきた。
紫紺は一瞬びくり、と震えて、バスタオルを渡し、その場に跪く。
彼女のそんな姿を見ても、不思議には思わない。
当然の事だと感じていた。
軽く体を拭いてそのまま服を着る。
山を下り、自宅に向かった。
紫紺が慌てて焚き火に水をかけ、大きな自分の荷物(バスタオルや、俺の着替えなどが入っているのだろう)と、俺が置きっぱなしにしていた荷物を重そうに抱えて小走りでついてきた。
手伝おうという気はまったく起きない。
それが当然の事だからだ。
自宅の玄関を開けると、バタバタと騒がしく4人の女が走り出てくる。
母親と一子、貞子と京香だ。
母親と一子はさすがに心得ているらしく、俺の目を見た途端にその場に跪いた。
一子は心なしか震えている。
他の二人は不敬にも立ったままでぎゃーぎゃーと騒ぎ続けている。
「お、おう、岩井! あんたあれからしばらく学校来ねえからさ、心配で来てみたんだ。・・・・・・ってあんた! 目! 白目真っ赤だよ? 大丈夫なんか? それ」
「い、岩井、君、大丈夫? 眼底出血? 具合、悪いの?」
キンキン声が頭に響く。
「黙れ」
そう命じると、二人は口をパクパクとさせながら目を見開いている。
京香が俺の腕を掴み、自分の喉を指さしながら何か訴えている。
声が出ない、そう言いたいのだろう。
当然だ。祝様がそう命じたのだから、この町の住人には抗いようが無い。
京香の手を振り払い、奥座敷へと向かう。
上座に座ると、また京香が俺の前に立ち、口をパクパクさせながら何かを訴えた。
「跪け」
その言葉に、その場に正座し、畳に手をつき頭を下げた京香だったが、歯を食いしばって頭が畳につかないように抵抗している。
「ふん。気の強い女だ」
京香の髪の毛を掴み、顔を上げさせる。
「そう、か。お前、響か。響の娘か」
高笑いした後、ゴスッ、と、京香の頭を畳に叩きつけた。
戸口に固まりびくびくしている女4人に声をかける。
「どうした。入れ」
4人がぞろぞろと部屋に入り、下座に並んで座って頭を下げる。
他の女よりも数秒早く頭を上げた貞子と目が合った。
貞子は慌ててまた頭を下げる。
「女。なんという名だったか・・・・・・」
記憶を探る。
「塚森、そうか、塚守りの娘か。こちらに来い」
貞子が怯えながら少しこちらににじり寄った。
「髪を解いて俺の横に侍るがいい」
貞子は言葉に従い、怯えながら髪をほどき、俺の横に座った。
黒髪を一房手に取り、匂いを嗅ぐ。
美しい髪だ。
肩に手をかけ、グイッと引き寄せる。
白い頬を、ぺろりと舐めてみた。
甘そうに見えたその白い肌は、汗をかいたのか、ほんのりとしょっぱかった。
貞子はぎゅっと目を瞑り、小さく震えている。
「邦夫! やめなさい!」
見かねたように母親が一喝する。
もう一度ゆっくりと、べろりと貞子の頬を舐めた後、母親に目を向けた。
「女。俺に意見するか。祝の血を引きながら何の能力も無い出来損ないが。たとえお前が祝の血を引いていようが、この言祝町に住んでいるからには俺の意向には逆らえぬ。俺が死ねと言ったならば死なねばならぬのだぞ」
母親は目を逸らし、何かを一心に唱えている。
無駄な事だ。
所詮出来損ない。何の能力も無い。
「お前はこの身の母親か。では慈悲を与えてやる。自ら死に方を選ぶがいい。十数える間に答えろ。答えられねば俺が考えうる中で一番むごたらしい死を与えてやる」
にやにや笑いながら指を折る。
「ひとぉつ」
「邦夫様、おやめ下さい!」
「くにちゃん、やめて!」
紫紺と一子が叫ぶ。
これみよがしに、二人の目の前でもう1本、指を折る。
「ふたぁつ」
誰もが凍りついたように動かない。
「みーっつ」
ひぐっ、と、しゃくりあげる声が聞こえた。
女共が泣いている。
「くはっ」
笑いを噛み殺す事ができない。
「よーっつ」
ゴソリ、と、何かが音を立てた。
紫紺の持っていた荷物が蠢いている。
「女。オサキの娘。お前、そこに何を持っている」
紫紺は涙を拭い、手元を見やった。
「邦夫様のお荷物でございます」
言いながら、勢い良くバックパックのファスナーを開ける。
「開けるな! やめっ」
バックパックから黒い塊が飛び出す。
こめかみをかすめたソレは、ドゴッ! という音と共に壁に当たり、跳ね返ったらしく、後頭部に衝撃を感じた。