春よ恋恋
三月の上旬っというより初日は、日本全国の高校で卒業式が行われた。三年間過ごした学び舎での日々に涙する者、友達と志望校が違って離れ離れになるのがさびしくて抱き合う者等々……。それぞれに高校でしか過ごせない青春に終止符を打った。
なんて語っている俺こと、鬼場蓮司もつい先日、桜音高校の卒業式を終えて絶賛暇なう。
進路先さえ決まってしまえばこっちのもんだが……あれだな。あれほどいやだいやだと思いながら通っていた高校を卒業してみると、妙な寂しさが付きまとうしすることが無さすぎて暇すぎて腐る。精神的に腐る一方だ。
元生徒会のメンツは今頃何しているのだろうか……? 国立後期に向けて勉強中か。あるいは卒業祝いでもらったお金を使って遊んでいるか、車校に通っているとか。いろんなことやって時間を持て余しているんだろうな……。
ハァ―……暇だ……。
ベッドで横になりながら深いため息をついた途端、台座に鎮座していたスマホが一本の着信をキャッチして、設定していた着メロを部屋中に響かせた。
いったい誰だ? こんな夜中に……ってアイリからか。
「はい、もしもし鬼場ですけど?」
『もしもしレン君? こんばんは~アイリでーすっ』
電話越しから聞こえる少し拍子抜けた声。間違いない。元桜音高校生徒会長、アイリ・F・アインハルトだ。両親はイギリス人の血を引いており、セミロングのブロンドヘアにぴょこんと跳ねたアホ毛がチャームポイントの可愛い女の子。
成績優秀スポーツ万能かつ家事万能で容姿端麗で非の打ちどころがない完璧超人……というのが主にラノベ会でいう生徒会長のイメージだと思うだろ? 確かにアイリは成績優秀で容姿端麗。しかし家事やスポーツはまったくのダメダメ。それもかなりの底辺レベル。そういった欠点もまたいんだよなー……って何一人で語っているのやら。
「あー……うん。知っているよ。それでどうしたの?」
『あのね。綾ちゃんと今週末、映画見に行くはずだったんだけどさ、急に来られなくなったみたいで。ほかの友達もこの映画興味なさそうだし……』
「それで俺をか……。まあいいよ」
『ありがとうレン君!』
「いいよ。それでなんてタイトルの映画を見るんだ?」
『それは内緒! それじゃあ今週の土曜か日曜のどちらが空いている?』
「どちらも空いているぞ。なんせ絶賛暇しているからな」
『そこ威張るとこじゃないよ! じゃあ今週の日曜日の十時ごろに雲雀駅内の時計塔前に集合でいいかな?』
「オッケー。それで行こう」
『うんっ。じゃあ今週の日曜日にねー。ありがとうレン君っ』
そういってアイリは電話を切った。
元生徒会長さんと二人っきりで……か。高校時代はよく告白されては次々と男たちを振っていったあのアイリと……。っ! か、考えてみればこれって、デ、デデデデデデートじゃないか!? いやまあ俺が元生徒会副会長という立場でよく二人で買い出しとかには行ったけど……プライベートであいつに会うのって……なんか気恥ずかしいな……。ってどんだけ初心なんだよ俺は―!
頬を赤らめて俺は自分に全力のノリツッコミを入れた。
『ちょッ! レン兄うっさい!』
ドンッ! と隣部屋にいる三つ年が離れた妹の夜月が『静かにしろっ』っと壁を殴って伝えてきた。
はい、すみません……つい、舞い上がってしまいました。
深呼吸してアドレナリンによって舞い上がった気持ちを打ち殺して来たる日曜日に備えた。
って日曜日って明後日じゃん! つかもう土曜日だよ!
