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お正月チャレンジ  作者: 柳瀬光輝
2/20

王子様

国稀くにまれうめ~~!

増毛ましけのお酒です。

 岩井家は拝み屋として有名な家系だ。

 現代から遡ること一千二百年ほど昔、京の都には魑魅魍魎が跋扈していた。

 ありとあらゆる拝み屋が京に総結集し、魑魅魍魎を掃討した。

 滅ぼし、あるいは追い払い、それを一箇所に集めた。

 追い払った先が、この言祝町ことほぎちょうである。

 言祝町には外部から強力な結界が張られ、3名の優秀な拝み屋が送り込まれた。

 この地に魑魅魍魎を封印し、二度と外部へと出さないために、だ。

 犬神憑きの家系の(いぬい)一族、飯綱使いの家系の尾崎(おざき)一族、そして、責任者として宮司の(いわい)一族。

 祝一族が、現在の岩井家に当たる。


 3名の拝み屋は力を合わせて、言祝町に送り込まれた全ての魑魅魍魎をこの地に封印した。

 その数が多すぎたため、この町ではどこを掘り返しても封印を破ることになってしまう。

 家の新築、増改築、商業施設などの建築、果ては墓を建てる時にさえ、岩井の者が呼ばれ、それを収めてきた。


 岩井家は神社としての形式は取っていなかったが、この地域ではもう既に新しい宗教として成り立っている。

 だが、曾祖母の(クマ)以降、岩井の家ではご神託を授かる者が現れなかった。


 隈が亡くなって10年、乾と尾崎も力を尽くしたが及ばず、この地はまた魑魅魍魎で溢れかえってしまった。


 そこへ来て、邦夫の祝様襲名の知らせだ。


 祝様というのは、岩井家の当主(但し力を持った当主に限る)の呼び名である。

 町を挙げてのお祭り騒ぎだ。


 蔵から出されてすぐに、正月でも無いのに紋付袴に着替えさせられ、隈の宿った日本人形と共に座敷奥の座布団に座らされた。

 朝5時だというのに、見知らぬおっさんが次々にやってきて、ハゲ頭を見せつける。


「この度は、祝様襲名、誠におめでとうございます。今後ともこの町をお守り下さい。よろしくお願い致します」


 いい歳したおっさんがぺこぺこと頭を下げる。

 15歳になったばかりの若造にだ。

 さぞかし屈辱的だろうな、と思ったが、みんながみんな、本当に嬉しそうににこにこしている。

 中には涙を流して喜んでいる人もいる。

 何十人もの挨拶を聞き、意識が朦朧として来た頃、母から救いの手が差し伸べられた。


「皆様、酒宴の用意を致しておりますので、そちらに移動願います。挨拶はまた、邦夫が戻って来てからとさせてください。ほら、邦夫、あんたもとっととメシ食って学校に行きなさい」


 昨夜から一睡もしていない。


「かーちゃん、今日、僕、休みたい」


 叱られるのを覚悟で言ってみたが、意外な事に、母はにっこりと微笑む。


「いいわよ。でも家に居るならこのままずっと挨拶が続くけど」


 学校に行って保健室で眠らせてもらうほうが良さそうだ。


 登校中も近所のおばちゃんにつかまり、長話をされて遅刻しそうになったが、頭の上に乗った曾祖母がおばちゃんを撃退してくれた。


「あらあら、邦夫ちゃん。あんた、まぁ、この度はねぇ、本当におめでとう。おばちゃんもね、嬉しくてねぇ。あ、それでね、邦夫ちゃん、ちょっとお願いがあるのよぉ~」

「おう、よし江か。お主も歳を取ったのう。ひひひひひ」


 突然、頭の上に乗せられた日本人形が喋り出すのだ。

 大抵の人間はそこで腰を抜かした。

 人間の撃退は曾祖母がしてくれたが、町の中は雑多な霊や穢れで溢れかえっている。


「うわぁ、今まで気付かなかったよ。町中ひどい事になってるね」


 祝詞を唱えながら道を歩くだけで、見える範囲の全てが浄化される。

 自分にこんな大きな力があった事に驚いていると、曾祖母に頭を叩かれた。


「何をいい気になっておるか。こんなもん、ゴミじゃ、ゴミ。封印された妖の瘴気に惹かれて集まっただけのゴミクズじゃ。祓えて当然。しかし、これだけ集まっているという事は、どこかで封印が崩れておるかもしれんの」


