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お正月チャレンジ  作者: 柳瀬光輝
3/20

恋心

あぁ、ビールもうまいね。ビール。キリンラガー。


 教室に入り席に着くと、隣の席から白目がちな目で「おはよう」と、蚊の鳴くような声で彼女が挨拶をしてくれた。


 僕が祝様を襲名したという話は、恐らく彼女の耳にも届いているはずだ。

 だが、彼女だけは変わらない。


 塚森貞子(つかもり さだこ)

 両親があの映画のファンで、そんな名前を付けたらしい。

 本人もあの映画が好きで、意識して髪を伸ばしたそうだ。

 ところが小学生の頃、授業中に担任の女性教師に前髪がうっとおしいと言われ、いくつものヘアゴムで前髪と左右の髪を、それぞれ3つずつの山ができるように束ねられる、という迫害を受けたという。

 日曜夜6時半の日本のお茶の間のアイドルのように。

 小学校当時はそのせいで『サダ子』ではなく『サザ子』と呼ばれていたが、その悲劇を繰り返すまいと、今では長い髪を左右に縛って三つ編みにしている。


「岩井君、その、日本人形」


 ひいばあちゃんを頭の上に乗せていたのをすっかり忘れていた。


「あぁ、これ? あの、ちょっとなんかしきたりで、持ち歩かなきゃいけないんだ」


 適当に口からでまかせを言ってごまかしてみる。


「かわいい。人形、大好き」


 こんな他愛も無い会話を交わした時の彼女の笑顔がとてもかわいいという事は、多分僕しか知らない。

 あの映画の影響か、彼女は挨拶をする時にアゴを上げ、目を見開いて黒目を極限まで下に下げる。

 恐らく、僕以外の同級生たちは彼女と二言以上口をきいた事が無いだろう。

 4月に彼女と初めて同じクラスになった時、彼女の方から話しかけて来た。

「岩井君・・・・・・ノロイ、って、呼ばれてる?」と。

 それに対して僕が色々と言い訳をすると、彼女は微笑んだのだ。

「ノロイ、素敵。ミステリアス。いいと思う」と。

 それからも時々、彼女は僕に話しかけてくるようになった。

 話してみると、趣味も合った。

 オカルト系の話や、好きなラノベ、好きなアニメの話。

 時には嫁(好きなキャラ)を取り合う事もある。


 昨夜、邦夫の身に起きた出来事は、彼女の興味を引くだろう。

 そう思い、彼女に話しかけようとしたところで邪魔が入る。

 ワン子とコンちゃんだ。


「邦夫さまぁ~!」

「くにちゃ~ん!」


 二人とも隣のクラスなのに、競って入ってこようとしたところで、丁度並んで教室から出て行こうとしていた女子生徒二人連れとタイミングが重なってしまったようで、4人で教室の入口に挟まってもがいている。