『だからレン兄うっさいって言っているじゃん!』
ノリツッコミを入れるたびにドンッ! ドンッ! ドンッ! っと、壁に穴が開くんじゃないかというくらいの力で夜月が壁を殴ってきた。
*
アイリから映画のお誘いがあって早二日。と、いうより一日と約九時間が経過した。
俺は待ち合わせ時間である十時のその一時間前。つまり九時からここ、雲雀駅内の時計塔前でスタンバっている。
しかし、ここしばらくは制服かジャージしか着てないから私服で外を出歩くのは久々って感じだなー……。買い物も大抵は通販でポチっているし。それに昨日妹の夜月に
『レン兄のファッションセンスはど底辺だからあたしがコーデしてあげるね』
ってなんか楽しげにコーデされていたけど……。これ『もし彼氏ができたら絶対着てきてほしいコーデベスト10』に載っていた奴だろ……。
時計塔に反射して映る自分の服装を見て深くため息をついた。黒のメルトンスタンドコートにデニムパンツを合わせ、挿し色としてあわせたワインのジップアップニットコーデに白シャツ。ファッション誌まんまっていうのもなんかあれだな―……。ってかよくこんなのがクローゼットの中に眠っていたな! これはいわゆる、ご都合主義って奴なのでは……。
うむぅ……っと、一人で考え込んでいると。
『あ、レン君はっけーんっ♪』
と、タッタッタッと、俺の名前を呼んで金髪少女が走ってきた。そして、キキーッと目の前でブレーキを踏んで立ち止まろうとしたのだろう。勢いを押し殺すことができず、前に突き出していた両手が俺の腹にドンッ! とぶつかり深々とめり込んだ。
「ごふっ! ア、アイリ……テメェ……朝っぱらから何しやがるんだ……」
「おはようレン君♪ いやーごめんねー大丈夫?」
「これが大丈夫に見えるか……?」
危うく胃酸で消化中の朝食をここでゲロインするとこだった……。
に、しても私服姿のアイリは新鮮味というものを感じた。
茶色のギンガムチェックのスカートと黒のネックカットソー、そして防寒対策として白のポンチョを着ていた。
「ねえレン君。私服姿のボクの事、今可愛いって思った?」
『ボク』なんて言っているが、アイリは生物学かつ戸籍上は正真正銘、誰が言おうと立派な女の子だ。SNSとかででよく性別を一人称で判断してしまうのは誰もがやってしまうことだろう。だが、それは大抵外れる可能性の方が高い。自分のことを『私』と呼称する男性も少なからずいるし、女の子で自分のことを『オレ』や『ボク』と呼称する人もいる。つまり、アイリはそのうちの一人に入るわけだ。要約すると、彼女は俗にいう『ボクっ娘』というわけだ。
「べ、別に可愛いとは思わなくもない。ただ、新鮮味って言うのがあってだなー……」
「もうレン君照れちゃって~」
「て、照れてなんかねえよ!」
「はいはい。そういうことにしてあげるから」
ス、スルーしやがった……。
「でね、今日見る映画なんだけどこれを綾ちゃんと見る予定だったんだ―」
カバンから今日の上映予定時刻表を取り出したアイリは、俺に見る予定だった映画を指差して教えてくれた。
「こ、これは……!」
ゴクリっと生唾を飲み込んでアイリが指差したモノのタイトルに驚いた。
「そう! アニメも2クールあって原作も一千万部突破した『2.5次元にてDゲームが開催されるそうですよ』の劇場版だよっ!」
「ただのアニメ映画じゃねえかー!!」
すっかり忘れていた。学校でのアイリは誰もが尊敬の眼差しを向ける生徒会長である反面、自宅での彼女はアニメにマンガ、ラノベ、コスプレ、その他もろもろに興味を持つアニオタであることに。だが、これのことを知っているのは俺と彼女の友達の綾ちゃんだけ? とは断定しづらいが、たぶんそれだけが知っている。
「ちょッ! レン君! 今回の『Dゲーム』はただのアニメ映画じゃないんだよ! 原作者自らが脚本を書いて、原作にはない完全オリジナルなんだよ!」
「わ、分かった! 分かった! そこまで力説しなくていいから!」
「『Dゲーム』のことなら軽く三時間は語れる自信がある」
ムフンッとアイリは鼻息を荒げて胸を張った。
「そういうところに情熱を使わなくていいから。で、何時からのを見るんだ?」
「そうだねー……十時台のを見ようと考えていたけどもう席が埋まっているみたいだから十二時台のを見よう。その間にレン君の分の券と二席確保しよう。ボクは前売り券を持っているからね」
さすが……としか言いようがないな。
「じゃあさっそく行こう♪ オーッ」
「お、お―……」
なんでこいつ、朝からこんなにもテンションが高いんだ?