 ふぅん、と、気の無い返事を返し、祝詞を唱え続ける。

 でも僕には、たったこれだけの事でこんなにも容易にお祓いができる程の力があるのだ。いい気になるな、という方が無理だろう。

 神にでもなったかのような全能感に酔いしれる。


 だが、それも学校の近くまでの話だ。

 学校ではなるべく目立たないようにしたい。

 あの学校には、ひどいいじめっ子がいるのだ。


「ひいばあちゃん、そろそろ学校近いから、人形のフリしててくれる?」

「あいよ」


 外見は普通の人形なので、喋ったり動いたりしなければ何とかなるだろう。

 校門が見えて来ると、同級生が次々に声を掛けてくる。


「よう、ノロイ! おは~」

「ばっか、お前、知らないのかよ? クンニは祝様になったんだぞ。そんな呼び方したらバチ当てられるぞ」


 僕は同級生達から「ノロイ」または「クンニ」と呼ばれている。

 代々女系家族だった岩井家で、2代に渡り祝様が出なかった。

 次の代は男だから、まずダメだろう。これじゃイワイ様じゃなくノロイ様だわね、と、彼らの親達が陰でウワサしていたのを、純粋な子供達が聞いて、それがそのままあだ名になってしまったのだ。

 とは言え、初代の祝様は男だったし、今まで男の祝様がいなかったわけでは無いのだけれど。


「うへえ~、やっべ、じゃあ俺もこれからクンニって呼ぶ事にするわ」


 どちらにしてもロクなあだ名では無い。

 曖昧に頷いていると、彼が僕の頭を脇の下にガッチリと抱え込んで、声を潜めて聞いてきた。


「ところでよ、お前、どっちと結婚するかもう決めたのか? ワン子とコンちゃん。いいよな~、二人ともチョ~かわいいもんな。お前と結婚しない方口説くから教えてくれよ」

「い、痛いよ~、林君、やめてよ~」


 本当に痛くてやめてほしかったけれど、笑いながら訴えた。

 どうせ、どう言ったって聞いてくれないのだけれど。


 ワン子というのは、乾家の次女、乾一子(いぬい いちこ)

 コンちゃんは尾崎家の長女で、尾崎紫紺(おざき しこん)

 同じ年に三家の子供が生まれ、岩井が男、乾と尾崎が女だった事もあり、しばらく新しい祝様が出なかったため、次世代に能力の強い血を、と望まれて、三家の長たちが協議して、いずれどちらかと、と、勝手に決めた事だ。


 確かに二人とも外見はかわいいけれど・・・・・・。

 邦夫は鼻の頭を掻きながらボソボソと答える。


「いや、無理にって話じゃないし、僕、他に気になってる子、いるし・・・・・・。それにあの二人のほうが僕の事なんて眼中に無いよ」


 え~、マジかよ、誰だよ誰だよ、と聞いてくる同級生に、口をすぼめながらニヤニヤ笑いをして、いいじゃん、別に、と答える姿は、確かに女の子に相手にされない気持ち悪い男でしか無いのだろう、と、自分でもわかっている。誰がどう見ても気持ちが悪いだろう。

