神様なんていないけれど
吸血鬼はどこからともなくやってきて、渇きに喘ぎ、その長い時間を持て余す。人の生き血でしか理性を繋ぎ止める術はなく、それが枯渇すると理性を失う。それでも、その罪に塗れた身を守るために人を貶め、ゴミ屑のような姿にして投棄する。そんな業を持って、こんな日を誰が喜べようか。
今日は聖夜。闇に付け入る隙はない。
ここシュフィルツェンには一週間前からマーケットが開かれ、甘いケーキ、やクリスマスオーナメント、それに暖かそうなスープが売られ、人で賑わう。
喉が渇いて、渇いて、貼り付きそうだ。
「スープを一つください。」
「はいよ、20ダーツだよ。」
私が20ダーツを渡すと、屋台の女性はスープが入った皿とスプーンを渡してきた。
「安物の皿だけど、可愛らしい皿だろ?でも、うちじゃ使わないからね、持ってっていいよ。こういう時くらいサンタぶらせておくれよ。」
女性はそう言ってにこりと人好きそうな笑みを浮かべた。
マーケットの外れにある、小さな噴水の縁に座ってスープをすくう。その飴色のスープに青白く、唇は荒れ、目元には隈がある疲れきった病人のような私の顔が映る。血の抜け切った鶏肉、何の草かは知らないけれど、どれも不味くはないけど、美味しくもない。そして、血に飢えた渇きも満たせない。
「ねぇママ!あのピンクのケーキ欲しい!!」
「だめよ、もうおじいさまがくださったケーキがおうちにあるでしょう?」
血が足りない、血を、誰か、血を。
ねぇ、そこのお母さん、娘さんの血をください。良ければあなたのも…
「っく!」
気づけば皿は粉々に割れ、中身は石畳に散らばり、爪は喉をかきむしり赤く染まっていた。
身体中の震えがとまらない。私は逃げるようにその場を後にした。
『驚くべき恵みか…
私のように悲惨な者を救って下さった。
…神の恵みが私の心に恐れることを教え、
そして、これらの恵みが恐れから私を開放した
どれほどすばらしい恵みが現れだろうか…』
柔らかな光の漏れる教会から定番の賛美歌が聞こえる。
塵芥から生まれた私たちには神の慈悲なんてない。
生きるにはこんなにも生きづらく、
死ぬにも死にきれない。
「…っう…」
さめざめと泣きながら、小さな子猫に牙をたてる。
神様、神様、神様、
…どうか私を殺して。