なんて疑問に思いながら、俺は彼女のテンションについて行き、そのまま駅前にある県内でも大型の映画館『雲雀グランド・スクエア』に向かった。
週末とだけあって館内は子連れや俺たち同様小中高を卒業した者達の集いに大学生のカップルetc……で溢れていた。
「人多いなー……。皆はいったい何見る気でいるんだ―?」
「少なくともボクたちとは同じじゃないことを願うよ。それより早くレン君の分を確保しなきゃだよ」
いそいそと俺たちは人混みを掻き分けてチケット購入カウンターの待機列に並んだ。電子掲示板に映されている情報ではまだ席は十分に空いているみたいだ。
見るなら後方席の真ん中あたりがいい。万が一、後方真ん中がすでに埋まっている可能性があるとしたら、左右どちらかの席がいいし……。
「なあアイリ。どの席にす――」
「6番スクリーン、十二時二十分上映の『Dゲーム』で、H列の13と14をお願いします。あー二人とも高校生です。それから前売り券一枚と、もう一人は現金払いでお願いします」
一人でぶつぶつ考え事をしている間に、いつの間にか俺たちはカウンターに前にいた。そしてアイリが一人でオーダーを済ませ支払いの段階まで行っていた。
さすが元生徒会長。仕事が早い。
「今回はお一人様が前売り券払いなので、合計千五百円になります」
アイリの分は前売り券で支払い済みだから、さっさと俺の分の支払いを済ませればオールオーケーだ。
サイフから千枝札を二枚出して五百円金貨一枚の釣りと、席の場所が明記された整理券、それから前売り券の入場者特典を貰ってカウンターを後にした。
会場入場までまだ一時間強はあるし、どうやって時間つぶそうか? 売店によって『Dゲーム』のグッズでも見て時間つぶすもありだし、一端外に出て昼飯でもっていうほど時間は経ってないし。
「なあ、アイリ。これからどうするって……どこいった?」
少し目を離した途端、俺の視界からアイリの姿はなかった。背伸びしてあたりを見渡しても長身の男性が壁となって遠くが見えなかった。ここから出て、外に探しに行って行き違いになるのもあれだしな。LINEで連絡をしても早々に既読つかないと思うしなー……。仕方がない、あいつが行きそうなところを手あたり次第探すか。
人ごみをかき分け、まずは今後公開予定の映画のチラシが置いてあるところに向かったが、ちびっ子と中高生しかいなかった。次にポップ・コーンとか館内で飲食オーケーの品々を売っている売店に向かったがここにもおらず。実際のところ、全国の映画館がなぜ持ち込み禁止なのかは誰にでもわかることだ。それは『より利益を得るためである』他店からの持ち込みだとその館の利益は減少。しかし、館内で販売しているもののみを持ち込み可にすることで商業的に利益は増加。黒字万々歳というわけであって……って誰に向かって解説しているのだろうか。
最後の賭けとして、俺は上映映画関係の限定グッズをうっている売店の列を見に行った。そして見つけた。何を買うのか、あらかじめチェックしていたのだろう。スマホを見ながら、商品ケースの商品タグに『売り切れ』の文字がないか何度も顔を上げて確認していた。
そして、自分の番になるなり、ペラペラとメモに書いていた商品名を読み上げて支払いをパパッと済ませて出て行った。
「あ、レン君。もうどこ行ってたの~?」
「それはこっちのセリフだよ! ずっと探してたんだぞ」
「ご、ごめんなさい……レン君」
シュン……とびょこんと立っていたアホ毛が下がった。
「……そうしょげるなよ。で、何買ったんだ?」
「え、えーっとね。タペスト二本と、Tシャツ、ラバスト八つ(箱買い)とヒロインたちのプチ人形全種とクリアファイル全種と……」
その後もアイリは長々と売店で買ってきたものを話してくれた。
「……と、パンフ!」
「いくら消費した?」
「大体十四万近くは消費したかなー?」
「使いすぎだろー!」
好きなものにお金を投資するのは自由だよ。うん。でもそれはいくら何でも使いすぎだろ。
「そんな金、いったいどうやって手に入れた? 貯金か?」
「あーレン君は知らなかったっけ? ボクがレイヤー活動の一環としてレイヤー関係の読者モデルをしているって? その時の印税でだよ」
うん、ごめん。お前がレイヤーだってことは知っているけど。まさか読者モデルの域まで達しているのは知らなかった。そこまですごい奴だったなんてなー……恐れ入ったぜ。
「だけど、それだけの量をもって映画見るにも移動するにも邪魔じゃないか?」
「大丈夫だよ、レン君。あとで宅配してもらうから無問題」
「あ、そうですか」
使えるものはとことん使うなー……現代っ子の鏡のような女の子だよ、アイリは。
「で、これからどうするよ? まだ一時間近く暇があるぜ?」
「とりあえず、まずは宅配業者にこれを自宅に送って。それからはゲーセンか、本屋とかで時間つぶそうよ」
「それがいいな。んじゃあ移動すっか」
俺たちは一度、映画館を出て駅周辺にある宅配業者に映画館で購入したグッズの入った紙袋を配達してもらうよう頼んだ。早くても今日中には着くとのことだ。
日本の宅配業はほんと仕事が早い!