 同級生達も余裕の笑みを見せ、そうだよな、いくら祝様になったからってこんなキモヲタ相手にしないよな、と目配せをしている。


「ちょっと、あなた達。人の婚約者をいじめないでくださる?」


 突然後ろから掛けられた声に驚いて振り向くと、そこにはコンちゃんが立っていた。

 縦ロールの髪の毛をくるくるといじっていた手を、僕と視線が合うと同時に前に重ねて、45度の綺麗なお辞儀をした。


「邦夫様、この度は祝様御襲名、おめでとうございます。将来の妻として、誇らしゅうございますわ」


 その場に居た全員が凍りつく。


「え? くにお、さま? しょ、将来の妻って?」


 コンちゃんは右手の甲を口元に当てて、をほほほほ、と笑う。


「いやですわ邦夫様ったら今更。3年後には結婚ですのに」


 コンちゃんは今まで、僕の事を『ノロ』と呼んでパシリに使っていた女王様気質の女の子だ。『ノロ』は『呪い』と『(のろ)い』の『ノロ』だ。

 それが突然『邦夫様』だの『婚約者』だの、豹変も甚だしい。


「ふらい~んぐ、ひ~っぷ、あた~っく!」


 唖然としていると、目の前からコンちゃんが消え去り、水色と白のストライプが現れた。


「ちょ、ワン子、パンツ見えてる! パンツ!」


 掛け声の通りフライングヒップアタックでコンちゃんを弾き飛ばしたワン子にそう言うと、ワン子は「ボク、くにちゃんになら毎日見せてあげてもいいよ、えへへ」なんて言う。

 ワン子は僕のあだ名『クンニ』の名付け親であり、下品で粗野で、今までは腕力に物を言わせて、やはり僕をパシリに使っていた体力バカな女の子だ。


 そう、この二人が、この学校の『ひどいいじめっ子』。

 二人ともやたらとカリスマはあるために、周りの生徒はみんな、二人に引きずられるようにして僕をバカにしているのだ。


「もう、なにやってんのさ、ワン子は。ほら、コンちゃん、大丈夫?」


 顔面から地面に倒れこんだコンちゃんに手を差し出す。


「発情期の女狐にくにちゃんが襲われてたから、助けに来てやったんじゃないか~」

「なんですって? あなたこそ、パンツ丸出しでまるで発情期の犬ッコロじゃありませんの」

「なんだと~? この女狐。ちょっと顔貸せや~!」

「上等ですわ、この犬ッコロが!」


 差し出した邦夫の手を振り払い、二人はどこかへ行ってしまった。

 一部始終を目撃していた同級生は、「よ、良かったじゃん、両方脈ありじゃね?」と言いながら苦笑いをして去って行った。

 良くなんかない。この二人の幼馴染のせいで、僕は女性不信、人間不信になってしまったのだ。


 ―――トラウマが蘇る。


 幼少の頃からあの二人に、白馬の王子様とはどうあるべきか、体罰を持って教え込まれた。

 王子様はお姫様のどんな我侭でも笑いながら許してくれるべきだ。

 お姫様が叩いても、王子様は叩き返してはいけない。暴力を振るう男は最低だ。

 でもお姫様が危機に陥ったら、王子様は助けなくてはいけない。

 たとえ王子様よりも、敵よりも、お姫様が強くても。

 もしそれができなければ、お姫様に、敵もろとも木っ端みじんに粉砕されるのだ。

 小学校低学年の頃、敵と手を組んでお姫様軍団に戦いを挑んだ事がある。

 結果は惨敗。

 ワン子は一人でも一騎当千にて鎧袖一触、もしも一子が白馬に乗って現れたなら、誰もが一子に惚れていただろう。

 コンちゃんは威風堂堂にして剛毅果断、ワン子を王子様とするなら、コンちゃんは王様だった。

 コンちゃんに心酔した軍団の中には、中学生、高校生も居た。

 そんな連中に、いつでも僕は虐げられてきたのだ。

 それが今の結果である。

 二人に逆らえず、いつでも曖昧な笑みでごまかす僕を、周りの同級生達は侮った。

 僕も努力して、ある程度、そこいらの同級生には負けない程度の武術を身につけてはいるのだが、精神は弱かった。

 同級生達に対抗する事はできなかった。

 なぜなら、暴力を振るう男は最低で、その力はお姫様を守るためだけに使うべきものであり、もしそれを守らなければお姫様にフルボッコにされるからだ。


 僕にとって、女は恐ろしいものだった。

 全ての女が恐ろしかった。

 自分の母でさえも。


 だが、ひとつの出会いが、僕を変えた。

 彼女こそ、この3次元世界での自分の姫だと思う。

 控えめで、僕にだけ見せてくれる笑顔がかわいい、僕だけの姫君。

 彼女のためならば、僕はこの身を投げ出すだろう。そんな事を考え、によによと笑う。

 祝様襲名と同時に態度が変わったあの幼馴染達。

 あんなものには騙されない。絶対、絶対、絶対にだ!

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