修行
さ・・・け・・・
母屋と蔵の間を通り抜け、裏山に入り、スマホの灯を頼りに山道を登ると、小さな滝のある場所に出る。
しばらくの間、滝の近くに設置されたプレハブ小屋で膝を抱え、自分の身に起きたことを考える。
2日も眠っていないのに、睡魔が訪れる気配は無い。
ほんのりと東の空が青く色付き、小屋の窓から明かりが射し込む。
外に出て、川べりに座り、徐々に白みを増していく空を見つめていた。
やがて太陽が顔を出し、朝日に照らされ、滝には虹がかかる。
服を脱いで下着姿になり、川へと下りて、ざぶざぶと水の中を歩き、滝の真下に置いてある大きな岩の上で座禅を組む。
この岩は、わざわざ数年おきに岩井家が取り替えている。
しばらくすると水圧で岩が削られてしまうためだ。
そんなものを置かずに、立ったまま滝行を行えばいいのだが、何かこれは岩井流の流儀というものらしい。
滝に打たれながら、ただひたすらに祝詞を唱える。
どうにも煩悩が多すぎる。
自分が無になるまで、ただひたすらに祝詞を唱えた。
どれくらいの時間が経ったのか、目を開けると岸辺でコンちゃんが心配そうに見つめていた。
「コンちゃん。3日くらい山に篭るから。かーちゃんにも伝えておいてくれるかな」
コンちゃんは、言わなくても全部わかっている、というように頷く。
「邦夫様、断食の行も行われますか?」
少し考え、ついでだから、と、頷いた。
「では、わたくしと乾、交代で見届け役を務めさせていただきます」
コンちゃんはその場で手をついてお辞儀した。
見届け役といっても、ちゃんと行を行うか見張るというわけでは無い。
万が一、行の最中に倒れたりした時に助ける役、ということだ。
「ありがとう。よろしくね」
礼を言いながら滝から上がると、冷え切った体にコンちゃんがバスタオルをかけてくれた。
軽く体を拭き、コンちゃんが用意してくれていた焚き火にあたり暖を取る。
服を着て、小屋に篭り、また座禅を組んで祝詞を唱える。
眠気が訪れると、また服を脱ぎ、滝に打たれる。
何かを掴むまで、眠らずにこれを繰り返す。
次第に、目を閉じていても自分の側に誰かいるのがわかってくる。
意識が広がり、自宅に4人、人がいるのがわかる。
母の他に3人。誰か訪ねて来ているのだろう。
ご近所に11人。5人ほど道端に集まっている。おばちゃん連中が井戸端会議でもしているのか。
学校には数十名。授業が終わって部活でもしているのだろう。
やがて邦夫の意識は、町全体を覆い尽くす。
残っている穢れの地は、ひいばあちゃんに聞いていたよりも全然少ない。
町中いたるところに封印があるはずだったのだが、大物は町の中央に1、北北西には封じたばかりの気配が1、これはお京さんの家だ。その他は、西、南、南東、北東に1、計6箇所。
小物は北、北西、西、南西、南、南東、東、北東、北に、一箇所ずつ。計8箇所。
合計でたったの14箇所だ。
思ったよりも楽な仕事かもしれない。
だが、完全に封印が解かれている所が3箇所ある。。
小者だが、これは早急に何とかしなければならないだろう。
就任4日目にしてようやく、邦夫は祝様という存在になった。
町と一体化し、これより先は町から一歩も出る事は許されない。
これが、祝、乾、尾崎の家にかけられた呪いでもある。