今は十時をちょっと回ったころだから、会場入りのことも考えると、あと一時間強は自由に遊んでいられるなー。この近くにゲーセンはあったっけ? あんまりこっちのほう来ないからわかんねえや。アイリに任せるか。
「なあアイリ。本屋とゲーセンとか先にどこいく?」
「んー……本屋に行こう!」
「オッケー。行こう」
本屋なら駅上六階にあるからエレベーターで行けばいい。なんてあまい考えを持っていた俺を今すぐにでも殴りたいと思った。
アイリが取った行動は俺の考えとは違い、駅を通り過ぎそのまま大通りへとでた。そして『アニメルト』とデカデカと書かれた看板を掲げた店に入った。
確かに俺は本屋といった。しかしここは本屋の部類に入るのだろうか?
「アイリここは……いったい?」
「もしかしてレン君、初めてここに来たの?」
「初めても何も。こういう店とか俺来たことないし、てか行かないし」
「ここは『アニメルト』って言ってアニメ関係の商品を取り扱っているいわば専門店だよ」
めっちゃウキウキした表情をしてアイリは俺に教えてくれた。
「へえーそうなんだー……」
「そんなつまらなそうな顔しないで。ほら、レン君こっち来て来て♪」
アイリに手を引かれて連れてこられたのはラノベコーナーだった。そして彼女は俺に今日見る映画の原作本の第一巻を手にして見せた。
表紙は白のノースリーブに赤のミニスカート。腰には白のフォールドに胸と腕には簡易装甲を装備して、手には翠色と白色を鮮やかに彩ったレイピアを手にしていた。
「結構かわいい子じゃないか」
「でしょー♪ この子の名前は“八雲咲姫”って言ってね。主人公の幼馴染なんだー」
「へぇそうなんだー」
「でねでね! 第一巻では囚われのお姫様ポジションっていう展開に読んでてそうなるかなーって思っていたら、まさか魔王の一人として主人公の前に現れたんだよー! 王道を外れたいい展開っぷりだったよー♪ もう面白くて面白くて。あ、ネタバレしてごめんね……」
「いいよ。ただお前が言いたいことは『すごく面白いからレン君もぜひ読んでみて』と言いたいんだろ?」
「さっすがレン君♪ 理解が早いねー」
あれだけ熱烈に語って布教されたら誰にだってわかるよ。
で、一冊いくらだ? ……原価六百二十円のプラス税……か。それが計七冊と考えると四千強の出費か。祝義があるからべつにいいけど。全巻買ってちゃんと読み切れるだろうか? 問題はそこだよなー。
「あ、今なら映画化記念で主人公たち一人ひとりのしおりがついているんだー。くぅー……ほしいな……でもこのシリーズ物は全部三冊ずつあるしなー……」
初版からシリーズをそろえているアイリにとってはのどから手が出るほどほしい特典らしい。でも全巻持っているから同じのをまた全巻買うのもあれだと思っている。
「そんなにほしいなら俺が全巻買って、特典だけお前にやるよ」
「! いいの、レン君!?」
「いいよ。あれだけお前に推されて買わないわけにはいかないしよ」
「ありがとうレン君」
「おう」
出入り口付近に置いてあったカゴを手にして俺は『Dゲーム』全七巻を入れて会計を済ませてきた。合計四千六百八十三円の失費となった。
「買い終えてからいうのもなんだけど、コミカライズも出てるんだよ」
「それはまたの機会にします」
さすがにこれ以上荷物が増えるのもあれなので、コミカライズはまたの機会にして俺たちは『アニメルト』をでた。
時刻は十一時半を過ぎたぐらいだった。
そろそろ映画館に戻ってジュースとか買いに行くのがいいかな?