「ちょ、や、痛い、何? 何なの?」

「苦し~い! 早くどけてよ!」


 何の関係も無い女生徒二人を気にもかけず、二人はその場で叫んでいる。


「くにちゃ~ん、ボク、くにちゃんの分もお弁当作ってきたから~、一緒に食べようね~!」

「邦夫様、犬の餌なんて食べる事ございませんわ。わたくしの作ってきたお弁当を一緒に食べましょう」

「なんだと~? お前の作った弁当なんて、どうせお稲荷さんだけだろ~! くにちゃん、こっちには骨付きフライドチキンもあるぞ~!」

「なんですって? お稲荷さんのどこが悪いって言うのよ。この世で一番おいしい食べ物じゃございませんの。これだから犬ッコロは」


 挟まったままで器用に頭突き合戦が始まった途端、ドガッという音と共に真ん中の二人、ワン子と、巻き添えを食った女生徒一人が、教室の中に吹っ飛ばされる。

 二人が居た場所には、すらりと伸びた形のいい足が1本見えていた。


「邪魔だ」


 足の持ち主は響京香(ひびき きょうか)。通称、お京さん。

 少々アウトローな、素行に問題のある同級生だった。

 一房だけ赤く染めてある長い髪をかきあげ、ガムをくちゃくちゃと噛みながら、真っ直ぐに僕のところに向かって来る。


「おう、ノロイ。今朝、うちのハゲがお前んちに行ったべ?」


 こう見えてもお京さんはこの町の町長の一人娘なのだ。

 声も出せずにコクコクと頷くと、お京さんは興味無さ気に言葉を続ける。


「んでよ、一発目、うちからの依頼な。もう話ついてるはずだから、ちゃっちゃと何とかしてくれや。怖えぇんだよ」

「へぇ、お京さんでも怖い事なんてあるんだ。でも、僕にできるかなぁ」


 自分に封印の儀が行えるかどうか、自信が無かった。

 儀式を見た事はあったし、やり方も幼い頃にひいばあちゃんに教え込まれてはいたけれど、実践経験が無い。

 不安に思ったところで、頭上からひいばあちゃんが小さな声で言った。


「大丈夫じゃ。わしがついとる」


 お京さんには曾祖母の声が聞こえなかったようで、しゃがみ込んで僕の机に肘をついた。


「ったりめえだろ。あのハゲが裏で悪辣な事ばっかしやがるから、恨みやらなんやらですっげえ事になってんだぞ、うち。これだってよぉ」


 赤く染めた髪をつまむ。


「怖くて白髪になるってホントなんだぞ。黒く染めんのも面白くねえから赤くしてみたけどよ。ほんっと頼むわ。怖くてうちに帰れねえから、ダチんとこ泊まり歩いてんだけど、それも限界だからよ」


 かなり深刻な状況のようだ。


「えっと、じゃあ、学校終わったら1回うちに帰って、道具取ってこなきゃいけないけど、お京さんの家に行くね」


 そう返事をすると、お京さんは破顔してポケットをゴソゴソと漁る。


「あんがと! お礼にこれ、やるよ」


 机に置かれたのは、封が切られ3枚だけ残ってる、刺激強めで僕には食べることができない程辛いガムだった。


「じゃ、よろしくな~!」


 自分の席に戻っていくお京さんの後姿を見つめる。

 不良に見えても、何かと行動には理由があったんだな、等と思いながら。

 人を見かけで判断するのはやめよう。

 いつも不機嫌そうに机に突っ伏して、誰が話しかけてもドスの利いた声で「ん~」とか「ああ」とかしか言わなかったのもきっと寝不足のせいだったのだろう。


「聞きましたわよ、邦夫様、初仕事ですわね」

「くにちゃん、大丈夫? ボク、一緒について行ってあげようか?」


 お京さんが怖かったのか、それとも遠慮していたのか、感心な事に話に割り込んでくる事はしなかったワン子とコンちゃんが二人して駆け寄って来たが、予鈴が鳴り、教師が入って来たので、しぶしぶと自分達の教室に戻っていく。

 ホームルーム中、ものすごい視線を感じて横を見てみると、貞子さんが例の目付きで邦夫を熱く見つめていた。

 なんだろう。もしかして妬いてくれてたりして、等と勝手に想像して、勝手にニヤニヤ笑ってしまう口元を手で隠した。


 教師が出て行った途端、彼女は今までに無い早口で話しかけて来た。


「岩井君、そのお人形、喋るんだね。ステキ。うちの両親のコレクションにね、髪の伸びるお人形が何体かあるんだけど、どれも髪が伸びるだけ。つまんない。岩井君のおうちにはそういうお人形いっぱいある? あるの? 見に行っていい? 見せて? あ、岩井君にばっかり見せてもらうの悪いよね。持って来る。今度持って来るから。あ、それとも見に来る? うち来る? 今日はどう? あ、今日は響さんのとこ行くのよね。私も一緒に行っていい? お祓い、見せてもらっていい? どうやるの? えい、えい! って感じ? 見たい見たい。むしろ私もえい、えい! ってやってみたい。てか、そんなんじゃなくて、ふひっ、なうまくさんまんだばざらだんかん、くらいは誰でも知ってるよね。だから私は、その一歩先、一歩先を行きたいの。ほら、なに? なんちゃらばじりそわか、とか、まんだまんだうんはった、とか、そこまで行きたいわけ。わかる? わかるよね? うわ~、たぎる、たぎるわぁ~」


 あまりに抑揚の無い早口だったので、何を言っているのかよく理解できなかったが、どうやらひいばあちゃんが頭の上で話していたのを聞かれたらしい。

 人形を見せて、と言っていたような気がするので、頭の上からひいばあちゃんを引き剥がし、彼女の机の上に置く。


「ちょっとトイレ行ってくるから、その間だけね」


 瞳をキラキラと輝かせて頬を薔薇色に染め人形を抱きしめる彼女に、一瞬心を奪われ、見とれてしまったが、排泄欲求を抑制しすぎたため、脂汗と震えが出てきたので、慌ててトイレへと走った。


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