「アイリ、そろそろ映画館に戻ろうぜ。あと少しで入場だしよ」
「もうそんな時間なの!? 時間が経つのって早いね~……」
もう少しだけこの店を満喫したかったのかな? なんとなくだけどものすごいモノ寂しそうな顔してよ。
「帰りにもう一回寄ろうぜ。今日という日はまだ始まったばっかりなんだからさ」
「そうだったね。早く映画館戻ろう、レン君っ」
急に元気になったアイリは、俺のギュッと握りしめてそのまま映画館に向かって走り出した。
時刻は正午を迎えると同時に、駅前の噴水が一時間に一度の水芸をし始めた。そして、入場時間十分前かつ上映開始時刻に十分前でもある。
館内はすでに十時十分ごろの上映を見終えた者たちや、これから上映される者たちで溢れかえっていた。
「レン君! 早く並ぼうよ!」
「そんなに焦らなくても席は逃げたりしな――」
「入場特典第一弾はイラストレーターさん書き下ろしの色紙と原作者からファン当てのメッセージカードがもらえるんだよ! ファンとしてぜひ貰っておきたい逸品だよ!」
「それは一大事だ」
考えを気転して俺たちはすぐに入場待機列に並んだ。そしてものの数分で動き出し先頭の人から順番に特典がスタッフの手によって配られていった。
アイリの表情から窺って特典が貰えるか否か不安がよぎっていた。見る限り、特典の数は残りあと少し。在庫が入った段ボールはスタッフのそばになかった。どうやら今配っているので最後だと思う。
「大丈夫だよアイリ。絶対貰えるからさ」
「レン君……それフラグだよー……」
「そのフラグ。俺がへし折ってやるよ」
列が進むにつれて特典の山も少しずつ減っていった。そしていよいよ俺たちの番が来た。
「ごゆっくりお楽しみください」
といって俺たちの手に特典が渡り、特典の山がなくなった。
どうやら俺たち二人で入場者特典は最後だったみたいだ。なんと運がいいのやら。それにこうも考えるべきだ今年の運勢をすべてこれに支払ったと。
「貰えてよかったな」
「うんっ♪ でも、一番のラッキーはレン君だよ」
「? それはどういうことだ?」
「だってレン君が持っている色紙は全キャラ集合している奴だよ! しかもそれは全国の映画館で一枚ずつしか配布されていない数少ないレアものなんだよ!」
「そ、そうなのか! ……俺が持っててもあれだしな。アイリ、これ、お前にやるよ」
「えっ? いいの!」
「あぁ。まだまだひよっこの俺が持っててもな。どうせなら熱烈ファンであるお前が貰ってくれ」
「あ、ありがとう……レン君っ」
色紙を受け取ってくれたアイリはギュッと、頬を赤らめて色紙を抱きしめた。
よほどこの作品が好きなんだな。こういうファンがいてくれると作者も仕事する甲斐ってものがあるんだろうよ。
会場内の前列はほぼ満席状態。これから後方席も徐々に埋まっていく感じか。
列が進むのと同時に俺たちも自分たちが確保して席へと向かい座った。
なかなかの座り心地だ。スクリーンも見やすくて首が疲れない。アイリって意外とこういうのは通なのか?
ブーッという毎度おなじみのブザー音が場内に響き渡ると電気が徐々に消えていった。そして映画泥棒とパトランプ男の二人によるおなじみの劇場注意CM。それが終わればいよいよ本編……というわけでもなかった。
本編開始の前に『Dゲーム』の主人公である神夜たちのデフォルメ化による劇場マナー劇が始まった。
アニメ映画での一つの見どころともいえるのだろう。チラッと、アイリのほうを見てみれば、目をキラキラと輝かせてスクリーンに食いついていた。
劇場がマナー終わり、いよいよファン待望の本編が始まった。
約九十分近い映画が終わった。
ファンはみな相方と顔を見合わせ映画の感想や、作画がどうのこうのとかシナリオ展開などなどの話をしていた。
「はぁ~面白かった~。満足満足♪」
ほっこりとした表情を浮かべたアイリは満足げにため息を吐いた。
「確かに面白かったなー。原作を知らない俺でもわかるいい話だった」
「ねぇー♪ ボク的にはやっぱり最後は主人公である神夜が倒してくれるっていうお決まりの展開が熱かったよ! そしてまさかアニメ、原作最終回と同じで黒龍の力を開放するなんてねー」
「ほほお。アイリ、それは一種のネタバレではないか?」
「あっ……! これからレン君は原作のほう読むんだったね……。ごめんねレン君」
「謝るまでもねえよ。それよりこれからどうする?」
「そうだね~。アニメルトに寄りたいし、喫茶店によって映画の話でもしたいけど……レン君と行っておきたいところがあるんだ。いいかな?」
「あぁ。俺は構わないよ」
「ありがとう。じゃあ行こうレン君」
「おう」
人ごみをかき分けて俺たちは映画館を後にして、俺はアイリに連れられて雲雀駅からローカル線で移動した。
アイリが俺と一緒に行きたいという場所はここじゃないのか。いったいどこに向かおうっていうんだ。俺でも知っている場所か? あるいは知らない場所か?
電車に乗って揺れることおよそ十分弱。
「あ、そろそろかな」
アイリが席を立つのを見て俺も立ち上がり、とある町中の駅で降りた。
見たところ田舎ってわけでも都会ってわけでもない一つの町。それも一戸建ての住居が集中的に建てられたところだ。こんなところで降りてアイリはどうするつもりなんだ? 俺にはさっぱりわからん。
「ねえレン君はさあ。この町のこと覚えている?」
突然の質問。この町のことを覚えているかって? あいにくだが、俺はここには初めて来た……そんな気がするが……。なんだろうか。この妙な既視感は? 俺は一度この町に来たことがある? いや、住んでいた……とかか?
「ごめん、アイリ。俺にはさっぱりだ」
「そう……だよね。まあ予想はしていたけどね。とりあえず、ついてきて」
そういってアイリは前に歩き出した。俺も彼女を見失わぬようその後をついていった。
歩くこと数分。俺たちは町中にある小さな公園についた。
平日のお昼過ぎとだけあって公園には誰もおらず、俺たちだけしかここにはいなかった。当たり前か。
「この公園は……?」
「ボクにとって思い出の場所だよ。そう。レン君と初めて会った場所だよ。あれは……ボクが五歳のころだったかなー。……ここで立ち話もなんだしベンチに座ろっか」
俺たちは近くのベンチに腰を落とし、彼女の話におれは耳を傾けた。
これはアイリがまだ五歳だった時の話だ。
この町に引っ越してきてまだ友達もできなかったアイリが、この公園で遊んでいたとき、ここを縄張りにしていたガキ大将と、その取り巻き一人に砂を投げつけられたとのこだ。
ガキからしてみれば俺たち日本人は黒髪であることが一般的だ。だが、アイリの髪の色はブロンドヘア。当然、ガキにとっては差別の対象となった。
それで砂を投げつけられ綺麗な髪を真っ黒に染めてやろうという、なんともまあ悪質なイジメを受けた。
そこで通りかかった少年に助けに入ったのが、俺らしい。
その時言った言葉をアイリは今で覚えているって言った。
『外国人、外国人言いうけどなー……お前らだって外国人から見たら外国人だろうが―!』
って、言ってガキ大将の頭に踵落としをして叩き潰した。それを見た取り巻きは一目散に逃げだしたらしい。
「はい、おしまーいっ。レン君は今の話を聞いて何か覚えている?」
「いや、まったく覚えてない。つうか俺お前に名前を名乗っていたんだな」
「うん、そうだよ。『大丈夫か?』って聞かれて、なんて答えようか戸惑っているボクに君は『俺は鬼場蓮司っていうんだ』って名乗ったんだよ」
「そうか。で、お前は名乗らなかったのか?」
「そうだね。今になっていうのもなんだけど恥ずかしかったんだよ。あの頃のボクは」
ハハッとアイリは歯を見せて笑って見せた。
まさか、アイリと俺がずっと前に会っていたなんてなー……。まったく覚えていなかったよ。
「それでね。まさかレン君とは高校で再会できるなんて思ってもみなかったよ。四月の自己紹介の時に君が名前を言ったとき、どれほどうれしかったことか……。今となって言うのもあれだけど。あの時、ボクを助けてくれてありがとう。レン君……。大好きだよ」
「お、おう。って! アイリ! お前、今なんて言った!?」
「えっ? だからボクは今レン君のことを大好きっていって……。――っ!」
かぁーっと急にアイリは顔を赤らめて、両手で顔を隠した。
「ど、どうした!」
「だ、だだだだ大丈夫だよ、レン君!」
「いやいや。どうみても大丈夫じゃねえだろ。どうしたんだよいったい?」
「だからどうもしてないよ! ボクは今鬼場蓮司のことが異性として大好きだって言ったんじゃなくて! っ!! あぁー! また言っちゃったー! もうどうして本音を言っちゃうのー!」
こ、これほどまでに取り乱したアイリを見るのは初めてだ。いつもは冷静に物事を対処しているのに……こんな彼女を見るのは初めてだ。
「ア、アイリ。とりあえず深呼吸をして落ちつ――」
「落ち着いてなんかいられないよ! だって今ボクは重大なことを口走っちゃったんだよ! もう落ち着いてなんかいられないよ! ……ねえ、レン君はさあ。ボクみたいなオタクっ娘から告白されて今どう思ってる?」
「どう思っているって言われても……正直今はものすっごく戸惑っています……」
「それってどういう意味で?」
「そりゃあまあ……なんだ。学校中から憧れのまなざしを受け取っていた人から告白されたんだからさ。戸惑いと驚きで」
「正直なところいうと。オタクと一般人は相反するんだよ。知識にも偏りがあるし、一度語りだしたら相づちはいつも『そうだね』とか『うんうん、それで?』だし。それに世間たいから見たらボクらオタクは犯罪者予備軍だとか言われてよこしまな目でみられて……」
「アイリ。俺は……」
「レン君もホントはそうなんでしょ? 今日はボクの頼みをしょうがなく引き受けて興味もない映画を見せられて! ねえホントはどうなの――!?」
ペチッと、俺は自暴自棄になったアイリの頬を軽くたたいて正気に戻した。
「! な、なにするのレンく――」
「いつまでも自分のことを卑下してるんだ! バカアイリ!」
「バ……! バカじゃないもん! バカレン君!」
「あぁそうさ! 俺はバカさ! 少なくとも今のお前よりかはバカじゃねえがな!」
「それってどういう……!」
「どうも、こうもねえよ! あのなー。俺はお前のことを『キモイ』だの『オタクウゼエー』って一度たりとも思ったことはねえぞ。まあ相づちの件は一理あるが……。これだけは言える。俺は一度たりともオタクが犯罪者予備軍だとは思ったことはねえ。そんな世間たいのことなんて気にするな。オタクであることをそんな卑下するな。俺はそんなアイリと一緒にいられるだけで楽しいんだからよ」
「レ、レン君……」
「あぁそれと。頬たたいて悪かったな。痛かった……よな?」
「当たり前……でしょ! でも、レン君がボクのことをそう想ってくれているって知れてよかったよ……」
つぶらな瞳から零れ落ちた涙を右人差し指で拭ったアイリは、えへへっと笑った。
「で、告白の返事。決まった?」
「は、はぁー!? おまっ! このタイミングで聞いてくるのかよ!」
「うんっ。焦らしプレイは好きじゃないけど、あれとこれは別なの! だからレン君! 答えを聞かせて!」
そんなプレイ、誰がするか! つうか好きってなに!? えっ! どういうこと! ……そんなことはどうでもいい。
「そ、それは……も、もちろん……だ……!」
「ん? 顔を赤くしている今、レン君は今なんて言ったのかな~? ボクのお耳に聞こえる声でもう一回♪」
ぐっ……こいつ調子に乗りやがって……!
顔を赤くした俺をアイリはニヤニヤしながら見ていた。
「も、もちろん……だよ!」
「えっ? だから聞こえな――」
「『イエス!』だって言ってんだよ! アイリ! 単刀直入にいう! 俺と! 付き合ってください!」
「とんだ変化球を返すなーレン君は。じゃあその言葉のボールをボクがちゃんとキャッチしてもう一度レン君に返すね。末永くよろしくお願いします、レン君♪ 大好きだよっ♪」
「それ嫁入りするときの返事だろう!」
とんでも変化球化と思っていたが、とんでも剛速球となって、アイリからの返事が俺の心というグローブを打ちぬいた。
その後、俺とアイリは雲雀駅に戻りそこで解散した。
そして、今日あった出来事を夕飯時に家族の前で話した。父も母も驚いたが、一番驚いていたのは妹の夜月だった。
『レン兄には絶対彼女なんてできなよーだ!』
なんて言ったこと覚えてますか? その言葉、まんまお前に返すぜ!
それから俺は母にアイリに告白された場所のことほ話すと。母はその場所を知っていた。正確にいうと俺が五歳のこけろまでは、そこに住んでいたとのことだ。これはこれで驚きだ。そうか。あの時感じた既視感はこれだったのか。なぞが解けたよ。ありがとう、母さん。
夕飯を終えた俺は部屋に戻り、さっそくアニメルトで買った『Dゲーム』第一巻を読み始めた。
普段、こういった本は読まないからなんだか新鮮味を感じる。
すると、台座に立てておいたスマホが一本の着信をキャッチした。かけてきたのはアイリだった。俺は迷いなく彼女からの電話に出た。
「はい。もしもし?」
『もしもしレン君。さっきぶりだねー!』
「そうだな。さっきぶり。で、どうしたのさ? 急に電話かけてきて?」
『大した用はないんだけどね。ただ、レン君の声が聞きたくなってね』
「そうか」
『うん』
そう相づちをしてからは長い沈黙が訪れ、何を話したらいいのかまったく分からなかった。
何か! 何か話題はないか!
『――レン君は今何してるの?』
「今? 今は今日買った『Dゲーム』の一巻を読んでいるところだ」
『ほほお。で、今どこまで読んだの!』
食いつきいいなー!
「い、今は神夜たちがアリス……だっけ? その子といっしょに異世界に行ったところまで読んだぞ」
『あぁ第三クエストの話か。そこから物語が面白い方向に行くから楽しみにしててね』
「さすがファンだ。それって暗記レベルか?」
『そうだよー。ファンなら暗記してて当然のこと』
「国家レベルで?」
『もちろん♪』
それほど好きだなんてな。原作者が知ったらどれほど幸せなことだろうか。
「ホント。アイリは『Dゲーム』が好きなんだな」
『うんっ♪ そろそろ電話切るね、レン君。読書の時間削るのもあれだしさ』
「あ、あぁ……。ま、待って! 切る前に一言だけいいか?」
『? いいよレン君』
「――アイリ、好きだよ」
『――バ、バカレン君! このタイミング でいう言葉じゃないよ! まったく……どうしようもない彼氏さんだなー』
「はははっ。わりぃな。どうしようもない彼氏さんでよ」
『ほんとだよもうー……。でも、そんな彼氏さんでもボクは大好きだけど。じゃあねレン君。次逢う時は同じ大学でだ』
「おう。って同じ大学って! ま、待てアイリ!」
今の言葉の意味をアイリに問うとしたが、一歩遅く、電話は切られていた。同じ大学って。俺が進学するのってそこそこ有名な国立大だぞ。あいつの学力なら余裕で東大いけるのに。もし俺が今立てている仮説が正しければ、きっと……。
*
なんて考えている間に季節は移り替わって、すべての始まりともいえる四月がやってきた。
「また同じ学校だねレン君」
散りゆく桜の花びらが風に乗って、空高く舞い上がる桜並木の坂道で俺とアイリは再会した。
「そうだな。これから四年間よろしくな、アイリ」
「うんっ。でも、四年間なんてそんな短い時間じゃなくて、ずっとだよっ♪ レン君、末永くよろしくねっ♪」
そっと、俺の肩に手を伸ばしたアイリはグッと顔を近づけ俺のくちびるに触れた。
「っ! ア、アイリ! お前っ……」
「ん? なんのことかな?」
とぼけた顔しやがって……。
「いや、なんでもねえよ。こらこそ。末永くよろしくな、アイリ。大好きだよ」
「ボクも大好きだよ、レン君」
互いの顔を見つめあった俺たちは、ここが大学への通学路だということを忘れて瞳を閉じ、互いにくちびるを交えた。
END